04.蘇る記憶
「私はレポートを仕上げてくる」
「え、もう書けるの?」
「ああ、大体まとまっているから、それほどかからないだろう」
「そうか、邪魔にならないよう一階で待機してるよ。この街の雰囲気にも慣れておきたいし」
「わかった。では、後で」
レナルドと別れ、中央階段を降りていく。一人だとやけに広く感じるせいか、どうも落ち着かない。
一階に着くと、受付にいるベラドンナが声をかけてきた。
「あら、ブラントちゃん。オーウェンちゃんとお話は済んだの?」
「ええ、無事終わりました」
「朝より晴れやかね。何か良いことでもあったの?」
「ええ……所長に褒められました」
「あのオーウェンちゃんが褒めたの? それはよかったわね!」
「はい!」
ベラドンナとのやりとりに、自然と気持ちがほぐれていく。
その一方、にわかに受付が騒がしくなる。
「ヴア゛ア゛ゥア゛ア゛ア゛!」
「よーしよし、大人しくしろよ〜」
獣のような叫び声と、聞き覚えのある声。よく見るとデーヴィッドが戻ってきたようだ。
「デーヴィッド、どうしたんだ?」
「おー! ブラントじゃないか。見ての通り、暴れん坊をとっ捕まえてきた所だ」
デーヴィッドが両手でロープを握る先には、後ろ手で拘束された男。意味不明な言葉、いや、うめき声を発している。まるで獣のようだ。
それに、デーヴィッドって、大の男二人を軽々と持ち上げていたはずだ。どんな馬鹿力で暴れているんだ、あの男。
「もう得物は回収したから大丈夫だと思うけど、あんまり近寄らない方がいいぞ」
「得物? 素手じゃなかったのか」
「剣だよ、剣。街中で、やたらめったら振り回しててさ、ケガ人続出でまいったよ!」
街中、剣、刃物、狂人、ケガ、死……
記憶に新しいワードが、ループする。
「ぐっ……」
腹に痛みが走る。鋭い刃物が体内に侵入する感覚。体が熱い。力が抜ける。血が流れ出ている感覚。
「ちょっとブラントちゃん、大丈夫?」
腹を押さえ屈み込むと、ベラドンナが駆けよってきた。
「……大丈夫です」
「ホントに? 顔色真っ青よ」
「ちょっと嫌なこと思い出しただけなんで」
まいったな。御剣誠司だった時の、死ぬ直前の記憶というのは、なかなか拭えないようだ。
考えてみればブラントも同じように腹を刺されたんだよな。精神にも肉体にも強く刻まれているのかもしれない。
深呼吸。ゆっくりと体を起こす。
ベラドンナには、笑みを返すのがやっとだった。
少しすると、治安所にも落ち着いた空気が流れる。どうやら捕縛された男は観念したのか、大人しくしているようだ。
デーヴィッドも片手で捕らえつつ、他職員に指示を出していた、一瞬の隙。
男は視線を巡らし、前傾になる。
ん? なんだ? 男が俺を見ているーー
「ガウァッ!!!」
「あ! この野郎!」
獣の叫びに似た声と、デーヴィッドの慌てた声。気がつくと、眼前に狂人。
赤く血走った目
大きく開いた口
飛び散る涎
剥き出しの歯
「ーーは?」
いや、呆けてる場合じゃない!
これはヤバい! 避けーー
轟音に遅れて聞こえる風切り音。
衝突の余波が肌を震わす。
重量のある物体が、俺の鼻先を通過したと思われる感触。
気がつくと眼の前には狂人の姿はなく、鍛え上げられた立派なお御足があった。
「治安所の職員に、何しようとしとんじゃ?」
ベラドンナの蹴り足が、狂人を吹き飛ばしていた。
「……お、お見事です」




