01.夢と現実
俺は御剣誠司。御大層な名前のせいか、子供の頃は正義感に溢れた良い子だった。将来は困っている人を助けられる人になりたいと思っていた。
「へたれのお前には無理だって」
幼なじみというか、腐れ縁のあいつにはよく馬鹿にされてたけど、へこたれず自分なりに努力を重ねていった。
しかし、現実はそう甘くない。平凡な地頭と平凡なコミュ力。やっとのことでもらった内定。誰かを助けるどころか、自分の事だけで精一杯だったーー
ーーはずなんだが、何を考えていたのか、いや、何も考えていなかったのだろう。
俺は今、刃物を持った狂人の目の前に飛び出した。
既視感。そうそう、朝のニュースでよく見る光景だ。
俯瞰で撮影された現場
取り押さえられる犯人
惨状を物語るような血痕
暴れる狂人
今自分がいる国で発生した事件なのに他人事な感覚。いや、距離は関係無いか。たとえ近所で起きたとしても、家を出たら忘れてるだろう。
俺は今、その現場に直面している。
「あれ? 何やってんだ、俺」
男の手に握られていた刃物が、俺の腹に刺さる。上着に抵抗されるも、容赦なくたるんだ腹を裂き、刃先は内臓に達した。
どろりと赤く染まるワイシャツ。
生臭い鉄の臭い。
滴る血液。
熱い、痛い、怖い。
遮るように背後から聞こえる女性の悲鳴。
「ああ、そうか。人助けしたかったんだ」
自分の行動に納得した途端、力なく倒れた。背後にいた、よく見た顔が視界に入る。子どもの頃から見知った顔が歪んでいる。
「なんでへたれのあんたが……」
よく言われていた悪態のはずだけど、悲壮感や焦燥感を帯びている。なんて顔してんだよ。
激しい痛みを感じつつも、力は抜けていき、眠りに入るように意識が薄れていった。
◇
ほう、これは面白い魂だ
どこから迷い込んだのか
ただ還すだけではつまらんな
ちょうど良い器がある
こちらに移すのも一興か
どれ、一仕事してみようか
異なる世界より迷いし魂を
永久の楽土から
偽りの世界へ
◇
優しい声が聞こえた
穏やかな女性の声
内容はよく覚えてないけど
俺に語りかけていたようだった
気がつくと目の前には見たことがない天井、というより天蓋があった。
「は? どこだここ?」
体全体を包み込むかのように、まふっと柔らかなベッドに寝ていた。
「って、腹は?!」
刺されたはずの腹を確認すべく飛び起き、見覚えのないもっふもふの布団を剥ぎ取った。腹には縫合された痕が残っているが、色々飛び出していないようだ。しかし、気になる事がある。
「俺の腹、こんなに引き締まってたか?」
アラサーになれば代謝も落ち、十代の頃のように体型の維持は困難を極める。どうにかしようと、どうにもできなかった浮袋のような脂肪はなく、適度に絞られた肉体があった。
「どういう事?」
状況を確認すべく、のそりとベッドから出て部屋の中を伺う。周りを見渡すと高そうな調度品や家具。海外の金持ちが住んでそうな部屋だが、時代がかなり古い。まるで中世貴族の部屋のようだ。
「どこだよ、ここ」
俺の部屋ではない事は確実だし、病院というわけでもない。そもそもこんな歴史的価値のありそうな部屋に心当たりなどない。誰かに連れられた? 目的は? 怪我も治してくれた? さっぱりわからん。
まあ、怪我を治してくれたのであれば、お礼をしたい気持ちはある。でも、何か壊す前にさっさと帰りたい。
ベッドを降り、部屋から出ようとした時、ふと、華美な装飾に縁取られた鏡が目に入った。ベッド、天蓋、まふっとしているだろう寝具、そこに映り込む人物。
「ん……?」
鏡に映るブロンド碧眼のイケメン。自分が動くように鏡の中のイケメンも動いている。
「は? これが……俺? 腹の手術のついでに全身改造でもされたのか?」
頭も心もパニックになりながら、色々と顔をいじったり体を動かしてみる。鏡に映る人物は、やっぱり自分で間違いないようだ。
「……一体どうなってるんだ?」
読んでいただきありがとうございます!
プロローグは今日中に一気に投稿しますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです!