01.回顧
からからと回転する車輪と小気味良い蹄鉄の音を聞きながら、外を眺めていると、爽やかな陽光を遮る大きな建物が見えてきた。
「そろそろ治安所かな」
馬車を降りると涼しさを肌で感じ、ちょっと早かったかなと思いつつ治安所に入る。出勤している職員もまばら。だけど挨拶はしておこう。
「おはよ……どうした、デーヴィッド」
待合にあるテーブルにデーヴィッドが伏せている。会うたび元気いっぱいだったけど、よく見ると目の下にクマもある。やや目つきが悪くちょっと怖い。
「どうしたじゃねぇよ、元凶め」
「元凶? なんの事だ?」
「夜中に駆り出されたんだよ! 死体の処理で」
夜中に死体。という事は、昨夜の居住区――貧民街にそのままにしてしまった死体の事だな。
「ちゃんと連絡届いたようで、よかったよ」
「よくねぇよ……俺は、夜は弱いんだよ」
だらっと突っ伏すデーヴィッド。本当に辛そうだけど、回収する死体は七体もあった。力仕事は任せろと言ってたし、適任だったんじゃないかな。
デーヴィッドの珍しい姿を眺めていると、受付の方から声をかけられた。
「あら、ブラントちゃん、おはよう」
「おはようございます、ベラドンナさん」
「どうしたの? その子」
「夜中に呼び出されたみたいで、へばってます」
「ああ、どうりで。ま、お昼になったら元に戻るから、気にしなくていいわよ」
夜に弱くて日中に元気になるって、ひまわりかよ。
ふとベラドンナが、俺の後ろを見て挨拶する。誰か出勤したのかな?
「おはよう、ブラント」
「お、おはよう……レナルド」
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
ジェイムズから聞いた大戦の話を思い出した――英雄レナルド。思わず意識しちゃったけど、畏まるのは彼の望む事ではないだろう。いつも通りに。
「昨日の事、所長に報告するんだろう?」
「ああ、行こうか」
ぎこちなさを誤魔化しつつ、治安所中央階段を昇り所長室に向かい、扉をノックする。許可を得て入室すると、苦み走ったコーヒーの香りが漂っていた。
「……おはようございます、オーウェン所長」
「二人とも、おはようございます」
目を瞬かせる所長。いつもより目つきが悪く、うっすらとクマが見える。もしかして夜中に呼び出された? でも突っ込みづらい。どう話し出そうか迷っていると、所長が口を開いた。
「昨日の件ですよね? 報告をお願いします」
「わかりました」
まずはチェイスの協力を得て、クロード行きつけの酒場に向かった事を話した。
「クロードとは、お宝――宝玉の情報を持っていた人ですね」
「そうです。本人は洞窟で既に亡くなっていますが、手がかりがないかと思いました」
「なるほど。それで酒場で情報を得た、と」
「いえ、クロードさんがいました」
「はい?」
「厳密にはクロードさんに似た人物ですが」
「……続けてください」
酒場を出たその男を追跡した事を話す。
クロード本人だと強く訴えるチェイス。否定しきれない俺の記憶からの決断。そして、改めて問いただした時の会話と、クロードの混乱。いまだに背筋が寒くなる。
「最初はチェイスさんの事も知らないと言っていましたが、酒場を出た後、記憶が混同しているようでした」
「どのように?」
「チェイスさんを知ってる。そして、自分が死んだ記憶があると」
「……」
そこからは錯乱したクロードの対応だ。クロードから放たれる強大な魔力と、人間離れした身体能力。レナルドと協力して、やっと対処できた……いや、サポートしかできなかったな。
――そして、クロードの体内から現れる宝玉。
「……人から、宝玉ですか?」
唖然とした表情が戻らない所長。
でも、あれを人と言っていいのか?
凍結した体が崩れ、その断片は鈍色に光り、砂のように形を失った……あり得るのか?
一瞬、沈黙が流れる。
「――以上です」
やっと絞り出した言葉。これ以上、何を言えばいいのか、わからない。
続く沈黙を破るように、レナルドが口を開いた。
「宝玉は回収し、神殿にて安置されている」
「……それは安心しました」
所長がほっと一息つき、話しを続ける。
「今回の件、あなたの見解はありますか?」
「あるにはあるが……」
レナルドの視線が合う。何か言いたげな表情。でもうまく読み取れない。
「さすがに今回はおいそれと出せる内容ではない。もう少し精査したい」
「……わかりました。でき次第で構いませんので、提出してください」
「了解した」
あらかた報告は終わったので、許可を得てレナルドと共に退出する。所長の顔、さっきよりもやつれていた気がする。ここ二日厄介事ばかりで申し訳ないと思う反面、報告した事で振りかえる事ができ、実力不足を痛感した。今のまま、レナルドに頼っているだけではダメだ。元の世界に帰る前に、もう一度死ぬ事になる。
そう考えながら階段を降りていると、つい思いが口に出てしまった。
「……レナルド、その、ありがとう」
「なんだ、やぶからぼうに」
「いや、改めて昨日の事を思い出すと、あまり役に立っていなかったなと」
レナルドは立ち止まると、やや困惑の表情を向ける。
「クロードさんの動きはほとんど見えてなかったし、最初の一撃は外しただけなんだ。評価してくれたけど、やっぱりそのままじゃダメだと思う」
静かな空気。観察するような視線。
「しっかりと、鍛え直そうと思う」
「……そうか」
ふわりとやわらぐレナルドの表情。信頼してくれている気持ちに、俺は応えたい。
隣にいるのは、紛れもない英雄。これから努力したとしても到底及ばないだろう。でも、並んでいられるよう、できる事はやらないとな。
「君の決意はわかった。私も微力ながら手伝えると思う」
「それは助かるよ!」
英雄自ら手を貸してくれるのはありがたい。喜んでいると、レナルドは軽く口角を上げた。悪巧みでもしているような表情。
「……ちょうど良い機会かもしれない」
「ん?」
「“鍛え直したい”君に、良い提案があるんだ」
嫌な予感がしてならないが、別の方から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「おーい、ブラントー。お客さんだぞー」
力の抜けたデーヴィッドの声。まだ本調子じゃなさそうだ。
「お客さん?」
デーヴィッドが雑に視線を向けた方に、白衣の神官がいた。なんで?
「チェンバレン様、シュリーブ様。突然申し訳ありません。昨夜の件でお話があります。神殿までご同行願いますか?」
これはもしかしなくても宝玉関係。レナルドと見合わせ、ため息をつく。
「……わかりました」
魔法具に封印して終わりじゃなかったのか、それとも新たな問題が発生したのか。言い表せない不安感が足取りを重くしていた。




