05.ここはどこでしょう
「レナルド・チェンバレンだ」
「ブラント・シュリーブです。よろしくお願いします」
挨拶と同時に反射的に会釈する。自然と視線が足元へ向かう。がっちりとした皮の靴。上質な生地で仕立てられた衣服。ボタンや装飾も高そうに煌めいている事から、貴い位の方だろうとわかった。
「あなたのお目付け役です。状況把握せず、無防備に特攻した上、致命傷を負う者を一人で放逐できませんからね」
オーウェンのお叱りの言葉をきっかけにブラントの記憶が流れ込んでくる。
住人や旅人が行き交う街の中だった。何もない日常を謳歌している人達の顔が次第に強張っていく。その視線の先には、刃渡りが長い刃物というより、剣を持った男がいた。意味不明な言葉を発しながら一人の女性に襲いかかる。ブラントは飛び出し、男の横っ腹に蹴りを入れる。女性は助かったが、標的を変えた鋭い刃がブラントの腹部に深く突き刺さった。
俺が御剣誠司だった頃の記憶と酷似していたワンシーン。思わず腹に手を当ててしまう。
「……以後気をつけます」
「そうしてください」
チェンバレンの方を向き、改めて挨拶をする。
「お世話になります」
「……ああ」
俺はぶっきらぼうに返された方に顔を向ける。見上げた視線の先にはチェンバレンの顔がなかった。いや、顔だと判断できる部分はあるが、目鼻口といったパーツが無い。肌も人間的なやわらかさとはかけ離れ、カットされた宝石のようだ。これは比喩ではない。顔があるべき場所に、顔のように象られた宝石の塊がある。その時、ブラントの知識が流れてくる。
種族ーー晶精
「え? あの、俺、ちょっと、失礼します!」
俺は所長室を飛び出した。上役に対する礼も全部ぶん投げて。上ずったまぬけな声。鏡を見ずとも顔が引きつっているのがわかる。
なんだあの顔!? どうなってるんだ?! 種族って何? 晶精? わけがわからん!
震える足に喝を入れ、階段を一気に駆け下りた。
「おう、ブラント。どうだった?」
のほほんとした声がかかる。ベビーフェイスの大男。人間の姿。見慣れた姿。粟立っていた気持ちが少々落ち着き足を止めた。
「あ、デーヴィット……」
チェンバレンの事を伝えようとした時、俺の側を”別の巨体”が近くを通る。デーヴィットよりがっちりとした体。ずさりずさりと響く重々しい金属音。
「おっとごめんよ」
金属鎧を身にまとった二足歩行のドラゴンが通り過ぎて行く。その行く先には魔法使いのような格好のウサギが直立していた。
いや、それだけじゃない。朝一より賑わう一階の様子が視界に入る。頭から猫耳や牛の角が生えている人、背中から小さな羽が生えている人…… おそらく人間ではないとわかる者達が、そこら中にいた。
実在する動物はともかく、空想上の生き物までが人のように歩き、会話している。
「……なんだ、ここ?」
呆然としていると、心配そうに声をかけてくるデーヴィッドが見える。するとブラントの知識が流れてくた。
種族ーー陽の民
人間に見えるデーヴィッドでさえ、人間ではなかった。自然と一言漏れ出た。
「冗談だろう」
ようやく気づいた。
ここは大昔の外国ではない。
ましてや地球でもない。
全く別の世界――異世界だ。
「俺、帰れるのかな?」
同じ地球上なら超科学的な何かでどうにかなるだろうと、希望をもてた。でも、まったく異なる世界って、どうすればいい? どうにかなるもんなのか?
「へたれのあんたには無理だよ」
幼馴染の声が聞こえた気がした。いつもの悪態だった。でもたった一人の今ならば、なによりの応援に聞こえた。
「……そうだよな。ここで諦めたら、本当にへたれだよな。やってやるよ、絶対帰ってへたれじゃないって証明してやる!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
楽しんでいただけたでしょうか。
プロローグが終わり、これからメインストーリーが展開されていきます。 引き続き読んでいただけると嬉しいです!