幕間.日常から見える成長
朝日がカーテンの隙間から差し込む頃、ふと目が覚める。
「帰ってきたんだったな」
調査日数はたった二日だったけど、なかなかに濃い日々だった。初めて隊を組んだ戦闘――そして、魔族の軍団。どう動いて良いのかわからなかった。やっぱり少人数の特訓や模擬戦闘だけでは限界があるという事か。
ぼんやりと考えながらベッドから降り、着替えを済ます。ふと鏡に映った自分の姿が視界に入る。ここは自室――古戦場じゃない。
「考えすぎるのも良くない、か」
戦いの余韻は簡単には消えないようだ。思わずため息が出る。朝ごはんでも食べて、気分転換でもしよう。
「おはよう、アルバート」
「おはようございます、ブラント様」
静かな食堂。いつもよりは遅めの朝食。他のみんなはもう仕事に行っている時間だ。特にキャロライン姉上はレリクターの調査に関して、まだまだやる事があるようだ。
そういう俺はというと、三日ほど休みをもらっている。結果を見れば、死者まで出してしまった調査だ。戦闘を経験した当事者として、静養をと命じられていた。
アルバートが食後のお茶を用意しつつ予定を聞いてくる。
「本日もご滞在で?」
「いや、少し街に出ようと思う。明日から出勤だし、体を動かしてくるよ」
「かしこまりました」
朝食を済まし、動きやすい服装に着替える。少し街を見て回りたい。目立たないように、貴族に見えないようにと地味めなものを選んだ――が、どれも高そうな生地で仕立てられているので、あまり意味がなかったかも。
「本当に護衛をつけなくともよろしいのですか?」
「非番だし、コイツがあれば十分だよ」
腰に下げた魔棒に手をかける。丸腰の予定だったけど、アルバートがうるさいので妥協した。さすがに魔銃はやりすぎだしな。
「しかし、街には荒くれ者もいると聞きます」
「心配性だな。魔物でもあるまいし」
「ブラント様!」
「冗談だって」
呆れたように首を振るアルバート。“処置なし”と言わんばかりだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
「……お気をつけて」
運動がてら歩いて中央市場まで来てみると、明るい呼び込みの声と行き交う人々でごった返していた。相変わらず賑やかだ。
人波にまぎれつつ、甘い香りに誘われると、朝採りの果実が並んでいた。張りのある果肉と、瑞々しい果汁がきらりと光る。お腹は空いてないけど、食欲がそそられる。
「あら、ブラントちゃんじゃない。お一つどう?」
食い入るように見てたせいか、恰幅のいい女店主に声をかけられる。
「とってもおいしそうだけど、朝食をすませたばかりなんです。また今度、寄らせてもらいますよ」
「あらそう? じゃあしょうがないわね」
手を振りながら別れ、メインストリートから少し外れた小道に入ってみる。
小道を抜けた路地裏は、色鮮やかな衣服と、煌びやかな装飾品が街並みを彩っていた。賑わいは少ないけど、落ち着いた雰囲気で結構好きだ。
「おーブラントじゃないか。なんか買って行けよ、お貴族様」
声のする方を見ると、装飾品を売ってる女店主がいた。細長い指で煙管を持ち、真っ赤な紅の唇から、ふわりと漏れる香しい白煙。いつもながら雰囲気のある女性だ。
「あいにく持ち合わせがなくて」
「ちっ、またそれかよ。ズルいオトコだよ、あんたは」
軽く笑いつつ、そそくさと逃げる。
市場をひと回りしてたら、いつのまにか日も高くなっていた。屋台の店主達も昼時の客を狙っているのか、いそいそと準備している。巡回の時には見慣れない風景で、ちょっと面白い。
「おお、治安所の兄ちゃんじゃないか。今日も巡回かい?」
見上げると、竜精――ファンタジーでいう竜人の冒険者がいた。重厚な金属鎧と、すらりと伸びる鱗の尾。最初見た時はびっくりしたけど、さすがに慣れてしまった。
「いえ、今日はお休みなんです」
「そら良かった。でもなんで市場なんかに?」
「散歩がてら歩いていたら、来ちゃいました。もう日課になってますね」
「がははっ! そら困ったもんだな!」
談笑していると、腰辺りにどんと抱きつかれた感覚。
「ブラントお兄ちゃんだー!」「何してんの?」
犬精――コボルドのような子供たちが、遊べとせがんでくる。
まあ、休みだしいいかな? と思っていたら、竜精の冒険者が子供たちに声をかけた。
「コイツは今日休みなんだ。勘弁してやれよ」
「えーじゃあ、オジちゃんが遊んでよ」
「オジ……このガキ共」
「うわっ、オジちゃんが怒った! ニゲろ~!」
「待てコラ!」
気遣ってくれたのかなと思ったけど、竜精の顔が若干ニヤケてる。単に自分が遊びたかっただけだったりして。
日々巡回しているせいか、たびたび声をかけられる。まあ、街の人に覚えられるのは良いことだ。大分馴染んできたって事だろう。
「……っ、やめてください!」
市場の賑わいを突き抜ける女性の悲鳴。
一瞬の沈黙から、ざわめきが波打つように広がっていく。なんだろう?
