01.安堵の涙と苦い顔
穏やかに浮かぶ雲を差し色に広がる青空。柔らかく降り注ぐ陽光が、神殿を照らしている。昨夜来た時とは、全然雰囲気が違う。
出入りする人も結構いる。普通の人から冒険者のような人まで。ここの神様は幅広く信仰されているようだ。
「珍しいか」
「そうでもないかな」
「ほう、君の世界でも信仰心の篤い者が多いという事か」
うん。詳しく説明すると複雑だから、そういう事にしておこう。
開放された入口から入ると、窓から差し込む陽の光のせいか、ずっと奥まで続いているのがわかる。
「ん? あれはなんだろう」
神殿奥に何か掲げられているのが見える。五色に分けられたモチーフが順に折り重なり、レリーフのようになっている。あれが祀られている御神体なのかな? 皆一様に祈りを捧げている。
「五大神だ。各地の神殿に祀られている。それぞれ豊穣、創造、調和、秩序、知恵の象徴でもある」
「なるほど、多神教なんだ」
「ふむ、君の世界には一神教もあると言うことか?」
「国によっては」
「ほう、興味深い」
また質問攻めにされそうな雰囲気だけど、あまり詳しくないから勘弁してほしい。それにここに来た目的を忘れないで欲しい。
「それよりも、早くビリーさんの所に向かおう」
「そうだったな、こっちだ」
レナルドに案内されるままついていくと、体育館ほどの広さがある大広間に着いた。簡易的なベッドが等間隔で並び、そのほとんどが埋まっている。包帯を巻いてる人や寝ている人、様々だ。病室のような所だろうか。
大広間を眺めていると、レナルドが神殿の流れについて教えてくれた。
「神殿に運ばれた病人やケガ人は、魔法や治療薬である程度まで回復させ、完治まで看護・保護する流れだ」
「回復魔法で一気に治すわけじゃないんだ?」
「可能だが負担が大きい。あくまで、自己治癒力の補助と考えた方がいいだろう」
「なるほど」
元の世界の医療と同じような感じかな。回復魔法もゲームみたいに使えるわけじゃないんだな。
「あ、治安所のお二人さん!」
俺達に気づいたのか、ビリーの恋人キャシーが声をかけてきた。
チェイスとアンバーもいるようだ。
「助かった、ありがとう」
「本当に、ありがとうございました」
優しく温かな二つの声。じんわりと心に伝わってくる。人の役に立てたと、実感できる。本当に良かった。ビリーの容体は良好。あと数日の治療で完治となるそうだ。
「無事で何よりでした」
「ああ、これに懲りて、まともに働くよ」
ビリーが少々おどけるように言うと、キャシーは涙ぐみながら笑った。
「恋人を泣かせるんじゃないよ!」
ビリーを小突くアンバー。キャシーに釣られたのか、目をうるわせ、目元を拭っている。チェイスは苦く笑い、バツが悪そうにしている。
冗談じゃなくて、俺もそう思うよ。堅実が一番。
「そろそろお暇しますね」
少し談笑した後、席を立つ。
ビリーの様子も確認できたし、あまり長居するのも良くはない。チェイスとアンバーも頷き、腰を上げる。
「俺達も行くわ」
「そうね、お大事にビリー」
軽やかな笑顔のビリーと、柔らかく笑い頭を下げるキャシーに見送られ神殿を出る。
「ビリーさん、元気になってよかったですね」
「ああ、あんたらのお陰だよ、ありがとね」
快活に笑うアンバー。あの夜に出会った人とは思えないくらい明るい。チェイスにも鬱屈としたような感じもない。良い事だ。ただ、聞かなければならない事がある。
「お疲れの所すみません。少し、お話があります」
「……なんだ?」
チェイスがそっけなく反応する。
俺の声のトーンが低かったせいか、二人の顔に影が落ちる。気が重くなる。
「今回の事件、厳密にはまだ終わっていません」
「なんだと?」
チェイスの眉間にシワが寄る。
「例の依頼が関係しています。“お宝”の情報元について、何か知りませんか?」
二人が顔を見合わせ一呼吸置くと、アンバーが先に口を開き、こちらを見た。
「……あたしは何も知らないよ」
アンバーは困惑した表情で答え、チェイスに視線を移す。
「言っただろう、クロードしか知らねぇ」
「では、クロードさんについて教えてください」
「と、言われてもな。どこに住んでたのかすら……いや、待てよ」
チェイスは記憶を探るように視線を巡らす。
「クロードに連れてかれた酒場があったな」
「中央市場ですか?」
目をつむり唸るチェイス。飲食店であれば中央市場周辺だと思ったけど、違うようだ。
「いや、市場からずっと奥に行った、街の端だ」
曖昧過ぎる。昔の記憶だからなのか、分かりづらい所にあるのか。
「……どこですか?」
「一回行ったきりだからな。道見なきゃ、わからねぇよ」
「では案内してください。報酬も出しますよ」
にっこり笑う。顔が引きつるチェイス。我ながらたった一日で図太くなったものだ。
「……まあ、それくらいなら、良いだろう」
「ありがとうございます!」
ことさら明るく言うと、チェイスは呆れたようにため息をついた。
「ったく……だが今はまだ開いてないはずだ。夜にまた来い」
空を見上げると日が高い所にある。思ったより長く居たようだ。
「わかりました、またあとで」
交渉成立。レナルドも満足そうな表情。
結果にやや浮かれていると、チェイスがゆっくりと口を開いた。
「……ただな、酒場の辺りだと思うんだが、最近特に荒れているらしい」
チェイスの表情が歪み、不穏な空気が流れる。
「というと?」
「詳しくは知らねぇけど、誰かが殴っただの、噛みついただの、血を見ない日は無ぇって聞いた」
中央市場の悪漢とは比べ物にならないぐらい治安が悪いのか。噛みつくとか、まるで獣じゃないか。
「随分と物騒ですね」
「ああ、それなりの準備をしといた方がいいぞ……じゃあな」
後ろ向きで手を振るチェイスと、無言のまま会釈するアンバー。疲れが見える二つの背中を見送る。
「僕らも行きましょうか、レナルド。所長に報告しなければならない事が、山のようにあります」
「ああ、そうだな」




