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10.別れの報酬


「――魔力の消失を確認」


レナルドの厳しい視線が下に落ちる。クロードが居た場所にゆっくりと近づき、欠片を一つ手にした。


「……レナルド」

「大丈夫だ。危険はない」


いや、そうじゃなくて。レナルドが手に持つ欠片は、ついさっきまでクロードだったものだ。断面は鈍色の光を放ち、中身はよく見えないけど、簡単に割り切れるものではない。



「ふむ……」


レナルドが難しい表情のまま声を漏らす。


「何かわかったの?」

「そうだな……見た目より重く、硬さがある」

「……それはどういう」

「端的に言えば、人体とは異なる感触だ」


沈黙が流れる。

肉体の一片と考えれば、重いのはわかる。でも硬いというのは、なんでだ?……鈍く光るのも関係が?



「――宝玉を回収する」


レナルドの引き締まった声が響く。気がつくと、彼の手には欠片はなく、紫色の布袋が握られていた。


「その袋は何?」

「これは魔力を封じる効果がある。念の為用意しておいた」


用意周到だし用心深い。これも彼の経験によるものだろう。



レナルドは宝玉に近づき、布袋で丁寧に包み込み、ゆっくりと持ち上げた。


「これは……」


驚きに満ちたレナルドの声。

それもそのはず。宝玉の近くにあった欠片が音もなく崩れた。

さらに、連鎖するように周囲の欠片も形を失っていく。


「なんだ、これ」


思わず声が出た。視界に鈍色の欠片は一片も無く、まるで土へと還ったようだ。

原因はなんだ? 宝玉を持ち上げたから? それとも魔力を封じる袋の影響?



「……魂を失った器のような――まさか、還元?」


低く震えるレナルドの声。驚きだけじゃない。これは、恐れ?


