幕間:シュリープ家と執事
朝食を終え、レナルド邸を後に、馬車に乗り込む。どうやら送ってくれるようだ。
「さて、行き先は?」
「ビリーさん達が気になるけど、一旦家に帰ろうと思う」
「わかった。では、シュリーブ家を経由し神殿に向かうとしよう」
異世界初日から朝帰りか。貴族として、というか、この世界の常識的に大丈夫なのだろうか。
ふと、背筋に冷たいものを感じる。シュリーブ家執事アルバートの顔がよぎる。この世界に目覚めたばかりの時、お小言で詰められたな。とても嫌な予感がする。
「いってらっしゃい、レナルド」
「ついでにブラントも、いってらっしゃい」
馬車の周りをふわふわと飛び回り、楽しそうに笑い合うクレアとセイディ。お見送りしてくれるのは良いけど、本当に自由な二人だ。
「レナルドは家の主人だろ?」
「ああ」
「敬称は不要なのか?」
「そうだな……気にした事はなかった。二人には家を任せているが、主従関係というわけではないからな」
何か複雑な事情がありそうだなと思っていると、レナルドが察したのか軽く話してくれた。
「大戦後軍部所属だった事を話したな。その任務で向かった国境で二人を保護した」
「そう、だったのか」
「機会があれば、詳しく話す時も来るだろう」
やっぱり事情があるらしい。それに戦争関係なら、話しづらい事もあるだろうしな。
視線を外に向けるレナルド。釣られて見てしまう。
馬車からのぞく青空。すっかり日は昇り早朝は過ぎているようだ。
まばらに増える人々の声が聞こえ、通りを行き交う姿が見えてくる。
次第に馬の歩みが緩やかになっていく。どうやらシュリーブ家に到着したようだ。
「ブラント様!」
帰宅直後、聞き覚えのある声に呼ばれた。
「ただいま、アルバート」
「ただいまではありません! 連絡もせず朝帰りとはなんですか!」
つり上がった眉、しばたたかせる目。よく見るとアルバートの目元は青黒い。まさか寝ずの番でもしてたのか?
「いくらお仕事とは言え、言伝くらいできるでしょうに!常に シュリーブ家としての自覚をーー」
予感的中。お小言が始まってしまった。お母さんかな?
長くなりそうなので無理やりにでも割り込む。
「わかった、悪かった。今後気をつけるよ。それより父上達は?」
「……皆様既にお出になられております」
ブラントの記憶によると、ロジャーとジェイムズは領主邸に出仕、キャロラインは神官のようで、何かと忙しいらしい。
軽く報告もできればよかったけど、仕方がない。
「挨拶だけでもできればと思ったのだけど」
「そう思うのでしたら、日が変わる前にご帰宅くださいませ!」
「はい……」
止まらないお小言。あまりのしつこさに、自ずとブラントの記憶が蘇る。いつもより、二割り増しくらい怖い。
「僕もこれから出るよ。また遅くなるかもしれないから、伝えておく」
「……かしこまりました」
アルバートの表情が緩む。つり上がっていた眉は下がり、やや呆れたような顔になってる。なんでだ?
視線はそのまま俺の後方へ。レナルドにやっと気づいたようだが、固まっている。
「ああ、この人は俺のお目付役で」
「……チェンバレン様」
「なんだ、知ってたのか」
驚きでいっぱいのアルバートが、ゆっくりとこちらを向く。慌てるように口を開き、しどろもどろになりつつも答える。
「知ってるもなにも、レナルド・チェンバレン様は、この国の英ゆーー」
「ーー私の事をご存知とは、光栄だ! あなたとは親交を温めたい所だが、我々は急がなければならない。さあ、行くぞ、ブラント」
アルバートの言葉に被せるレナルド。最後なんて言ったんだろう?
「え? あ、じゃあ、行ってくるよ、アルバート」
「……い、いってらっしゃいませ」




