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虐げられ男爵令嬢は「マナ無限」の大聖女でした〜迎えにきた公爵様が私だけのナイトって、どんな運命の巡り合わせですか!?〜

作者: 野木ノゾミ
掲載日:2023/11/01

本日より【7日連続】短編投稿予定です!

記念すべき第1弾はこちら↓↓↓

 どれだけの夜、自分の無能を嘆いただろう。

 どれだけの星に、ささやかな願いをかけたろう。

「人並みの錬金術が使えたなら、それで幸せだったのに」


 私は、町外れの大きな屋敷に住む、男爵家の娘。名前は、レイン・スクルージ。

 父のロベルト・スクルージは代々続く錬金術師の家の生まれで、母と出会い、私を生んだ後に巨大な財を築いた。この大きな屋敷も、レインが生まれてから作られた大邸宅だ。


 父の口癖は、こうだ。

「人間の貴賤は生まれでは決まらない。いかに、成り上がろうとする意志があるかだ。その大小が、人間の価値を左右する」


 これはたしかに、父そのものを表現していると言っていい。

 と言うのも、もともとスクルージ家は錬金術師の家系であったが、男爵の地位にはなかったのだ。レインの祖父の代にはただの一般市民でしかなかったスクルージ家が一代で男爵家まで成り上がったのには、ロベルトが大量の貴金属の生成に成功したからという理由がある。


