10 たとえ離れても
アウロンド装具店 ーエマル・N・フルエー
ステラにお茶のおかわりをもらった。先ほどより少し熱めじゃ。ちょうど良い。
呼び鈴が鳴った。客じゃの。
買い取りの査定か。
「あぁこれは、流星の剣じゃのう。めずらしい」
ワシは客が持ち込んだ剣を見て驚嘆した。
「これはこれは、どこで入手されたのかの?」
目の前の壮年の魔法使いの男性がこのすばらしい剣を持ち込んだ客だ。
「ええ、家宝なんです。」
「おお、そんな大事なものをなんでまた。」
魔法使いは年の頃は五十過ぎ、玉虫色のローブを纏いとんがり帽子にメガネだ。
「曾祖父が北のキドの地の氷のダンジョンで見つけたらしいのですがね。私はほら・・・」
ああ、魔法使いだからと言いたいのかな。
この剣、流星の剣は文献にも乗っている。その資料は確か、写本があったな。そうこれこれ。エミルに照合させてみよう。
「ほら、エミルちょっと読んでみてくれ。」
本と剣を差し出すとエミルが興味深そうににページをめくる。ステラも横から覗いている。
「えーと、へぇこりゃあすごいや。本物なら国宝級か、それ以上だな。うん、この地図によると確かにここより北だな。れ・・きど?古代の字かな?キド地方のことか?」
ワシは思い出す。その文字は千年前は歷弩と書く。そのはるかはるか昔にはエチゴと言ったな。時は流れ、言葉も訛り、角が取れる。今はそう、キドという国じゃの。ワシの名もそうじゃ。角が取れた。
まぁ注目すべきはそこではない。
「なになに?大地を揺るがす古龍「クゼユーリ」が溶岩の島に住む炎の虎と相対した時に、龍の跳ねた尾が星を砕きその星が降り注いだ跡に大地に刺さっていた剣・・・だって。マジかよっ!すごいな!。」
孫よ、甚だ誇張でもないんだよ。ワシの虫眼鏡にはしっかり映っておる。
コイツの本体は隕石だ。本当の名は天青石の冠。地金は世にも珍しい淡青さを誇り、波紋から先は若紫に萌える。柄の両側の陽長石と影長石を侍らせ、柄頭には天河石まで従えておる。
こりゃぁ王者の剣だ。
この剣に認められれば、炎虎の身体能力と龍の神通力をその身に宿すことができる。固有技もあるのか・・・ああ、こりゃ強力すぎる。星の雨が降るぞ。
「しかし、なんでまたこの剣をこの店に?・・・これは値段などつけれませんぞ。」
紳士の魔法使いは思いもよらぬことを言った。
「私、猫アレルギーなんです。」
「は?」
エミルが何言ってんの?という顔になっている。
そうよのう。ワシの虫眼鏡で見えるこの剣の正体・・・それは。
ー子猫ー
・・・そして小龍でもある。猫龍とでも言うんかの。
「ご主人なら分かってくださると思ってこちらへ伺ったのですが、私、猫が大好きなんですが、触れられないのです。くしゃみ鼻水にはじまって、息ができなくなってしまう。」
「お客さん、話が分からんのですが・・・。」
エミルが困惑している。
まぁそうだろうな。
「ええんじゃ。しかしお客さん、本当にええんかの?」
話が長くなるかわからない魔法使いの紳士をカウンターの椅子に座らせると、彼は話し始めた。
「私にはあまりよく分からないのですが、この剣には精霊のようなものが憑いているのです。青い毛をして両目の色の違う小さい猫です。小さい頃から私はずっと彼が大好きでしたが触れることができない。剣を布でグルグル巻きにしてやっと運べるくらいです。・・・そして、彼は・・・彼をステフと呼んでいますが、彼は夜な夜な家を抜け出すのです。そして昨日の晩のことです。ステフが抜けだしたのに気付いて後を追いかけたのです。」
昨日の晩か・・・ステラの鉄拳騒動があったのう。
「なにやら、強盗が入ったとのことで、衛兵がこの店の前でそちらの若い店員の方と話している時でした。ステフが店の前に座りこんで離れないのです。私は生まれてこの方、あんなに嬉しそうにしている彼を見たことがありませんでした。少なくとも私にはそう思えました。」
なるほどのう。もしかすると・・・。
「それで、こちらで何か分かるのではと思い伺った次第なのです。」
すると、流星の剣は猫の形に姿を変えていく。
「え?いつも夜にしか変身しないのに!」
紳士は思わず立ち上がった。
その猫の姿は、淡い水色の毛は透明に近い白色をはらみ、その毛先は溶けるように輝く極めて薄い唐紅というのか。一足先にやってきた夏の空のようだ。そして額には、天河の石を彷彿とさせる緑色の模様。右目は正中に燃える太陽のような金色。左目は冬の月のような澄んだ銀色。
美しい猫だの。
その猫は迷いない足取りである人物の元へ向かう。・・・ステラだ。そしてその胸に飛び込んだ。
「あらっ。まぁどうしたの?」
やはりな。
「お客人、この子をこちらで預かってもええかいの?」
「いや、貰ってくれませんか?」
「ほう。」
「私は、この子が居たいところに居ればいいと思う。私ではこの子をこんなに喜ばせてあげられない。だって触れることもできないから。」
「お客人、手相を見せてくれんかの?」
紳士は、恐る恐る手を差し出した。
「ほおう、徳のある手相じゃの。おう、ここか!」
ワシは彼の手のひらの一点を刺激した。
「あっ!」
思わず手を引くほど痛かったらしい。
その時だった。ステフがステラの膝から飛び降り、魔法使いの彼に飛びつく。
「わっ!おっおい!」
しかし、何も起こらなかった。くしゃみすら出ない。
「あれ、どうしてだろう?」
彼はまた恐る恐るステフを撫でてみる。
「お前の毛はこんなにモフモフで、こんなに温かかったんだねぇ。」
ステフは気持ち良さそうに、動かない。触らせてくれるのだ。
いつしか、紳士の頬には濡れた線が跡をつける。
「連れて帰りなさいな。」
「・・・いや、私よりあなた方の方がこの子のことを分かってくれそうだ。そして多分、私より長くこの子を幸せにしてくれると思う。どうか、どうかお願いします。」
彼は席を立ち入口に向かおうとして、ふと立ち止まる。
「・・・いつか、気持ちが落ち着いたら、また顔を見に来ていいでしょうか?」
「もちろんじゃ。非売品だからの。」
入口のドアの呼び鈴がカランカランと鳴った。