06.気づき
「お仕事なのはわかるけど、あまり無理するんじゃないわよ」
「わかりました、ありがとうございます」
心配するベラドンナにお礼を言うと、手を振りながら受付に戻って行く。ざわめく人々、男を担ぐデーヴィッド。
獣のように暴れる男。同じような事件が連続している? 街で何か起こっているのだろうか。
「……レナルドにも聞いてみよう」
考えをまとめていると、大柄な姿が見えた。何か気付いたように辺りを見渡している。吸い寄せられるように足が動く。
「レナルド」
「……何かあったのか?」
カットされた宝石のような表情が、かすかに曇る。どうやら周りの雰囲気から、何かあったと察したようだ。
「それがーー」
軽くいきさつを話した。男が叫びながら暴れた事、そして同じような事件が続いている事。
話し終わると少しの沈黙の後、レナルドはゆっくりと口を開いた。
「……関係はありそうだが、特徴が似ているだけとも言える」
確かにそうだ。証拠も動機も無い。ただ、無視できない気がする。もう少し確実にする方法は――
「過去の事件を調べられないかな」
「なるほど。だが、膨大な量にならないか?」
「別に全部調べる必要はないよ」
「というと?」
「チェイスさんの言ってた事を思い出して欲しい」
「……酒場の周辺が荒れていると、言っていたな」
深く頷くレナルド。
「まずは区域を限定するわけか」
「時間もそうかからないと思うけど、どうかな?」
「いいだろう」
レナルドは優しく口角を上げ、頷いた。
* * *
過去の事件などの資料は、管理室にある。講習の時に行ったウサギの職員がいた所だ。
「ミリー。ちょっと良いかい?」
「ブラントさんじゃないですか。どうしました?」
ブラントの記憶から名前がわかった。講習の時は、名前を思い出す余裕なんてなかった。
「過去の事件の資料を探してるんだけど」
「どんな事件ですか?」
「最近起きている、暴行・傷害事件だね。それとーー」
壁に貼ってあった街の地図に指を差す。中央市場から居住区方面、そして街の端を調べたいと伝えた。
「場所の検討までついているとはいえ、結構かかりそうですね……わたしも手伝いましょうか?」
「え、いいの?」
「問題ありませんとも。このミリー室長にお任せください!」
「……室長?」
「はい!」
顔が引きつる。可愛らしいミリーが管理室室長だったなんて。結構フランクに会話しちゃったよ。
「君はちょっとした所で抜けているな」
「それを言うなって」
「まあ、彼女はあまり気にしない性格だろうから、安心するといい」
ミリー室長との会話を指摘し、軽く口角を上げるレナルド。なんか今朝から、からかわれている気がする。どうにか反撃できないだろうか。
そんな事を考えながら、作業に取り掛かる。
「ーーいやあ、結構かかりましたね」
額の汗を拭うミリー。一仕事終えた達成感なのか、良い顔してる。
事件の発生場所は、予想通り酒場周辺に集中していた。そして、犯人の詳しい特徴がわかった。叫びわめき散らし、会話は不能。刃物を持っているケースもあったけど、噛みついたり、引っ掻いたりもあったようだ。獣のようだと表現してる報告書もあった。
どの事件の被害者は、この地域の住人がほとんどだった。
「この辺も人が住んでるんだよね」
「んー、住んでは居ますね。ただ、廃墟になっている建物が多いです」
「廃墟? でも、人が住んでる……貧困層、スラムみたいな所?」
「まあ、平たく言えばそうです」
物言いが身も蓋もなかったせいか、苦笑いを浮かべるミリー。
そして、周りの様子を伺いながら、顔を寄せると小さな口を開いた。
「あまり大きな声で言えませんけど、無許可なお店とかあるみたいですよ」
「なんで放置されてるの?」
「治安所の人手不足、というところでしょうか」
どこかで聞いた話だな。政治的な事や、治安所の限界という事だろうか。異世界でも同じなのかな。
管理室に明かりが灯る。光に誘われ視線が上がる。ふと窓を見ると、夕焼けは沈みかけ、夜がそこまでやってきているような暗い空が見えた。
「そろそろ出ようか。チェイスさんとの約束の時間だ」
「ああ、遅れないようにしなければな」
* * *
「よぉ、遅かったな」
チェイスとの集合場所に着いた時には、夕日は沈みきっていた。
「すみません、ちょっと調べものを」
「調べものぉ?」
「これから行く所の予習ですよ」
「……まあ、報酬さえいただければ、こっちは問題ねぇよ」
めんどくさそうに手を振るチェイス。よく見ると一人だけみたいだ。
「そういえばアンバーさんは?」
「予習したんじゃねぇのかよ。あんな所に連れていけるか」
それもそうか。という事は、やっぱり危険な場所なのか? 不安な気持ちを抱えたまま、チェイスの案内の下、酒場へと向かう。
中央市場から居住区を抜け、街の中央から離れるほど、人の気配が無くなっていく。次第に見える家屋はどれも古ぼけている。
神妙な面持ちのレナルドが重々しく口を開く。
「資料で知る事と、実際に見るのとでは、まるで違うな」
「ここら辺は……廃屋ですかね」
剥がれた屋根、割れた柱、裂けた壁から闇が覗く。
ん? 何か視線を感じたようなーー
「おい、どうした。こっちだぞ」
「……なんか視線を感じたような」
「は?」
「いえ、なんでもないです」
チェイスに呼ばれる直前、誰かに見られているようだったけど、物音もしなければ、気配も無い。気のせいだったのだろうか。
深い夜の中しばらく歩くと、ぼんやりと浮かぶ怪しげな明かり。照らされる古ぼけた建物。チェイスが顎をしゃくり、呟いた。
「ここだ……」
店の扉に手をかけると、錆びついた蝶番が悲鳴を上げる。同時に強いアルコール臭が鼻をつき、タバコの煙でむせ返る。店内に入ると薄汚れた客が睨みをきかす。気にせず視線の端に追いやり、カウンターの向こうにいる店主に話を聞く。
「すみません、聞きたい事がありまして」
「ああ? 話? ここは酒場だぞ」
「では、エールを三杯」
懐から硬貨を出し、テーブルに滑らす。少し多い事に気づいたのか、店主が鼻を鳴らす。
「ほらよ……で、何が聞きたい」
「クロードという人が、こちらの常連と聞いたのですが」
「クロードぉ?」
顔をしかめる店主。これはハズレだったかな?
諦めかけた時、店主がゆっくりと指を差す。
「そっちにいるじゃねぇか」
「え?」
店主の指差す先に、グラスを持つ男性が一人。
数度喉を鳴らし、飲み込み、ゲップを吐く。
赤ら顔についた泡を腕で拭い、つまみを口に放り込んでいる。
その顔はよく覚えている。
暗がりで一瞬だったけど、忘れもしない。
半身を潰され、血に塗れていたその姿。
「……おいおい、冗談だろう」
呻くような声と、グラスの割れる音。
チェイスはよろよろと後退りし、腰から崩れ落ちる。
「クロード……」
消え入るような声が、とてもよく響いた。