 ロベルトは生成に成功した貴金属を、大量に王家に貢ぐことで、一代にして男爵位を得ることに成功したのだった。

 つまり父の言葉を借りるなら、彼の「意志の大きさ」が、スクルージ家を変えたのだ。


 レインと妹のメリーズは、父の口癖に則って厳しく教育されて育った。


 父の教育熱心ぶりは、相当なものだったと思う。

 優秀な錬金術師である自分の娘には、優秀な遺伝子が受け継がれるに決まっていると信じて、疑わず。


 その思いは、半分成就し、半分失敗した。

 メリーズは父の期待通り、いやそれ以上のスピードで次々と錬金術を覚え、成功していった。たった3歳で大人でも困難な金を錬成してしまったのだから、確かに驚く話だ。


 しかし……。

 私、レインに錬金術の才能は、これっぽっちも宿っていなかった。


「できません……お父様……」

「できるまでやれと言ってるだろ! できないことを、報告するな!」


 幼い頃から、父の激しい教育は続いた。

 しかし、どれだけ私が努力しようとも、私の描いた術式から、何かが錬成されることは一度としてなかった。


 そしていつしか。父と母は妹のメリーズをスクルージ家の後継として決めたようで、私への関心は、まったくなくなっていった。

 メリーズが鍛錬を積む間、レインは下女として家のことをやるようになった。

 父と母、そしてメリーズもいつしかレインのことを、下等生物を蔑むような目で見るようになった。


「この子、ほんとうにあなたの子かしら? 恥ずかしいわ」

 母が言うと、父は下品に笑う。

「もうすでに、我々の子という意識など、ないがなあ」


「すみません。すみません。すみません」

 私は、必ず3回謝る。

 父へ、母へ、そして、妹へ。


「こんな無能が姉とか、恥ずかしくてムリなんですけど!」

 ペッ! とメリーズは私が雑巾で拭いたばかりの床に唾を吐き捨てる。


「まあ!」と母が素っ頓狂な笑い声をあげる。

 レインは、静かに怒りに震える。感情が、静かに悲鳴をあげている。

「はやく掃除しなさい、それがあなたの存在価値じゃないの?」

「はい……」


 水仕事でひび割れた私の指を、メリーズが熱いブーツの底で踏み潰す。

「いたい……」

「いらねえだろうがよ! まともな術式も描けない手なんて、意味ねえんだからな!」


 うーん、そうだなあ……とかしこまった顔で父が私に言う。

「もう一回、私たちに、ちゃんと謝ってもらおうか」


「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


☆ ☆


 いつものことだが、この日の妹の癇癪は類を見ないものだった。


 ギャーー! とわめくメリーズ。部屋中に装飾された黄金の調度品を、メリーズは蹴り飛ばす。

 母が「どうしたの? 私たちの宝物ちゃん?」と猫撫で声で近づく。

 父は新調したソファに座り、錬金術の禁忌に関する古い本を読んでいた。

 レインは昨夜から続く雨で曇った窓を雑巾で拭いていた。


「妹が欲しい! 妹が欲しい! 下女みたいな姉はいらない! 私は妹が欲しい!」


 そうは言っても……父と母はもう新たな子供を産むような年齢ではない。そんなことも、わからないのかな……。窓を拭きながら、レインは静かにそれを聞いていた。のだが。


「メリーズは特別な娘だとは感じていたが……もしかするとこれは、神の使いなのかもしれん。私、ロベルト・スクルージに、偉大な大錬金術師になれとの、お告げだ」


「メリーズは神の使い、あなたは偉大な錬金術師……とても素晴らしいじゃない! では私は、偉大な妻になれるのね!」


「妹が欲しい! 下女みたいな姉はいらない!」


 メリーズが繰り返す金切り声は、夫婦にとってはもう福音にしか聞こえなかった。

 ロベルトは錬金術の禁忌に関する古文書を金製の机にドサリと投げると、真剣な顔で言う。

「人間の錬成をするんだ……! まさに、神の領域に達するのだ!」


 あの……それって、まさか?

 3人が、一斉にレインのほうを、見た。


 ジロリ、ジロリ、ジロリ。


「よく頑張ったわ、あなたは。でももう、いいでしょう? お父様とメリーズの錬金術で、あなたは真人間に、生まれ変わりましょう」


 私は、金属と同じ? ただの物質?