「いや、馬鹿な……彼は人間だった」


すぐさま軽く頭を振り、結論を否定しているようだった。


「レナルド……?」


険しい視線に見られ、ぞくりとする。何があったのか聞きたいけど、言葉が出ない。


「……すまない。私自身、考えがまとまらない。時間をくれないか」


俺を見る視線がふわりとやわらぐが、頷くことしかできなかった。



レナルドは何を言うでもなく、宝玉が入った布袋を腰に携え踵を返した。


「宝玉はこのままにしておけない。封印のため神殿へと急ごう」


確かに最優先に向かう場所ではあるけど、何かもやもやする。でも解消できるはずもなく、当たり障りのない答えしか出てこなかった。


「……わかった」



* * *



わずかな明かりだけ浮かぶ夜空の下、神殿に向かうために来た道を戻る。このまま行けば酒場に着く。そういえば、チェイスはどうしてるんだろう。

彼はクロードを追おうとしていたけど、来なくてよかったかもしれない。死んだ仲間によく似たクロードが、あんな最後になるなんて……



「おお、あんたら!」


考えながら歩いていると、チェイスに声をかけられた。酒場の前でウロウロしていたようだ。


「……クロードの奴、見つかったのか?」


どうやって答えたものか、迷う。そのまま話す事はできないよな? ちらりとレナルドを見ると、ゆるりと首を振っている。やっぱり誤魔化すしかないか。


「酒場で会った人のことですよね? ……彼はクロードさんではありませんでした」

「……どういう事だ? 顔も、声もそっくりだったんだぞ!」

「そうです。ただ似ていただけです」

「納得できるか! 俺は一人でも探すぞ!」


本当の事は言っていないギリギリだったけど、ダメだったか。

勢いづくチェイスに、レナルドが声をかけた。


「あなたはこの地域について最近荒れていると言っていたな」

「それがどうした」

「我々の調査の結果、あなたの言う通り、なんらかの事件が発生していると考えている」

「……」

「近く、治安所によって捜査が行われるだろう」

「何っ?!」

「巻き込まれたくなかったら、これ以上関わらない方が良い」


言葉に詰まるチェイス。

そうか……トレジャーハンターだからこそ、損得は効果はあるようだ。


「……でもよう、あいつはクロードだったんだ」


どこか納得できない部分があるようだ。多分、クロードさんの死を受け止め切れていないのだと思う。これは本人にしかできない事。俺にはそれの手助けしかできない。


「チェイスさん」

「……なんだよ」

「クロードさんは……洞窟で命を落としました」

「お前!」


胸ぐらを掴まれる。でもここは冷静に。


「似たような人が居たから、納得できないでしょうけど、あの人は違います」

「っ!……」

「難しいとは思います。でも、受け入れましょう……クロードさんのためにも」


ゆっくりとうなだれるチェイス。

顔に当てた手のひらから、涙が溢れ落ちる。

一人嗚咽する声が、深い夜に響いていた。



「……帰るわ」


チェイスはそう呟くとゆっくりと立ち上がった。まぶたを赤く腫らした顔には、後悔が滲んでいるようだった。


「チェイスさん」


咄嗟に駆け寄り、硬貨を握らせた。


「……あ? これは?」

「報酬ですよ。酒場までの案内、ありがとうございました」

「……ああ、そうだったな」


小さく答えるチェイス。でも握り返したその手は、力強かった。

依頼人と案内人という関係だけど、繋がっているんだと、伝わっていればいいけど。



「チェイスさん、大丈夫かな」

「あとは彼次第だろう……残念ながら我々にできることは少ない」

「……そう、だね」



* * *



先程チェイスと別れ、やたら遠くに見える星空の下、居住区を抜け神殿の方へ向かっている。

随分と景色が変わってきた。貧民街とは違い、住居に適した建物が並び、歩きやすい道が続いている――ましてや、道端に死体なんてものはない。


クロードが殺した二人。そしてクロードを追跡する際、襲ってきた五人の狂人。やむを得ない状況とはいえ、手にかけてしまった。その後も追跡を優先するしかなく、死体はそのままにしてしまった。それでも騒動にもならず放置されたままだった。それがあの地区の日常なのだろうか。それともこの街……いや、世界の倫理観なのだろうか。



「……レナルド、ちょっと聞いても良い?」

「どうした?」

「狂暴化した人達の死体だけど……あのままで良いの?」

「……そうだな、腐敗から病の蔓延でもなれば、さらなる治安の悪化に繋がるな」


顎に手を当て、真剣に考え込むレナルド。

いやまあ、そうなんだけどさ。ちょっと違うけど、対処する方向になってなによりだ。


「遺体の処理は治安所の管轄だ。しかし、今は神殿に向かうのが優先だろう」


確かにその通りだ。これは俺の個人的な罪悪感であり、元の世界での倫理観だ。ゴーレムを含めた一連の事件に関係する宝玉の封印が優先されるのは当然だろう。こんな時、ケータイとかスマホが欲しくなる。


「……通信手段があればな」

「ブラント?」

「ここから治安所に連絡できれば、と思ったんだ」

「――できるぞ」

「え?」

「霊的存在にしか使えない魔法だが、遠くにいる者とコンタクトはとれる」


制約があるとはいえ、この世界ではすごい技術なんじゃないか?


「今、できるの?」

「無論だ」


緑色の光が現れ、周囲を巡るようにレナルドの顔を包んだ。ゆるやかだけど、巻き上げる風のような流れを感じる。


「ただ、この夜更けに起きているかどうか……」


起きてる? 相手は治安所じゃないのか?


「ブラント、この時間の頼み事だ。それなりの見返りは覚悟しておけよ」

「え?」

「……ああ、私だ」


レナルドは不穏な言葉を残し、通信相手と話し始めた。



「――そうだ、治安所の担当者によろしく頼む」


終わったようだ。会話は聞き取れなかったけど、無事連絡がとれたようでよかった。


「頼めたの?」

「ああ、直に担当者が来るだろう。私達は神殿へ向かうとしよう」



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