03.お役人
一階に降りるとアルバートが扉の前で待機していた。どうやらその奥が食堂のようで、迷わずにたどり着く事ができた。食堂へ入ると、中央に長いテーブルがあり既に三人が食事をしていた。ぼんやりとした記憶から、ブラントの家族だとわかった。
テーブルの一番奥に座っているのが父親のロジャーだ。茶色の短髪と茶色の目が印象的だ。その手前に座るのが兄のジェイムズ。髪と目の色はロジャーと同じせいか、よく似ている。ジェイムズの向かいに座っているのが姉のキャロライン。金髪碧眼でキラキラと輝くような美人だが、やや目が釣り上がっておりクール系な印象だ。髪と目の色が違うから母親似なのか? そういえば母親の姿が見えないが、どうしたんだろう。記憶もおぼろげだ。
「おお、ブラント、目覚めたか。大事ないか?」
まじまじと見ているとロジャーから心配するように声をかけられた。他の2人からもブラントの身を案じているような視線を感じる。ここは一つ貴族風作戦で対応だ。
「父上、兄上、姉上。ご心配おかけしました。この通り体は十分癒えました。もう大丈夫です」
やや堂々とした感じで、それっぽく応えてみた。意外とやれてるじゃんと、自画自賛していたが、一瞬で空気が変わったのがわかった。皆貴族然とした表情ではあるが、誰もが驚きを隠しきれていない様子だった。キャロラインはどことなく頬が赤くなっているようにも見える。あれ、俺なんかやっちゃいました?
「そ、そうか。大事ないのであればよかった」
ロジャーは取り繕っているようだが、ややうろたえているのがわかる。
その時、ぼんやりとした記憶が流れ込んできた。それは、“とうさまぁ”とか“にいさまぁ”とか“ねえさまぁ”とか、甘くささやくように呼んでいるブラントの様子だった。どうやらこの体の持ち主は、甘々末っ子ライフを満喫していたようだった。それに加えこのイケメン。家族といえどイチコロだろう。
もうちょっと早く思い出したかったけど、俺には難易度が高すぎる。冷や汗が止まらない。
「アルバートから少々様子が変わったと報告があったが、良い変化じゃないか。ブラントも今年で17才だ。成人として一年過ごせば自覚も芽生えるだろう」
なんとも言えない空気の中、ジェイムズがフォローしてくれる。皆納得したのか場が和らいでいくのがわかった。ナイスだ。しかし17才というと高校2年生くらいか。大分痛いな、ブラント君。ん? そういや成人って言ったか? お国柄なのか時代的な理由なのか、よくわからん。
不安の中テーブルにつき、朝食を食べる。テーブルマナーなんか習った事もないから見様見真似だ。ブラントの家族との会話にも対応するが、お互いにぎこちない感じが否めない。ここは思い切って甘々な感じを出して!……いや、無理ですよ。
「ふむ。食事も食べられるようだし、体は回復したようだな。だがいつものように無茶はしないように」
「は、はい。肝に銘じます」
若干の冷や汗をかきながら朝食を終える。時折ロジャー達の視線を感じるが、気にせずボロが出ない内にさっさと自室へ戻った。
「はあ……疲れた」
面接でも受けているようで、味もわからず食べていた。うまくごまかせたのならいいけど。あれだけブラントの事を心配しているのだから、中身が別人と知られた時が怖い。“ブラントをどうした!”とか聞かれても困る。答えようがないし、むしろ俺が聞きたい。
これまででわかった事というと時代は中世あたり。ただ、西暦何年とか、どの国なのかさっぱりわからない。タイムマシンとか超科学的な何かがあれば、帰れる可能性はありそう。ただ、こうなったきっかけはおそらく腹の傷。タイムリープとか不思議現象が絡んでくるとお手上げ感が強い。
どうにかして帰る方法を見つけたいが、今の所情報不足過ぎて何もできない。それまではブラントとして生きるしかないようだ。けど、帰れたとして”ブラント”はどうなるんだろう?
元の世界線に帰る事を再度決意しつつも、新たな疑問が生まれた時、先程着替えをしてくれた使用人が入室してきた。これまたあっという間に別の衣服に着替えさせられた。今度はさっきよりは動きやすい感じだが、高そうな生地で仕立てられているのがわかり、思わず顔がひきつる。
使用人と入れ替わるようにしてアルバートが入ってきた。
「ブラント様、馬車の用意ができております」
「馬車?」
「ええ、旦那様からブラント様の体調は万全だと伺っております。職場復帰も問題なさそうなので、治安所へお送り致します」
この時ブラントの記憶が流れ込んできた。“行政区”,“治安所”……どうやらブラントの職場のようだ。治安所とは警察署のような所か…… という事はブラントは警察官か?
幼き頃の思いがふわりと浮かんでくる。
“誰かの役に立ちたい”
気分的には、ついさっき身を犠牲にして人を助けたばかり。直前は恐怖や痛みが強かったが、今思うと満足感や達成感がある。そのせいか先程まで感じていた不安が、いつの間にか消えていた。というより、ちょっとワクワクもしてきた。