13 父がいなくなっても・・・
アウロンド装具店 ーマヤ・オウマルー
ジェレミーとの話も一段落ついたようだ。
へえ、ここがジェレミーの槍を修復した店か。あんなにポッキリ折れた槍を直しちまったんだ、どんなとこなんだろうと思ってついてきたけど、凄いな。品揃えがまるで他の店と違うわ。
「良かったら、ゆっくり見ていってくださいな。」
店員の女性の感じもいいな、あんまりグイグイ勧めてこないしね。可愛い猫ちゃんもいるし。
ちょっと見て回ろう。あの大ムカデ退治の報奨金でだいぶん懐は温かいし。弓のコーナーはここか。
おおお、これ宝の弓「妖精王の嘘」の眷属だ!え?本当に?何々、放つ矢が常に風魔法の疾風をまとう弓「刺草鬼」その上位魔法旋風を付与できる「颪仙人掌」そのさらに上級魔法颶風が使える「羅覇王樹」?えーすごぉい。
ななな、なんだこれは、毒効果が付与できる弓の「潤鈴蘭」にその上位互換の「玉兜花」。それに雷魔法の紫電を帯びる弓「舞紫蘭」・・・か。こいつはとんでもなく初速が早いわ。
え?即死効果を持つ「紅女郎」?確実に仕留めたいなら「迎曼殊沙華」・・・だと?
なんだこれ、はぁ手が出ないな。ちょっと落ち着こう。
アホみたいに伝説の弓がありすぎる。
もう少し手ごろな・・・もう少し普通の・・・。
おっ!有名な武器職人ロイワーの弓も置いてるじゃない!
どれがいい?どんなのあるかな?
RAー25、おっ最新のモデルね。私のは父さんから貰ったのRAー17だから、まぁモデル的には15,6年前のものだものね。正直、近頃しんどく思うことがある。戦う相手が強くなってきているし。
でも、この弓はやっぱり裏切れないかな。
「お客さんはチェイサーかい?」若い方の店の人だ。
「ああ、そうだけど。」
そう、私はSチェイサー、奇襲艇と呼ばれる高速の船で集団でモンスターと戦うタイプの冒険者だ。その中で右舷に陣取り主に弓矢による、中・長距離での攻撃を受け持っている。
まぁチェイサーは右舷でも左舷でも遠距離攻撃ができれば、銃でも弓矢でもいいんだけどね。
「弓を探しているのかい?」
「うん、そうなんだけど、私には魔法の弓はちょっとね。」
「扱いづらいと?」
うん、そうなんだよね。物理的な矢が無いとなんというか・・・。落ち着かないというか・・・。それに高いし。そして一番の問題は私は体内魔力が少ないのか、魔法を上手く扱えない。
私の表情を読んだのか、店員は
「あぁ、そうだよなぁ。魔法弓はちょっと値が張るしね。しかし、お前さん達くらいのレベルなら、アッケーノ討伐の依頼も多いだろうし、普通の矢だと射程と弾数にも不安があるんだろうね。普通のモンスターならいいが、アッケーノはロングレンジから攻撃したい。硬くて速いやつが多いからなぁ。そして一度アッケーノを攻撃したら、近接戦闘まで継続的に縦深防御が必要となる。その辺が悩みどころだな。」
うん、詳しいなこの人。そうその通り。戦闘がつらくなってきている。
「私はマヤだ。マヤ・オウマル。ジェレミーが世話になったね。」
私が拳を突き出すと相手の男も拳を突き出した。これがこの世界での一般的な挨拶だ。
「俺はエミル。エミル・D・アサネ。ここの店主のじいさんの孫さ。春まで冒険者やってた。」
どうりで詳しい訳だ。ん?エミル?どこかで聞いたような。
「良ければ、あんたの弓、見せてくれないか?」
いや、まぁいいけど。ほら。
「あぁぁ、いい弓だな。手入れも行き届いてる。RAー17かぁ。うん、この鷲の王の紋章、本物だな。でもお客さん、よくこんな古い型、ここまで保たせてきたねぇ。」
「ああ、父にしっかり扱いを叩きこまれたからね。」
この店員すごく真剣に弓を見ているな。少年のように目を輝かせて。
「お客さん、これ、悩みが解決するかもしれないぜ。」
どういうこと?
