02.お貴族様のご子息様
「お目覚めになりましたか! ブラント様!」
いきなり声をかけられ、思わずびくりとしてしまう。イケメンで遊んでる場合じゃなかったなと、心底思った。
恐る恐る声の主を見ると、思わず“セバスチャン”と声をかけたくなるような執事風の男性がいた。
「お仕事とはいえ、あなたはシュリーブ家のご子息なのですから、気をつけていただかないと困ります! 日頃から周囲に注意を払いーー」
初対面でいきなりお小言を並べられるとは思わなかった。俺はこの人の事を知らないが、この人は俺の事を知っているようだった。“誰だお前は!”とか“不法侵入だ!”とか言われなくて済んだと、一安心していると、ぼんやりとした記憶が知識として流れ込んできた。どうやらこの人はイメージ通り執事であり、名前はアルバートというらしい。
思い切ってお小言に割り込むよう話しかけた。
「えっと、アルバートさん?」
「……ブラント様。私はシュリーブ家の執事です。敬称は不要でございます」
思わずさん付けで呼んでしまったが、執事相手では不自然か。アルバートも怪訝な顔をしているし。怪しまれると厄介だな。なんとか貴族っぽい喋りでやり過ごそう。
「そ、そうだったな。では、アルバート。心配かけたな。もう大丈夫だ」
「……それは何よりでございます。お召し替えをされましたら、食堂へいらしてください。皆様ご心配されておりましたよ」
アルバートはそう言うと、軽く頭を下げ、音を立てずに機敏な動きで部屋から出ていった。おそらく部屋に入ってきた時も同じ動きだったから気づかなかったんだろうな。
とりあえず貴族風作戦は受け入れられたようで良かった。いきなりつまみ出される事もなさそうだ。ただ気になる事がある。
「ブラント様にシュリーブ家か……」
どうやら俺は貴族家のご子息様になっていたようだ。改造人間レベルに姿形が変わっているはずだよ。
「なるほど、なるほど。えっと、どういう事?」
冷静になって考えてもさっぱりわからん。狂人に刺され、気がついたら中世貴族の子息になってましたって意味がわからんよ。どうしてこうなった?
おそらくきっかけはこの腹の傷なのだと思う。”自分が刺された所”をじっくり見たわけではないが、“同じだとわかる”場所に縫合の痕がある。そして、かすかだが記憶に残る”あの声”。優しく穏やかな女性の声。ただ、誰なのかは心当たりはない。
何かやらかす前にさっさと帰りたいんだけどな。
あの後狂人は捕まったのかな?
仕事も無断欠勤になるのか病欠扱いにしてくれるのか。
……そういえば、腐れ縁のあいつはどうしているんだろう?
帰りたい理由はいくらでも出てくるが、帰る手段がない。
とりあえず周囲に馴染んでから行動する事にしよう。今から脱出しようにも手遅れ感は否めないし、できた所で行く宛もない。幸いにも記憶はブラントのものが残っているようだから、なんとかなるだろう。強く意識しなければ、思い出す事はできないみたいだけど。
早速着替えようとしたが、何をどう着ていいのかわからない。衣服というか衣装がずらっと並んでいる。なんとなくでよければ着れなくはないだろうが、俺の一ヶ月の給料が吹き飛びそうな、キラキラとした衣類に触れていいものか戸惑う。どうしたものかと呆然としていた所、使用人らしき2人の男性が部屋に入ってきた。2人の名前は、と思い出そうとしている内に、あれよあれよと着替えさせられてしまった。
「失礼致しました」
アラサーにもなって人に着替えさせられるとは、と戸惑ったが、正直困っていたから助かった。これで部屋から出る事ができそうだ。
「さて、次は食堂へ向かった方がいいのかな?」