「いいじゃねぇか。どうせ一人なんだろう? 俺達と遊ぼうぜぇ」
女性を取り囲む、がたいの良い男が5人。護身用ではない刀身の刃物をチラつかせている。脅しているつもりだろうか……それと着古したレザー製の装具。ここらで稼いでいる冒険者かな。
「何をやってるんですか?」
非番とはいえ見過ごせない。リーダー格っぽい男に話しかける。
「なんだぁ……って、お前!」
「ん? どこかで見覚えが」
数カ月の記憶が蘇る。行方不明者ビリーを探していた恋人キャシーに絡んでいた悪漢。その人だ。捕まえたはずなんだけど、結構早く出られたんだな。それより、前より人数が増えている。輩の人望は厚いという事だろうか。
「あなたも懲りない人ですね」
「ちっ……」
以前の事を思い出したのか、男は眉間にしわをよせ、一歩引いた。
「兄貴、なに引き下がってんですか! 奴は丸腰ですぜ!」
じろりと睨め回すような視線――嫌な事を思い出す。
「それに、あのデカブツもいませんぜ!」
「俺とした事が……情けねぇ。野郎共! やっちまえ!」
「おおう!」
リーダー格の号令で、一斉に向かってくる。
デカブツって、レナルドの事か?
確かに今はいないけど――コイツで十分だ。
腰に携えていた魔棒を手に取り、悪漢共に合わせ構える。
「そんな棒切れで何ができるんだ!」
土の魔力を込め、魔棒を振り払う。地面に降り注がれる褐色の光。
悪漢共が踏み込んだ瞬間、地面が飛び出すように隆起する。
「どわああっ?!」
「なんだああ!?」
派手にすっ転ぶ5人の悪漢……何も学んでいない。敵ながら呆れつつ、魔棒に金属性の魔法を込める。白い魔力の紐が伸び、悪漢共の手足を拘束する。
「そうはいくか!」
リーダー格が地面を転がるように避け体勢を整える。起き上がると同時に駆け、俺に向かって突進してくる。
「残念だったなぁ!」
男は向かってくる勢いのまま短剣を抜き、切りつけてくる。
落ち着け。
しっかりと剣筋を見極めて――
「よいしょっと」
魔棒で受け止め、勢いを反らす。
「はっ?」
間抜けな声をあげながら、よろける悪漢。
すかさず足を払うと、前のめりに倒れた。間髪いれず、魔法紐で縛り上げる。
「はい、おしまい」
「……くそがあっ!」
悪態をつきながら、のたうつ悪漢。
不安を含んだざわめきが徐々に静まり、歓声へと変わっていく。
「やるじゃねえか!」
「ブラント兄ちゃんすげー!」
「かっけー!」
「すごいわね、ブラントちゃん!」
街の人達からこれでもかと褒められる。ちょっと照れくさい。
でも、レナルドがいなくても一人で制圧できた。少しは成長できたのかな?




