04
カステラを食べ終えた僕らは竹爺さんに出された温かいお茶を飲んでぼーっとしていた。
「ほれ、報酬じゃ」
お爺さんからポチ袋を渡された。そうだ、これを貰いに来たんだった。労働の達成感とカステラの甘さで完全に忘れていた。
ポチ袋の中に入っていたのは『ち』の文字。またお金ではなく紙ペラ一枚だ。
「最後は俺のだな。解けるか?」
竹書店を出ると兄さんから暗号の紙を渡された。
『白と黒の球体が浮くのはどこだ』の文字と野球ボールが二つ描かれていた。
「僕らよりは難しいけど、解けないってほどじゃないと思う」
「流石だな。で、どこなんだ?」
白と黒の球体。白と黒だけで言えばシマウマや、パンダ、横断歩道も白黒だが、球体ではない。それに、一緒に描かれた野球ボール。
「兄さんはすぐに結論をあせるんだから……。この白と黒の球体っていうのはサッカーボールのことじゃないかな?」
「サッカーボールのある場所ってことか? うちにはないし、学校とかか?」
「待って」
兄さんが駆けだそうとするのを止める。
「なんだ? 違うのか?」
「もし、学校なら浮くって書くのは不自然だよ」
サッカーボールが浮く。普通に考えれば理解不能な内容だが、僕には一つだけ心当たりがある。鈍感な兄さんもさすがに気付いただろう。
「もしかして、ポチャ公か?」
「うん。だと思う」
ポチャ公とは近所の噴水のある公園だ。サッカーゴールが設置されてて、なぜかその真裏に噴水があり、よく噴水にサッカーボールが入ってしまうことから、池ポチャ公園。略してポチャ公と呼ばれている。
「さっそく行こうぜ」
「うん」
ポチャ公もここからそう遠くない。僕らは急ぎ足で向かった。
ポチャ公に入ると、噴水前でリフティングしている青年がいた。二十代前半くらいだろうか、青いジャージ姿で一人黙々とリフティングをしている。
「お、松にぃじゃん!」
兄さんは知っている人らしく、松にぃさんへと近づいていく。
「よう、待ってたぜ」
「ていうことは、あなたが最後のポチ袋の持ち主ですか?」
「おう」
松にぃさんは、サッカーボールを膝の上に乗っける。ボールの側面にはポチ袋が張り付いていた。一瞬で嫌な予感が脳を巡る。
「もしかして」
「おう、俺からこのボールを取ったらやるよ」
「いいね! 今日こそ勝つ!」
「かつー!」
にやにやと楽し気な笑みを浮かべる松にぃさん。兄さんたちはやる気だが、僕はもうへとへとだ。勘弁してさっさと渡してほしい。
「兄さん。すぐに勝つよ。挟み撃ちです」
僕と兄さんは二手に分かれて同時にボールを奪いに行く。
「甘い甘い! 俺は手加減しないよ!」
僕と兄さんの間を繊細なタッチですり抜けていく。こっちは手も使って取りに行っているというのに、ボールは松にぃさんの足に吸い付くように僕の手から逃げる。
「兄さんあの人何者?」
「元プロって言ってたな。俺のサッカーの師匠だ」
プロって……なんで最後にそんな最難関を、おじさんは僕らにお年玉を渡すのが相当嫌らしい。
「普通に行っても駄目だろうし、何か作戦を練らないと……」
「どうした? 動きが止まってるぞ!」
一日使い続けた頭と体では、良い案など浮かぶはずもなく、僕たちは我武者羅に襲うしかなくなっていた。
「そんなんじゃ夜になっちまうぞー」
松にぃさんが僕と兄さんから少し離れたところでリフティングを再び行う。僕だけでなく、あの兄さんまで手も足も出ないなんて。
「しゃーない、少し足を緩めるか――」
リフティングでポンポンとリズム良く浮かんでいたサッカーボールが消えた。……まさか消える魔球も使えるのか?