第一話
すっかり更地になった天空の孤島に、鳥居がひとつ。
大火事の中唯一焼け残った本殿が、たったひとつ。
それは木でできた小さなお社。かつて私がいた場所、その名残り。
彼に救われた場所。
「ひまわり。まだそのままだ」
本殿の端にぽつんと置かれた小さな花瓶。そこに差された、枯れ果ててしまったひまわりたち。
ひまわりを持ち上げると、水が滴って、地面に小さなしみを作る。
少し持ち上げただけなのに、それは無情な姿で散っていく。
枯れ果てた残骸から、命の音は聞こえない。
内臓が萎んで足の力が抜けていった。
このひまわりも、いつかはきっと。
摘んできたばかりの、鮮やかな陽光を受けて燦々と輝くひまわりの茎を、きゅっと握りしめる。
ここに来る度に、いつか彼に届くようにと私が勝手に始めた愚行。
いつかこの花瓶からひまわりが消えていて、その消えたひまわりを握りしめた彼が再び現れたりはしないかと。鈴のように優しい声で、もう一度私の名を呼んでくれはしないかと期待して。
知っている。
そんなものはただの祈りで、届くはずのない手紙だということを。
新しいひまわりを花瓶に差して、枯れ果てたひまわりを地面に並べる。
花占いをするように、一本ずつ拾い上げていく。なんの意味もなく、ただ。
「いち」
日が沈んでから帰ろう。今日はえなさんが来ないから、一人でいられる。
「に」
本当にこのままでいいの。私だけは彼のこと、忘れてはいけない。諦めてはいけないのに。
「さん」
ずっとこうしていたって何も変わらないのは分かってる。だけど、どうしたらいい。他にどうすることもできない。彼にもう一度会う術を、私は知らない。
「し」
あれ。ひまわりが足りない。右手はすでに空を握っていた。手の中の四本のひまわりがぼんやりと霞んでいく。慌てて目を擦って、指に意識を集中させる。数えて。もう一度。
「いち」
「に」
「さん」
「し」
心臓が一気に拍を上げた。
喉元に手を当てる。
あの日から五年。
お参りをしたのは、今日で五回目。
足りない。
一輪足りない。
まさか。
「彼が、!」
そんなことあるわけない。なんとか自分を落ち着かせようとするけれど、一度生まれた激情は鎮まらない。急激に昂った心臓は、うなりを上げたまま。期待してはいけない。
息を吸う前に、声がした。
流麗で妖艶な声だ。
「しね」
全てを持って行かれた。
風の音も、ブルーの鳴き声も。ぜんぶはじけ飛んだ。
悲しいとか、嬉しいとか、感情も知覚できないくらいに。
一瞬で、萎んでいた足に力が入った。
知りたかった。
知りたくて仕方なかった。
胸が異様に高鳴るのがどうしてか分からなかった。
声は本殿の裏側から聞こえる。
ここは天空の孤島。本殿の裏側といったらそこはもう崖だ。
それに、ただでさえここには人が来ない。
声なんてするはずないのに。
「なにが起こってるの」