17 その男、無自覚につき
一身上の都合により、ここしばらく精神の均衡が保てず、更新がおろそかになりました。お詫び申し上げます。少しずつ書いていきますので、よろしければお付き合いください。
アウロンド装具店 奥の台所 ーエミル・D・アサネー
やばいな。怒ってるな。怒ってるよなぁ。・・・じいちゃん。
ふだん、怒らないからなぁ。こういう人が怒るのが一番怖ぇえんだよな。
理由は分かってるよ。・・・俺が悪い。
・・・槍を持って帰らなかったから。
俺、どうかしてた・・な。
じいちゃんは、手ぶらで帰ってきた俺を見てこう言ったんだ。
「どんなものでも、最後は気にかけてやれ。感謝を忘れとる。」
ああ、俺はなんてバカなんだろうな。やっぱこういうところが響いて冒険者を辞める道に出たんだ。
俺、自分がされて嫌なことを槍にしたのかも。
「槍、もったいなかったな。まぁ安物だからいいかぁ」
この考え方、前世で俺がされる側だった。・・まったく人というものは、生きていく内にあっさりと痛みを忘れていくもんなんだな。あの槍にとっちゃ、自分がいなくても・・・店には何の影響も無いって思ったかもしれない。
多分、冒険者の頃だったら、じいちゃんの言葉には、こんな続きがあったろう。
「人と武器を同じに考えることの良し悪しは置いておくとして、命を預けるものという意味で同じというのなら、例えばお前が新人の部下といて、強力なアッケーノに出くわしたとする。目下だから、能力の低い者だからと気にもかけずに放り出すのか?ちゃんと気にかけて役割を果たさせるのことと意味が違うぞ。」
悪い・・・俺、装具店の人間とは言えないヤツでした。それ以前に・・なんか・・最低。
じいちゃんが、小さいころから俺に繰り返し言うこと。
「この世のものには、それぞれに役割がある。それを果たそうとするものに敬意を示し、感謝をすること。だからこそ、この国には八百万の神がおられるのじゃ。」
子どもにどうして気持ちが伝わらないんだろうとかつて前世で親であったとき、そう思った。
でも、そんな自分も一回死んじまって、じいちゃんの孫になって生まれ変わってもこんな感じですぐ日常に埋もれちまう。
人間、何回も死んでようやく魂に刻まれるのかなぁ?
呼び鈴が鳴った。
「こんちはぁ!エミル居るぅ?」
んん?なんだ、マヤか。どうしたんだ?・・・
おおお!それ!
「あんたねぇ!大事な槍、忘れて帰ったでしょ?届けにきたよ。」
「ああ、ありがてぇ!すまない、マヤ!」
「もしかして、捨てて帰ったんなら、ムカデ倒したからって幻滅だからね!」
「ごめん!ほんっとうにありがと!」
神様、ありがとうございます。魂に刻みます。俺はじいちゃんがフトため息をついたのが見えた。
そして、槍の状態をチェックする。
ああ、これは・・もうだめか。大ムカデのアゴを砕いた時、何かしらの体液が流れたのか、柄まで焼け焦げてる。
「じいちゃん・・・これ。・・ダメかな?」
恐る恐る聞いてみた。
じいちゃんが、虫眼鏡を取り出す。まるで、学者か医者かのような目つきだ。
「ああ、ダメじゃな。」
こぼれるような声だった。
そうか・・・。俺がすぐ引き抜いておけば、少なくとも体液はどうにかなったもしれない。・・すまん。
「しかしな・・。」
しかし?何だい?じいちゃん。
「エミル、お前スキルで大ムカデの核を突いたろう?」
・・え?何言ってんの?
「・・・じいちゃん。俺、スキルなんて持ってないよ。」
「・・・お前、立派なスキル持ってるぞ。」
えへへ、何言ってんだい。じいちゃん。俺ぁまともなスキル持ってないのが冒険者辞めた理由のひとつなんですが。
「お前、核心という超レアスキル持っておるだろうが!」
・・・?なにそれ?
