6 記憶の良しあし
居酒屋 りた ーエミル・D・アサネー
「おう、エミル。ほんの少し早いけど初物だ。」
エミルは大将の出してくれた一品をひと目見るなり、ヨダレが垂れそうになった。
「ああ、そうだった。季節だな!」
娘さんで看板娘のリタさんがゆず入りのポン酢をを小皿で出してくれる。
「あー来た!これこれ。」
すかさず彼女は熱燗を出してくれた。俺はこれがいい。鰹のたたきには酒だ。酒が熱く鰹の風味を解放する。ああネギ,生姜に茗荷もさわやかに抜けてくるぞ!
ああぁ、ポカポカするぅ。
リタさんの瑠璃色の髪が揺れて、目も嬉しい。口ん中も嬉しい。こりゃぁいい。
冒険者は辞めることになっちまったが、たまにはこんな風に生きてて良かったって思えるからいいのか。
そういや、あんまり小さくて、考えたことがなかったけど、息子とも飲む日があったのかな?
アルとクララと大して変わらねえ年だったよなぁ。
子どもって親がいなくても、でかくなるものなんだろうしな。
父親がいなくても・・・か。
前世の記憶ってのは、意外と・・・邪魔な時もあるもんだな。
「おい!こいつも食ってみな。懐かしいぞ。」
大将が何かが入った器を見せてくる。
入っていたのは茶漬け。そう鰹の茶漬けだ。白飯と茶漬けの元は別々なのだ。
「こればかりは、好みがあるからなぁ。ははは。」
そう、この店では飯の量、鰹の枚数、その鰹の浸かっているいる醤油をかける量、湯をかけるタイミングまで自由にしていい。この季節だけの贅沢だ。
「ワシャあ、お前の婆さんにこれを習ったからなぁ!」大将が笑う。
そう、死んだ婆ちゃんによく食べさせてもらったっけ。婆ちゃんは、遥か西の国、海をずっと辿って渡ったさらに山の上の生まれらしい。
サヤシロって言ったかな?確か。行ったことないけど。神話の里らしい。
でも、どうやって知り合ったんだ?じいちゃんとばあちゃん。
まぁいいや、ともかく俺は、この茶漬けはご飯を盛って鰹を乗せて醤油を濃い目にっと、そしてまず茶をかけずに食べる。うまぁ、これだよ。行儀悪いけどどうせおかわりするのよ。二杯目はご飯をよそおって、次、醤油だ!そして茶を注いで、それから鰹だ!お茶の熱さで鰹が白くなるのが嫌なタイプなのよね。ああっゴマの香りがまたこれは。
半溶けの美学。口の中で味が変化するのを楽しむ。かあっ日本人だね。転生しても。
漬けられた鰹が、湯に浸りその醤油と旨味を溶かしていく際を狙うのだ!
あへあへと舌鼓を打っていると入口の戸の開く音がする。
じいちゃんがトコトコと歩いてきて、俺の隣のカウンター席に座った。
「いいもの食っとるの。」
「いや、じいちゃん。これ食ったら店に帰るとこだったんだって。」
「いいもの飲んでどるの。」
「あはは、でもじいちゃんこそ珍しいね。こんな時間に。」
そう、最近じいちゃんは年のせいかあまり飲みには出ない。
「ちょっと仕事が長引いてな。」
やばい、油を売り過ぎたかな。じいちゃんが仕事が長引いてんのに。
「それに、もう出るじゃろ。鰹の茶漬けが・・・。」
ああ、そうだね。婆ちゃんに会いに来たのか。婆ちゃんの味に。
「ご飯、よそおおうか?」
「ええい!自分でやるわい!」
あっ、じいちゃんも最初は茶を入れない派なのよね。あー行儀悪っ。
・・・よく婆ちゃんに二人して叱られたな。
転生してからの記憶もいいもんだな。
「おい、エミル。帰るなら、仕事場の片付けをしてくれ。まだ終わっとらんのだ。」
「ああ、わかったよ。あんまり飲みすぎないでな。迎えにくるの面倒だから。」
俺はひとり、酒と鰹の匂いを微かにただよわせながら店に向かった。
早く片付けて、風呂入って歯を磨いて寝よう!
ウチの店は扱っているものがものだけに、扉などは頑丈で結構重い造りになっている。鍵はきちんと閉まっていた。勝手知ったるなんとやらで灯りも点けずスルスルと店舗側から作業部屋の方に向かう。
灯りを点けるのはこの部屋だけでいいや。作業場の灯りを点けようとした時、
ー誰かいるー
俺は見てしまった。青い服の右目に眼帯をした少女。
じいちゃんの作業机に腰かけてこちらを見ている。
その机には、じいちゃんの虫眼鏡とあのバックラーがあった。
俺は昼間のクララの言葉を思い出していた。
「バイバイ!ユーレイさん。」




