幕間:長期出張
セイディ視点
――レナルド邸 裏庭
「ちょうき しゅっちょう?」
間の抜けたクレアの声。難しい顔をしながら首をかしげている。あれはよくわかってないわね。向かい合って話すブラントも気づいてるみたい。ふふふ、どうやって説明するのかしら。
少し前からブラントがここ――レナルドの家によく来ている。鍛え直したいとかで、わたし達が特訓の相手をしてあげている。
ついさっきも何度か遊んであげた後、ブラントとレナルドから“長期出張”があると言われた。その出張とやらは、少し先のことだけど、その間ここには来れなくなるみたい。
わたしは納得してあげてもいいけど、クレアはどうかしら?
「――だから、出張中は君たちと遊んで……じゃなくて、特訓ができなくなるんだ。わかってくれるね?」
ブラントが必死になってクレアに説明している。ふふ、特訓の時より大変そうね。
難しい顔をしていたクレアの表情がばぁっと明るくなる。
ブラントはほっとしているけど、クレアのあの顔は、わかった顔じゃないわよ。
「“ちょうきしゅっちょう”の時は、ここに来ないってこと?」
「そうそう」
「ということは、“ちょうきしゅっちょう”まで、たくさん遊んで欲しいってことね!」
「えっ!?」
弾んだクレアの声と、間の抜けたブラントの声。ふふ、やっぱり。
「ははは! そう来たか!」
珍しくレナルドが大笑いしている。なんだかわたしも楽しくなってきたわ。ブラントを構いに行かなくちゃ。
「セイディ」
わたしを呼び止めるレナルドの声。
「なあに?」
「後日……いや今度、客人を呼んでもいいか?」
「ブラントじゃなくて?」
「ああ、長期出張に同行する女性だ」
女性ね。ふーん?
「あなたの家だもの、良いんじゃない?」
「君たちの家でもある。嫌な感じはしないか?」
「……そう言われれば、少し。でもその子も、ブラントと一緒に遊んであげてもいいわよ」
「わかった。言っておこう」
軽やかに笑うレナルド。なんだか嬉しそう。最近わたしの気持ちを話すと、ことさら嬉しそうにする。変わった人。
そういえばブラントが来るようになってから、自分という個を感じるようになったわ。これがレナルドの言う自我というものなのかしら。
ふと前を見ると、クレアからなんとか逃れたブラントがいる。まだまだ甘いわね。
「ふふふ、お待たせ。ブラント」
「うわっ! セイディまで!」
この日は暗くなるまで、たっぷりとブラントと遊んであげたわ。よほど楽しかったのか、泊まっていくみたい。これから食事も用意しなきゃだわ。仕方のない子ね。
* * * * * *
キャロライン視点
――スカレーリア神殿 月の神官執務室
「ふう……」
多忙の合間。ひと休憩と、腰を下ろしただけで溜息が漏れてしまう。
宝玉の処理が終わったと思ったら、今度は王都からのレリクター合同調査要請。見計らったかのようなタイミング。それに、いつもなら王都周辺の調査だけど、今回は南古戦場ですって? 中央は一体何を考えているのかしら。
「考えても仕方のない事ね……」
側仕えが淹れてくれたお茶を一口。適度な湯温が喉を潤し、華やかな香りが心を癒やす。途端、ノックの音。……休む暇もないわね。
「キャロライン様、こちらを」
マテオから一枚の書類を受け取る。レリクター同行の同意書に見慣れた筆跡。
「……そう、あの子が」
弟の名前に並ぶ英雄の名前が、なんとも不思議な感じがする。
名誉な事だけど、姉としては嬉しいような、寂しいような。いつまでも甘えん坊の末っ子ではないという事かしら。
「ご心配ですか?」
マテオの言葉から、現実に引き戻される。少しは感傷に浸らせなさいよ。
レリクターは基本、魔力量の多さによって選ばれる。だから自分の身くらいは守れる。でも、調査中は無防備になる事が多い。その地に巣食う魔獣やあぶれ者……街の外は危険で溢れている。弟が活躍してくれるのは誇らしいけど、怪我なく帰ってきて欲しい。
「心配していないと言えば、嘘になるわね」
マテオは深く頷き、ゆっくりと口を開く。
「過去の例をみれば、安全とは言い難いでしょう」
「……」
「ですが今、実力派としてご活躍のお二人です。きっと無事に戻られますよ」
「そう願うわ」
事の大小に限らず、一生懸命な姿勢が評判の二人。身を案じるのも杞憂というものかしら。
「そう言えば、今回の調査はデライラが担当だったかしら?」
「はい、魔力量も申し分なく、特に氷の魔法――停止・停滞の能力に秀で、遺物の保存と回収に役立つでしょう」
「それは期待できるわね」
「ただ、実戦経験に乏しく、有事の際にうまく立ち回れるかは、心配でありますな」
眉間にシワをよせた、マテオの真面目な顔。少しからかいたくなる。
「大丈夫よ、“優秀な二人”が一緒ですもの」
「そうでしたな」
マテオの穏やかな笑い声が響く。
よくよく考えれば、実力は申し分ない三人。さっきまでの不安が嘘のように晴れているわ。あとは……
「デライラは、少し引っ込み思案なのよね」
「はい、他の神官達との接触も必要最低限です。なにより、神殿からほとんど出ないようです」
「それはもったいない……今回の調査で、人に触れ、街の外――世界に触れて欲しいわね」
「ええ、彼女にも良い経験となりましょう」
それはブラントも同じだわ。スカーレリアから出た世界がどうなっているのか知れば、良い刺激にもなるわ。新しい成果を上げて帰ってくるでしょう。
――ふと、別の不安がよぎった。
遺物の多くは、古戦場や古代遺跡の調査によって発見される。それは宝玉でも同じ事。街中で見つかる事はほぼない。だけどあの二人は、二日連続で見つけてきた。そして、今回向かう先は古戦場。
「キャロライン様?」
怪訝な表情のマテオが首をかしげている。
「優秀な二人だからこそ、今度の調査で何を得てくるのか、と思ってね」
「……ああ」
マテオが額に手を当て天を仰ぐ。気づいたようね。
弟が活躍するのは喜ばしい事だけど、私の仕事は増やさないで欲しいと、願うばかりね。