「うっそだぁー!」
じいちゃんとマヤの声がシンクロした。奥から何事かとステラまで顔を出す始末。
「エミル、じゃぁ お前、無自覚で戦っておったんか?」
じいちゃんの目がさらにまん丸だ。
無自覚?うーん、普段通りなんだけど、みんなが言う魔王ってのを倒した時に長年使ってた槍がダメになってその時から調子が悪いんだよね。
「あっきれた。」
マヤがカウンターの椅子に座って頬杖をついた。
「どうしたの?」
ステラが話についていけていない。
「エミルの奴が自分のスキルを知らんかったんじゃ!」
「え?知らないって、ずっと?」
「うん。」
「え?今までずっとってこと?」
「・・・らしい。」
えへへ。みんな見つめないで・・・。
「そんなので冒険者やってたの?」
「10年以上やって、魔王も倒して、死なずに引退までした。」
「あっきれた。」
ステラがマヤの向かいに腰を下ろした。
じいちゃんが俺の方を向いて、真剣に手相を虫眼鏡で観て話始めた。
「エミル・・・。お前のスキル、核心じゃが、倒そうとする相手の核・・・つまりは急所や弱点に必ず意を汲んだ武器の攻撃が当たる。そして望めば致命傷になるという攻撃的なレアスキルじゃ。」
え・・・そうなの? でも・・あぁそんな感じか。
「心当たりもないのか?」
「いや、なんかいつも相手の体のどこかがピッカーンて光るから、とりあえずそこかなって感じ。」
「「おいっ!」」
怖い、怖いヨ。お姉さま方、お二人。声が揃ってる。
「・・・まぁそこは置いておくとして。エミル。この核心にはな。まだ能力がある。相手を倒した時、アッケーノや魔物など、核に当たった場合、その能力を武器を介在して自身に取り込むことができるのじゃ。」
・・・ん?じゃあ
「敵を倒せば倒すほど・・・。」
「強くなれるのじゃ。まぁ条件があるのだがな。武器が鍵の役割を果たすのだよ。相当に耐久力のあるものでないとそエミルの内在する力に応えられん。この槍が焼け焦げたのはそのせいじゃ。保たなかったんじゃ。」
え?俺のせいだったの?・・・なんかゴメン。・・・ゴメン。
「無自覚に魔王を倒すわけね。」
ステラ、その海のように深い蒼の瞳は何を訴えかけておられるのでしょうか?
「それで・・・エミル。いつも使ってる武器はどこにあるの?」
うん、マヤ。
「折れちゃった。その・・・魔王ってやつと戦ってケガした時に。」
「「はぁ?」」
うん。怒らないでね。
「いや・・ちゃんと布でくるんで、ごめんなさいして埋めたから!」
「「あー」」
どうしてかな?そんな目で見ないで・・・。
「魔王の力も吸い取ったんじゃないの?あんた!」
「あーそうかも。」
「そしてそれ出力できる槍を埋めて帰ってきたと!」
「あーそうなるかも。でも折れてたし・・・」
「おじいさんに見せられたら、次の武器にどのくらいの耐久度のものを用意したらいいか分かるでしょ?」
「あーそっか!」
「だから、全力発揮とはいかない訳なのだな。まぁ良い。考えておくか・・・」
じいちゃんは、仕方ないとつぶやき、焼け焦げた槍に封印をかざした。
「こやつはの、最後の力で大ムカデの能力をお前に伝えようとした。それでも、お前は置いてきた。」
槍から光りの粒の流れが封印に吸い込まれていく。
じいちゃんが封印をもう一度振った時、槍は跡形もなく消え去った。
「役割を果たそうとしたものに敬意と感謝を。」
そうなんだ。役割を果たせたかじゃない。果たそうとするもの全てに心を向けるんだ。
「本当にすいませんでした。ありがとう。」
俺は自然に頭がさがった。