16 ねぇ、お父さん
ラーナリーの町中 ーマヤ・オウマルー
なんでこうなった?
今、アッケーノを追いかけてる。街中でだよ。
なんだか、町の中で大暴れしているらしい。
これって、やっぱりウチらのせいなのかな?逃げてる人達の中から聞こえてくるのは、「大ムカデが出た。」だ。
ムカデは番?そんなの迷信だろー。確かに、ジェレミー達と倒したのは一匹だけどさ。あんなのがもう一匹いるのかな。
人の流れに逆らって走ってきたけど、なんだか大きな音がする。近いか?
アウロンド装具店で改修してもらった私の弓、まだ試してもいない。
仕方ない、ぶっつけ本番かぁ。
あ・・・いた。あちゃあ、やっぱりムカデだね。奇襲艇がないから、あの高さはきつい。ゆうに10mはあるのかな?ジェレミー達と合流も難しいか。こうなったら、他の冒険者と協力して足元から削っていくしかないだろう。住民の避難状況も確認しながら進まなきゃな。
よっし!まず装備の確認。えーと、店のおじいちゃんが言うには、留め金を外して、握り手の裏の小さな夏暁石を引き抜けって言ってたな。
ホホッそれで全てが分かるんじゃって。んーなんだか知らないけど、これかっ。取れた。
へえ、十二年もこの弓を使ってきたけれど、この石が取れるなんてね。思ってもみなかった。
へ?これ、指輪になったよ。宝石の足の部分の金具がひとりでに変形して指輪になった。
これを・・・つけろってこと?
私・・・指輪なんてしたことがないし、持ってなかった。
だって、父さんがアッケーノに殺されたあの日から、私は、私はこの弓があれば良かったから・・・。この弓を抱いて戦場の旅で眠る。あの時からの私の生き様。魔法のかからない矢をいろいろと工夫して生き延びてきた。
危なっ。大ムカデめ、あんまり尻尾を振り回すなよ。ただでさえ、お前は見たくもないんだから。
もう、指輪を落としちゃうところだったじゃない。ふう、つけてみようか。
どれどれ・・・あ!初動解放の呪文が聞こえる。
ーくせっ毛のブロンドに、そよ風は憧れ、遊んでおくれと舞い踊る。甘く蕩ける煌めきの香りに心満たされたのならば、巡りもつれて美しい命の脈動の環を織りなせー
風の妖精の声か!私にも聞こえた。緑の風が円舞して体中に巡る。
これは、ずっと、ずっと知っている、馴染みの深い感覚。・・・これは、私だ。
目覚めの呪文はおじいちゃんに聞いている。名前を聞けばいいんだよね?えーと。
「波よ、汝の名を示せ。」
「・・・我の名は、翠嵐。ラウラの眷属なり。」
「うん、わかった。これからもよろしくね。翠嵐!」
それから、私は風になり走った。
ベル―シュの矢は緑の風をはらみ、刺さった個所をツタで縫い付けることもできる。右に左に奔りその足と体を地面に縫い付けていく。これ以上、町に被害を出さないように。
ああ、あんなところに逃げ遅れた人が、女の子?
足元の風が唸る。このままでは、倒れ込む大ムカデの下敷きだ。間に合え!
女の子の温もりを腕に抱いた。でも逃げきれないっ!どうかこの娘だけでもっ!
ここまでかと思った時、父さんの言葉を思い出した。
私、一度だけ指輪をねだったことがある。そう父さんが死ぬ少し前だ。
そしたら、父さんたら、「指輪はもう買ってあるよ。」と言った。恥ずかしそうな顔だった。
これが、そうだったのね。誕生日の祝いに貰った弓に組み込まれていたこの夏暁石。
こんなんじゃ分からないよ、父さん。ずっと忘れてた。ないものだと思っていた女の子らしい気持ち。ずっと、側にいて弓を持つたびに握りしめていた。それこそ何万回も。いつも傍にいて、私の気を浴びてなじんで。
これが、父さんの気持ちだったのね。いつか、私が必要と判断できるような大人になったら、あの店に導かれることも知っていたのかもしれない。
でも、それ以上に、いつも生死を分けた場所に共にいる。それが望みだったのね。
最後にでも、気づけてよかったよ。ねえ、お父さん。
ームカデは倒れてこなかった。ー
ひとりの男が槍一本で大ムカデを押しとどめていたからだ。
「よお!」
「エミル?」
エミルは、何事もないように笑顔で振り向くと左手で槍をもったまま右手を差し出した。
「へ?なに?」
「いや、じいちゃんがさ、おまけをつけ忘れたから持ってけって。」
右手をヒラヒラさせている。何?紙?お札?
それより、アンタなんでアッケーノを片手で楽々持ち上げてんのよ?
「じいちゃん特性の魂封印さ!効果は3年だって。使ってみてよ。その弓に貼るだけだから、後も残んないし。威力倍増!すっごいぜ。」
エミルに槍でつつかれ、留まっていた大ムカデが鎌首をもちあげ始めた。
「貼ればいいのね!どこに貼るの?」
「どこでも!すぐ消えて溶け込むから。」
私は、魂封印とやらをよく見もせずに大事な弓に貼ってしまった。
無意識にこのアウロンド装具店の人達を信用してしまったからだ。
ギリギリと弦が鳴る。緑の風に炎が巻く。足元の小石がカタカタと振るえる。
「よっと」
エミルが投げた槍が大ムカデの上あごに当たり、その口が禍々しく開いた。
「今っ!」
魔法の矢が音を残して、翠嵐と炎を引き連れて口の中に飛び立った。
ー大轟音ー
大ムカデは体内で大爆発を起こしていく。表皮はともかく固い石なので外まで炎は出て来ない。
「たぁまやぁ~。おお、中から結構焼けとるわ!さすが、翠嵐with爆炎使徒!」
何を言っているのこの男は?
「じゃ、オレ、帰るわ。どうしてもその魂封印、剥がしたくなったら店に来てよ。」
「ちょっと、あなたが半分倒したようなものでしょ?もう帰るの?」
エミルは心底嫌そうな顔をする。
「え~オレ、ただの装具屋だよ。後処理の事務はめんどくせーし。手柄は全部マヤということで!」
また、手をヒラヒラさせて帰っていく。
「槍、もったいなかったな。まぁ安物だからいいかぁ」
独り言が帰って行く。呆然としたマヤはため息をついた。
ふふ、ゆっくり指輪を眺めてみるわ。ねぇ、お父さん。