22.燻る戦場
一帯に緊張が走る。ぎりりと胸が締め付けられるようだ。
2mを軽く超える身長。隆々とした肉体。全身を覆う白色の魔力からは、圧倒的な力を感じる。
人型のベルファ――ぎょろりとした目を俺達に向け、ゆるりとねめまわす……品定めでもしているのか?
「グフッ、ウオゥフッ」
唸り吠えるが、独特な抑揚と一定のリズム――まるで言葉を話しているような……
「やはり狙いは魔力か」
レナルドがぼそりと呟く。
「……わかるのか?」
「多少だがな」
彼の表情が一気に曇る。詳細を聞くのをためらうほどに……何を言ったんだよ。
のそりと近づく魔族。前衛との距離は10m――
「何をボサッとしている」
カミール神官の声が後方から聞こえる。彼の放った氷の魔力は、鋭利な氷塊となり魔族に降り注いだ。
魔族は体を沈め四足になる。右へ左へ機敏に動き、氷塊を避けていく。巨体はそのまま加速され、前線を抜けようとした。
「行かせるかよ」
魔族の進行方向にメイナード神官が割って入る。大盾を構え待ち受けた。
重い衝突音が一帯に響き渡る――まるで車の衝突事故のようだ。
魔族は軽くのけぞり、猛進が止まる。
メイナード神官は弾かれた盾を構え直し、立ちはだかった。
「ここから先は、行き止まりだ――ぐっ?!」
振り抜かれた魔族の左腕。
メイナード神官は盾で受けるも、2mほど後方にふっ飛ばされた。
魔族の口角は目元まで上がり、よだれが滴り落ちる。
既に前線の位置。付近には前衛が二人。
「う、うわぁああ!」
「くそっ……!」
乱れた声が響く。二人は焦燥に駆られるよう飛び出し、剣を抜いた――不用意だ!
硬質な音が二つ。剣閃は弾け、仰け反る二人。無防備な体が晒される。
「ガあアアッ!」
魔族が左腕を振り抜いた。鋭爪が一人を捉え、宙を血に染める。間髪入れず突き出された右腕は、もう一人の体を貫いた。
「貴様ぁっ!――っ?!」
メイナード神官の絶叫と、どんっという打撃音。
「がはっ!」
血を噴くメイナード神官。体勢を崩し、地面に手をついた。
不意をつかれた投擲。直撃する飛来物――それは、胸を貫かれた前衛。
「メイナード神官!」
思わず呼びかけると、彼は右腕を上げ応える。でもすぐには動けないようだ。
「ヴぉう」
魔族が軽く吠える。呼応するように集まり始めるベルファ。
まばらに聞こえてくる唸り声。押し寄せる足音。地をかける振動が徐々に迫ってくる。
前線に残ったデライラが、視線を揺らす――前方から迫るベルファと、目前の魔族。
俺は、どうする? 前衛の援護か、メイナード神官の救出。それとも魔族へ攻撃を――
視界の端、隣にいるレナルドが口を開く。
「カミール神官、アレグラ神官は前衛の援護を」
戦場に通るレナルドの声。
「――了解」
「任せといてよ」
後方から聞こえるカミール神官の声と、ひやりと肌をなぞる冷気――氷の魔力が高まっていく。
視界の端、アレグラ神官と従者達が弓を番える。
「ゼン神官、メイナード神官の回復を」
「はっ」
背中から感じる強力な魔力。柔らかく温もり――これは、木属性の魔力。
ふわりと漂う魔力が、メイナード神官に降り注ぐ。
「ブラント、機会を逃すなよ」
「……わかってる」
それに、冷静なレナルドの声。ざわついていた気持ちが凪いでいく――これで前衛も、メイナード神官も大丈夫だ。
「ヴふっ」
魔族が鼻を鳴らすと、一気に駆け出す。
愉悦に開いた口から、鋭く並ぶ牙が襲いかかる――狙いは、メイナード神官か?
「させん――土の精霊よ」
魔族の手前、地面が隆起し、楔のような塊が飛び出す。
突き刺さる土塊、飛び散る破片。
にやりと笑う魔族――効いていない?
いや、大きく仰け反っている。ここだ!
狙いを定め、引き金を引く。
赤い閃光が瞬き、火の魔力をまとった弾丸は、魔族に命中し炸裂する。
「ギャウウぅッ!」
燃え上がる魔族。爆ぜた炎は、宙に舞った土の破片をも高温で熱し、魔族の体に降り注ぐ。それはまるで融けた金属のように、硬化した毛皮を灼いていく――動きが止まった!
「はああっ!」
前衛から飛び出すデライラ。
握りしめたメイスを横に薙ぐ。
骨の砕ける音。たたらを踏む魔族。
視界の端、地に伏せるベルファ達。前線はほとんど制圧できている。だったら――
「デライラ!」
魔銃のモードを切り替え、デライラに向けて引き金を引く。
放たれた一直線の軌道はメイスに命中し、赤く煌めく。
「ブラントさん!――やあっ!」
火の属性を得たメイスは、真っ赤な弧線を描き、燃え盛る魔族の体に再びめり込んだ。
「――っ?!」
激しく燃える炎が全身に及ぶ。もはやうめき声すら出ない。表情は苦痛に歪み、右往左往するしかない。
よし、トドメ――
「ガァァ゙アア゙ア゙ッッ!!!」
耳をつんざく絶叫。ぐらりと揺れる視界。
思わず耳を塞ぎ、目を瞑る。
頭がキンキンと響く中、どうにか目を開ける。
「あ、あぁ」
デライラがふらつきながら、尻もちをつく。
もしかして、バランスが取れないのか?――って眼の前には魔族が……マズい!
肩で呼吸し、力なく佇む魔族。
毛皮は燻り、黒煙を吐いている。
周囲を睨むような視線。ぎりぎりと噛み締められた牙。
魔族はデライラを一瞥するが、何も言わず四足になる。
四肢を確かめるように踏み出すと、一気に駆け出した――まさか、逃げる気か?
「――逃さん」
魔族の行く先には、メイナード神官。
大盾を捨て、剣を担ぐように構える。軽くよろけたが、両足でしっかりと立ち、視線は確実に魔族を捉えている。
「ヴォふ!」
「おらあっ!」
両者が交差する時、ぎらりと光る剣閃が振り下ろされた。
膝をつくメイナード神官。
巨体を地に預ける魔物。吹き出す血潮。
「ヴゥオぉ―……」
低くかすれた鳴き声は、血溜まりに溶けていくように消えていった。




