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23.無言の帰路



日が沈みかけ、赤く染まり始めた空に、黒煙が立ち上る。


「火を受け入れて灰となれ――土を肥やす礎となれ――世の理に還れ」


聞き慣れてしまった祝詞が、歌のように戦場に響き渡る。


突発的なベルファと魔族の戦いは終わった。死骸は全て回収され、轟々と噴く炎に包まれている。



ただ、俺達も無事では済まず、負傷者は多い……そして、帰らぬ者が二人もいる。



「凍てつく力を受け入れ、今しばらく此処に留まれ――何者も介さない、静寂なる時を過ごせ――世の理に還るまで」

カミール神官によって祝詞が唱えられる――彼の従者も一人、犠牲になっている。朗々と紡がれる旋律に、どこか物悲しさを感じる。


二名の遺体はキャンプ地で整えられ、各地に帰還してから改めて弔われる。なんでも地方によって独自の作法があるらしい。故郷に帰すという感覚は、こちらの世界も変わらないようだ。


併せて帰還準備が進められる。テントの解体や遺物の積み込みなどなど。黙々と作業していたせいか、思ったよりも早めに終わってしまったようだ。



「では、これより帰還する」

ゼン神官の号令で、スカーレリアへの帰路へつく。

すっかり日は沈んでしまったが、異論のある人はいなかった。



今回の調査で回収できた遺物は一つ。それに対し、少なくない犠牲を払う事になった。

この調査は、本当に必要な事だったのだろうか。遺物の存在と封印による魔力が、魔物や魔族を呼び込んだ。やぶ蛇だったのではないだろうか。

でも口には出せない。なぜなら、彼らの覚悟を冒涜する事になるから――



疑念と感情がぐるぐると巡る。

夜道を駆る車輪のように。




*  *  *




白んだ空の下、静かなスカーレリアの街並みが迎える。まばらに行き交う人々の声は、涼し気な空気に溶け込んでいるようだ。


その一方、神殿は想像しい出迎えとなった。俺達に気づいた門番が慌ててマテオ神官を呼んだ事をきっかけに、神殿前広場は対応に追われる神官だらけになった。


「これは皆様、よくぞお戻りくださいました」

「急な帰還ですまない――犠牲者を出してしまったので、早々に引き上げてきた」

代表してゼン神官が緊急要件を伝えた。


「なんと……」

痛ましい表情のマテオ神官。


「我々も疲弊しているため、一晩ほど休ませて頂きたい。明朝には出発する予定だが、それまで遺体の安置もお願いする」

「わかりました。準備させましょう」



滞在準備が整うまで、調査の報告が行われた。スカーレリア側はマテオ高位神官と、理の神官――遺物の封印を専門とするキャロライン神官が対応する事になった。


報告は調査開始以降の流れから始まった。回収した遺物の経緯と、巨鳥の魔物――オウグルの襲撃。そして、巨躯の狼――ベルファと魔族との戦闘。その際に命を失った者がいる事も。


「……それは、なんと言っていいのでしょうか」

言葉に詰まるキャロライン神官。

マテオ神官も驚きを隠せず、口を開く。


「過去の調査を見ると、現地に生息する魔物の討伐はありましたが、魔族による襲撃というのは……聞いた事がありません」

「私もそのように記憶している。しかし彼の地は、その危険性が多分にあると認識した方が良い」

淡々と答えるゼン神官。当事者にも関わらず、あくまで冷静に、合理的に話を続ける。


「王都次第ではあるが、調査を継続するならば倍の人員は必要だろう。私はそう進言するつもりだ」

涼しい顔で改善点を述べるゼン神官に対し、キャロライン神官の顔が引きつる。王都ほどの規模であれば可能かもしれないけど、地方都市側からすれば、勘弁願いたい、という所だろうか。



「現地の封印方法を考えた方が良い」

続けてレナルドが口を開き、キャロライ神官が反応した。


「と、言いますと?」

「魔道具による封印だ。魔力で行えば、また魔物や魔族を引き寄せる事になるだろう」

「……なるほど」

キャロライン神官の顔が曇る。かなり難しい事なのか、明確には答えなかった。

人員と遺物の回収方法。いずれにしろスカーレリア側からすると、相当な負担になるという事らしい。その時は俺とレナルドも駆り出されるのだろうか……他人事ではないな。



重苦しい空気のまま報告は終わり、レリクターによる調査は解散となった。


「我々も帰ろう。クレアとセイディが待っているぞ」

「そうだった。急がないとだね」

たった二日ばかりの事だけど、しごかれそうな予感がする。この疲労感での特訓はきつい。ただ、ふと気付いた事があった。


「そういえば、ゼン神官達はどのくらいに帰るんだろう。来た時みたいに集まるのかな」

「いや、それぞれの時間で帰還するはずだ」

「じゃあ、今の内に挨拶しておこう。色々とお世話になったし」

「そうだな。では、デライラも誘おう」



デライラと合流した後、ちょうどメイナード神官とアレグラ神官を見かけたので、二人に声をかける。


「お二人共。今回は改めて、ありがとうございました」

「何、お前さんも活躍したって聞いたぞ。やっぱり期待のルーキーという事かな?」

「もっとお役に立てればよかったんですけど」

“がはは”と笑いながら、ばんばん背中を叩いてくるメイナード神官。結構痛いんだけど、この力強さがデライラを守ってくれた。


彼はそのままデライラを見て話を続ける。


「お前さんは荒削りだが筋は良い。北都市ブルレックに来れば、鍛えてやれるぞ」

「ええっ!? ……か、考えておきます」

予想外のお誘いが来た事に、びっくりしながら答えるデライラ。一見断っているようにも見えるけど、その目には力強い決意のようなものを感じた。


二人の様子を見ていると、アレグラ神官に声をかけられた。


「ブラント――あんたの魔銃だけど、興味あるんだ。特訓兼ねて今度西都市ビアンディスにもおいでよ」

「ええ、ぜひ」

アレグラ神官はオウグルを一撃で射抜く弓の名手だった。武器は違うけど、得るものは大きいだろう。



二人と別れた後、カミール神官を探す。周囲を伺っていると、背中をポンと叩かれた。


「励めよ、少年」

カミール神官は“ふふっ”と笑いながら、そのまま行ってしまった。従者を一人亡くしたとは思えない軽妙な感じで――俺は応える事も追いかける事もできなかった。



「この度はご協力、ありがとうございました――チェンバレン様」

ことさら丁寧な所作で、レナルドに挨拶をするゼン神官。


「何、私は自分の仕事をしたまでだ。それよりも貴方が放った火の極大魔法――見事なものだった。さすが王都のレリクターだな」

「ありがとうございます。これからも精進して参ります」

「そ、そうか」

跪くゼン神官の仰々しい態度に、戸惑うレナルド。やっぱり英雄としてみられるのは苦手らしい。


一通り挨拶が終わったのか、ゼン神官はゆっくりと立ち上がると、俺と視線が合った。声をかけようと思った矢先の不意打ち。言葉がうまく出ない。


「……ゼン神官」

「ブラント殿――貴方は私が思っていたよりも、実力はあるようだ」

「あ、ありがとうございます」

褒められたのか? 含みを感じる。ゼン神官は一呼吸置き、言葉を続けた。


「貴方とはまた会う事になるだろう――そう遠くない内に」


じろりと見つめる視線。

柔らかく優しげな表情のゼン神官。

普通だったら温かみや包容力を感じるのだろうけど

言葉の抑揚とリズムがそう感じさなかった。


「それでは、後ほど」


去り際の一言に、背筋がぞくりと冷えた。


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