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二輪三脚  作者: 三月悠希
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背中の鼓動

 強引に未桜に連れられ、バイクの待つ駐車場にたどり着く。零の息は上がり、呼吸の度に空気が霞む。


「っはぁ……はぁ……まったく……落ち着きがないな……」

「ふふっ、零は体力が無いわね」


 未桜はいたずらに笑った。零は不満げに未桜を見つめる。零とは対照的に疲れ知らずなようでその表情は余裕であふれている。


「じゃぁ、買ってくるから、何かリクエストは?」


 未桜はまっすぐこちらを見つめ、困惑した様子を浮かべる。


「なに言ってるのよ。私も行くのに」

「行くって……どうやって……」


 未桜はバイクの傍に寄りタンデムシートを優しく撫でる。


「これに決まってるじゃない」


 当たり前だといわんばかりに未桜が答える。


「……」

「なによ」

「タンデムなんてしたことないんだが」

「誰だって最初はそうよ」

「……ヘルメットも……無いし」


 瞬間、まばゆい光がした。手で遮る間もなく光が消えると、未桜の手には顔全体を覆うフルフェイスヘルメットが出現し、チェスターコートはレザージャケットに変換されていた。


「……便利な力だな」

「神様だからね」

「実に不都合だが」


 未桜は自慢げに笑みを浮かべるとおもむろにヘルメットを被り、バイクに取り付けられた二人乗り用のステップを展開する。


「早く跨りなさいよ。乗れないじゃない」

「……仕方ないか」


 未桜に急かされ、零はヘルメットを被りグローブをはめてバイクに跨る。


「ブレーキ握って、サイドスタンドはそのまま」


 未桜は簡潔にそう言うと零の肩に手を置き、左、右にとタンデムステップを踏む。車体は僅かに沈み込み、零の膝はその角度を鋭くする。


「どう?」

「今のところは問題ない」

「じゃあ、車体を起こしてみて」


 零は未桜の指示通りに車体を垂直に起こす。


「っ……重い」


 乾いた音ともに後頭部に軽い衝撃が走る。


「重いとか言わない」

「はい。重くないです」

「よろしい」


 未桜は零の腰に手をまわし体を密着させる。


「じゃあ出発ね」

「……まったく勝手言ってくれる」


 零はキーを右に回し、サイドスタンドを払う。そしてクラッチレバーを目いっぱい握り、セルモーターを駆動させる。主の帰りを待っていたかのようにエンジンが雄叫びを上げる。


「じゃあ、行くぞ」

「はじめてだから優しくしてね」

「余計なこと言ってるとうっかり落としちゃうかもな」

「なんでもないです、すみませんでした」


 零はギアを一速に入れスロットルをわずかに開けると、クラッチレバーをゆっくりと放す。車体が穏やかに動き出し、普段とは違う操作感に違和感を抱きながらも速度とともに安定感を増していく。


