11.安置
明かりに炙られるような暗がりの下、ようやく神殿に到着した。目的はもちろん、回収した宝玉を処理してもらうためだ。ただ、今までの経緯を思い出すと、灯火に照らされた礼拝堂も、荘厳さよりも怪しげに見えてしまう。
「!……あなた達は」
神殿に近づくと、門番がすぐに通してくれた。どうやら顔を覚えられていたようだ。そのまま神殿内の一室に案内される。そこは執務室のような造り。中央にはソファーとローテーブル。そして、老神官を筆頭に数人の神官が迎えてくれた。
皆一様に白衣だけど、老神官だけ肩から黄色の帯を掛けている。高位の神官だろうか。
「レナルド様、ブラント様。よくおいでくださいました。私は土の神官マテオと申します」
名前まで知られている? それに大げさな出迎え。どういうことだろう。
マテオと名乗った老神官はニッコリと笑い、理由を話し始めた。
「実はオーウェン所長から連絡をいただきまして」
「所長から?」
「ええ、お名前はその時に。そして宝玉関連の事件を継続しているため、今夜も訪れるかもしれないと」
さすが所長。なかなかの読みだな。苦笑いしか出ない。
「……お察しの通りですね」
「では、本日も見つかったのですか?」
マテオ神官の顔色が変わり、周りの神官達もにわかにざわつく。
意に介さずレナルドが口を開いた。
「その通りだ。昨日と同等のものが一つ。ただ、ほぼ完全な状態にある」
「そ、それは……」
マテオ神官の動きが停止する。ざわつく神官達。半壊したものでも大騒ぎだっから当然の反応だろう。
「もちろん、魔力の消失は確認している。念の為、“紫色の布袋”で包んである」
部屋中にため息が反響する。魔力を封じる布袋の事だな。
「さすがはレナルド様。では早速、準備致しますね」
マテオ神官は控えていた神官達を見て、改めて指示を出しているようだった。あれ、誰も動かない?
「何をボーっとしてるんです? 急いでください!」
「……! は、はいっ! ただいま!」
マテオ神官に一括され、神官達は慌てて部屋を飛び出して行った。
「お見苦しい所を……」
「いえ、なんとなくですけど、これが危険なものとは理解していますから」
「では、ブラント様は、宝玉について詳しい事はご存知ないのですね?」
「そうですね」
「なるほど。この私でよろしければ、お教えしましょうか?」
これはぜひとも知っておきたい。ちらりとレナルドを見ると頷いている。よし、お目付け役からも了承を得られた。
「お願いします」
「わかりました。では、少々お時間いただきますので……」
マテオ神官は柔らかな笑みを浮かべながら、ソファーに座るよう促した。
「それでは、古より伝わる神話の一文をお伝えしましょう――」
世の理は常に巡り
世の衡は均しくある
巡る力が過ぎる時
巡る力が足りぬ時
木が枯れ 火は鎮まり
土が割れ 金は腐り
氷が溶け渇れる
世の均衡は崩壊し
世に玉が現れる
玉は過ぎる力を内に込め
玉は足りぬ力を外に放つ
玉の力は理を巡るもの
人が触れれば 世が崩れ
人が触れれば 心壊れる
何人も玉に触れる事なかれ
玉は世の衡を均しくするもの
朗々とした語りが部屋中に響き渡る。心地よい声色に癒やされるようだ。
初めて聞く神話だったけど、聞き覚えのある一文があった。それは魔法属性を表すようなワードだ。これはブラントの記憶によると、木、火、土、金、氷 の五属性があり、世界のバランスを保っているという。
元の世界にある五行思想のようだけど、多少違うようだ。でもそのバランスが崩壊するという事は――
「――宝玉が現れる時、それは天変地異のことでしょうか?」
「その通りです。地震や大火災、干魃と飢饉、そして、疫病――かつて天変地異に見舞われた時、光輝く球体が現れたと、古い歴史書にも記されております」
思わずため息が出る。レナルドや神殿側の反応を見れば、宝玉は相当厄介な代物とは思っていたけど、まさか世界が絡んでくるとは。
「そして宝玉は、崩れた均衡を元に戻すためだけに存在しており、我々人が触れてよい存在ではありません」
「……触れると世界と人の心が壊れる、と」
マテオ神官は目を閉じ、深く深く頷いた。
人の心が壊れる、か……それは精神的な異常という事だろうか?
ふと、赤い光を思い出した。クロードの胸から溢れ出ていた、強烈な光。それを浴びた時に生じた激しい頭痛。そして、間近にいた住人の狂人化――もしかして、狂人事件やクロードの件に関係している?
「貴重なお話、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらも準備が必要でしたので、有意義な時間をと思ったまでで」
マテオ神官が言い終わるとノックが鳴った。入室の許可と共に、先程の神官達が入ってきた。小型のワゴンを引き、その上には大きな箱が乗っている。それを神官二人で持ち上げ、ローテーブルに置いた。大きさの割りには重くなさそうだ。
「こちらは宝玉を収める魔法具です」
マテオ神官はそう言うと箱を開けた。中は紫色のクッションのようなものが敷き詰められ、中央がやや窪んでいる。これも魔法を封じる能力があるのかな?
「レナルド様」
「ああ」
レナルドはマテオ神官に促されると、腰にあった紫色の布袋から宝玉をゆっくりと取り出した。
「おお……」
折り重なる神官達の声がよく聞こえる。それは好奇や驚嘆よりも、畏怖を感じているようだ。
レナルドは宝玉を両手に持ち替え、丁寧に窪みへ乗せた。すると宝玉はじわじわと飲み込まれるかのように沈んでいく。
「……これが宝玉の封印ですか?」
「そのようなものです」
宝玉の様子を伺っていると、そう時間が経たない内に全体が包みこまれていった。
「そろそろよろしいでしょう。これで完了です」
「ありがとうございます、マテオ神官」
「いえいえ……こうして無事安置でき、安心しております」
本当に何もなくてよかったよ。
「宝玉の最終処理結果については、後日お知らせいたします」
「わかりました。それでは、今日はこれで」
マテオ神官達に挨拶し、レナルドと共に神殿を出る。
「さて、僕らもそろそろ帰りましょうか」
「そうだな……昨日から戦い通しだったからな」
「ホントだよ、まさか連日連戦するなんて、思ってなかった」
肩を揺らすレナルドの笑い声が響いた。
「今夜はゆっくりと休むと良い」
「レナルドも、お疲れ様」
ふと振り返ると、灯火に照らされた神殿が、深い夜に浮かんでいた。怪しげだった雰囲気は消え、どこか清らかさを感じた。