「このRAー17ってのは、シリーズの中でも珍しく、機能の拡張にも目が向けられてるんだよ。いわゆる意欲作って感じかな。ちょうど15年くらい前はアッケーノが増え始めた時期だろ?俺もさ、冒険者を志していた時期だからよく覚えてる。魔法弓はほら、宝を起源としていくつも存在するけど、絶対数はやはり少ないし、高価だ。だから、魔法弓を使わない弓使いは、あんたのように、鏃に波石を加えて魔法効果を得る戦い方になる。」
そうだ、実物の矢の安心感に各種、事前に用意した波石ごとの魔法効果で敵に対応している。でも、それではやはりアッケーノには効かない。どうしても威力が弱くなる。
「このさ、RAー17は本物の魔法弓とロイワー達、職人による人工魔法弓というのかな。その過渡期に作られたものだよ。」
「・・・と言うと?」
「工夫の仕方によっちゃ両方使える。機能拡張できるんだよ。」
へ?できるの?でも、私には根本的な魔力の問題が・・・。
「ともかく、これはじいちゃん案件だな。じいちゃん、じいちゃん!この姉さんの弓、観てやってよ!」
奥から、ジェレミー達と談笑していた店主のおじいさんがやってきた。
「おうおう、どうしたのかの?」
エミルが、弓を渡してもいいかという風にこちらを見たのでうなづいた。
「どれどれ、ちょっと観させてもらうね。」
おじいさんはカウンターまで戻り、虫眼鏡で私の弓をのぞき始めた。
エミルも、ジェレミーも付き添いで来たSキーパーのベルナルドも興味深々だ。
「はぁ、久しいのぉ。この子はウチの子じゃ。」
「なんだよぅ。じいちゃん、ウチの商品だったのかよ。」
え?父さんはここでこの弓を買ったの?
「虫眼鏡で観て思い出したんじゃが、10年以上前のヒグラシの鳴くじゃったな。とある猟師がフラリと店先に現れてのう。娘に贈る弓が欲しいというのじゃな。娘御に何でまた弓かいなと思ったのを覚えておる。なんでも彼はこのラーナリの東、シーヤ村の辺りで狩人をして生計を立てているらしく、子ども達にも早くから生計の種として弓を教えるのだそうだ。そして長女が12歳になるのでその祝いにとな。」
そうだ、12年前の誕生日に、父からその弓を貰った。私の故郷はシーヤ村。生まれたのは夏らしい。
「それでの、彼が選んだのがこの弓じゃよ。」
おじいさんは、久しぶりに帰ってきた子どもを見るような目で弓を眺めてる。
「ワシゃ言うたんじゃ。この弓は扱いづらいじゃろうって。現にこの弓は発売から3年も4年も売れずにここにある。トリッキーすぎるんじゃ。他の作り手はまだ簡易魔法弓は作れていない頃じゃったし冒険者ですら懐疑的だったからの。」
それなら、なんで父は私にこの弓を?
「普段使いする分は普通の弓の使い方でいい。けれど、この頃、変なケモノが増えている。ありゃあ魔法でもぶち込まなきゃ埒が開かん。必ず魔法弓が必要になる時が来る。それで身を守らなければならない日が来る。・・・そう言うておったわ。」
父さん・・・。
「これを包んでの笑顔で帰って行ったわ。俺の娘だ、必ず使いこなせる・・・とな。彼は先見の明があったのじゃな。父上はお元気かの?」
「・・・いえ、十年前に他界しました。」
「おお、すまない。」
「いえ、いいんですよ。」
そう、父は村を襲ったアッケーノから村を守って戦って死んだ。
それが、私が身を守るためでなく、この弓を取り冒険者になった理由。
父がいなくなっても、・・・私はこの弓で矢を放つ。