「走りだせば意外と大したことないな」

「なんだって最初の一歩が肝心なのよ。やっちゃえば案外どうにかなるしね」

「あーはいはい」


 他愛もない会話を弾ませながら、零と未桜はほの暗い舗装林道を進む。


「うわっ、ものすごい傾斜ね」


 零は背中に重みを感じ、太腿でタンクを強く挟み込む。


「重い」

「こんな美少女がせっかく密着してるのに何が不満なのよ」


 未桜は不満だと言わんばかりに零の腹をつまむ。


「ちょっ……悪かったって」

「まったくもう……それで、どこに向かってるの?」


 零と未桜はダムの上を走り抜け、やがてトンネルを潜り抜ける。


「コンビニ」

「コンビニって……近くに道の駅があったでしょ。何て名前だったかしら……えっと……」

「道の駅上州おにし、直角なダムカレーが有名だな」

「詳しいじゃない、そこ行くわよ」

「いや、コンビニだ」

「なーんーでーよー」


 未桜は不満げに零の肩を右に左に揉む。


「人と接するのが嫌なんだよ。なるべく干渉したくない」

「シャイなのね」

「いや、話すことはできる。話したくないだけだ」

「ふーん。私は良いんだ?」

「人じゃないからな」


 肩を掴む未桜の手が少しずつ首元に迫る。


「……悪かった」

「分かればよろしい」


 凍てつく寒さもどこか和らぎながら、零と未桜は目的地のコンビニにたどり着く。件の道の駅を通り過ぎる時に未桜から抗議の声を受けたが、風の音で聞こえないことにした。


「とうちゃーく!」


 未桜はバイクから降りてヘルメットを外すと、両手を高く上に挙げながら大きく背伸びをする。


「ほら、これ」


 零は未桜に財布を投げ渡す。未桜はそれを焦りながらなんとか掴む。


「……」


 未桜は呆れ交じりの視線をこちらに向ける。


「……なんだよ」

「行くわよ」

「遠慮しとく、特に欲しいものも無いし」

「い・く・わ・よ」


 未桜はにこやかに笑う。提案というよりはもはや命令のそれは零の背筋を震わせる。


「……はい」

「ふふっ、よろしい」


 未桜は零の手を引き自動ドアを通り抜ける。愉快な電子音とともに生暖かい空気が全身を包み込む。


「いらっしゃいませー」


 店内に入っても未桜は零の手を放さない。手に伝わる熱量は室内では少し過剰だ。


「おい、手」

「ん?」

「カップルだと勘違いされる」

「勘違いされちゃ嫌?」

「めんどくさいな」

「女の子はそれくらいが丁度いいの。あ、かご取って」

「……」


 未桜は零の手を引きながら店内をゆっくりと回る。そしていくつか商品を手に取ると零の持つかごに遠慮なく入れていく。


「ドーナツにシュークリーム、あんぱんに大福……」

「ちょっとした夢だったのよねー、スイーツでおなか一杯にするの」

「俺が払うんだからほどほどにしといてくれよな」

「はーい」


 無邪気な返事とは裏腹に、零のかごを持つ力は徐々に強くなっていた。


「ありがとうございましたー」


 零は未桜とともに再び自動ドアを通り抜ける。あの愉快な電子音も今では少し憎い。いや、かなり憎い。


「えへへ」


 えへへ、ではない。ビニール袋がはちきれんばかりのスイーツ。いったいその華奢な体のどこにそれが吸収されるのだろうか。大量の甘味に対して、零の表情はどこか苦いものになっていた。


 バイクのもとへ戻るとすぐに未桜はドーナツを取り出しおもむろにかぶりつく。


「んー、おいしい」

「そりゃ良かったな」


 ふと、未桜が駐車場の隅を指さす。


「ねえ、あれ何?」


 未桜の示す方向に目を向けると、そこには不揃いな石が円形状に敷き詰められていた。零と未桜はそれに近づくと、その傍に石碑を見つけた。


「原古墳……『原古墳は、鬼石橋の架け替え工事にともない、平成20年に発掘調査が行われました。その結果、6世紀につくられたことがわかりました。鬼石地区に残る貴重な古墳であるため、発掘調査された石材を用いて移築復元されました。』……だって」

「じゃあ、この長方形の窪みは棺が入ってたのか」


 しばらく目の前の古墳を眺めたのち、零と未桜は顔を見合わせる。


「微妙ね」

「微妙だな」


 当時としてはおそらく豪華であったであろうそれは、幾度もの技術革新と文化の進展を遂げた現代人にとってはあまり魅力的に映らない。それは右の神様でも同じようで、未桜は腕を組み険しい表情を浮かべる。


「でも、約一千五百年前の人たちに感謝ね」

「なんでだ?」


 未桜は腕を背中で交差させ、まっすぐに零を見つめる。


「こうやって君と共感できたから」


 未桜は笑みを浮かべる。それは零が今までに向けられたことのない、まっすぐで含みの無い笑顔だった。


「……そろそろ帰るぞ、日が落ちてきた」

「ふーん、そっかそっか」


 未桜はその笑みを不敵なものに変える。しかし、その表情はどこか満足げなものだった。


 零はバイクに戻ると素早くヘルメットを被る。未桜の準備が終わるのを待ってからバイクに跨り、エンジンを始動させる。


「じゃあ、帰るぞ。どうせ家まで来るんだろ」

「察しがいいわね。安全運転で頼むわよ」

「国道二五四号線で帰る。ちょっと速いからちゃんと捕まっとけよ」

「はーい」


 零は緩やかにバイクを発進させる。


 いつものバイクでいつもの道。普段と違うのはその背中の存在。冷風を遮る厚いジャケットは外界の感触を遮断する。


 しかし、確かに感じる背の温もり。自分のそれよりずっと遅い拍動。火照った頬を隠すのにフルフェイスのヘルメットは心強い。


 微かに感じる背中の鼓動に、零はどこか心を躍らせていた。

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