「すまないが……もうスクルージ家に、お前の居場所はないんだ。それはお前自身も、ずっと気がついていたことだろう?」

「コイツに似たキモい妹が出来上がらないといいけど!」


 もう、私の意志など、ないんだ。


 レインの心が、閉じてゆく。


「しかし、この雨だ。この禁忌錬金術は、星空の下で行う必要がある。決行は、明日だ」

 父の声が、すごく遠くに聞こえた。


☆ ☆


 たった一夜だけ、レインの人生の最後に残された時間だった。


 父、母、妹は、3人で純金のリビングに座り、ゲラゲラと笑っている。

 レインはその下品な声を、自分にあてがわれた地下の物置で聞いていた。

 その時、スクルージ家の屋敷の門が「ゴン、ゴン」と鳴った。


「誰か客を呼んだのか?」

「いいえ、あなたではなくて?」

「こんな時間に、訪問販売かなんかだったらぶっ飛ばしてやる!」


 ロベルトが門を開けると、そこにいたのは……。


 誰もが目を奪われるほどの美形の青年と、その家臣と思しき騎士たち。

 やんごとない雰囲気の装備に、マントに描かれた公爵家の紋章。

 目にかけた細い銀縁の眼鏡が、スタイリッシュで知的な雰囲気を醸し出している。


「ちょっと、話をお伺いしたい」


 この地方を治める大貴族、ベルンハルト公爵の一団だった。


「な、なぜ公爵様がこんな辺鄙な屋敷に……。これはこれは、立ち話でもなんですから、入ってください」


 普段の尊大な態度は一変してペコペコするロベルトの案内で、ベルンハルト公爵が屋敷の金の広間へと足を踏み入れる。


 美しいベルンハルト公爵の姿を一目見たメリーズは一瞬にして恋に落ちた。

 母はメリーズに耳打ちする。

「決して無礼な態度はしないで。公爵様に必ず気に入られなさい」

「はい、お母様」


「お茶を出しますから、少々お待ちください」と母はベルンハルト公爵をソファーに座らせる。その間に、ロベルトは地下への階段を急いで降りる。

 地下物置の扉が開かれると、父は私に、恐ろしい表情で言いつけた。


「今夜はスクルージ家の家運がかかる夜になる。決してこの部屋から出るでないぞ! いいな」


 レインの返事を待つでもなく一方的にそう言いつけると、ビシャリ、と扉を閉めて、ロベルトはまた階段を上がっていった。


☆ ☆


「美味しい紅茶ですね」

「そうでございましょう? 公爵様。わたくしが公爵様を思って、先程お入れしましたの。喜んでいただけて、光栄でございますわ」


 普段よりも1オクターブ高いメリーズの声が、地下のレインのところまで聞こえてくる。


「ところで、公爵様ほどの御方が、どうしてここへ?」

「突然の訪問、失礼いたしました。実は公爵家として、このエリア一帯の環境を調査しておりまして、その一環でやってきたのです」


 やましいことなど、なにもないぞ? とロベルトは思った。こっちは正当に金属を錬成して、王家へと貢いでいるだけ。全く、堂々としてりゃいいんだ。


「スクルージ男爵の近年のご活躍は王都でも聞き及んでおります。男爵がここ数年で献上された金は、通常では考えられないほどの素晴らしい質と量のものです」

「それはそうですとも。私は幼い頃からの日々の鍛錬によって、錬金術の質を劇的に進化させたのですから」


「……果たして、本当にそうでしょうか?」


 突然、ベルンハルト公爵の顔つきが真剣になる。


「本当にそう、って、それ以外に理由がありますか? 私が選ばれたんですよ、神に」


 ロベルトの的を得ない返答に「そうですか」と答え、ベルンハルト公爵は少し考え込むと、口を開いた。


「ところで、この屋敷には三人で? 他に、住んでいるかたは?」


「はい。家族3人と、下女がひとりですわ」

「ほう。その女性はどこにいるのですか?」

 なんで公爵様は出来損ないの姉の話題なんて知ろうとするのよ! とメリーズはムカついた。私のことだけ、見なさいよ!


「下女は自室ですでに眠っておりますので……」

 ロベルトが嘘をついて誤魔化す。


「そうですか。それはお邪魔できませんね」とベルンハルト公爵はあっさり返す。

「では、夜分にお邪魔いたしました。今後のスクルージ男爵のご活躍をお祈りいたします」


「こ、こちらこそ……! まともなおもてなしができずすみません、なにぶん急なご訪問でしたので……ははは」


 ベルンハルト公爵とその家来たちは、ゾロゾロと建物の外へと出る。


 するとそこには、レインがいた。


 地下を静かに抜け出し、裏口から屋敷を出ていたのだ。


「お前! 絶対に地下を出るなと言ったはずだが! この出来損ないのバカ娘が!!」


 ロベルトは激しい剣幕でレインに凄んだ。


「ん? 娘さん、なのですか? 今、バカ娘と」


 ああ、これは……とロベルトがまた接待モードに戻る。


「娘ではございますが、とんだ無能者でして……しつけのために、地下に住まわせておったのです」

「お恥ずかしいですが、この歳でまだ錬金術に一つもできませんの」


「そうですか」興味なさげに返答すると、ベルンハルト公爵はレインをまっすぐ見た。

「僕に、何か用かな?」

 レインはポケットから紙切れを取り出し、さっと公爵に手渡そうとする。


 公爵様が上で話をしている間に、急いで描いたものだ。内容は、


《明日、家族によって錬金術のマナとされます。私を、お救いください》


「無能の下女が何でしゃばってんだよ! ザケンナ!」

 レインは紙を、渡せなかった。メリーズに足を踏みつけられ、無惨に転んだだけだった。


 その姿を、白馬の上から、公爵様はじっと見つめていた。


(ああ、なんて恥ずかしい……)


 私は何も、公爵様にお近づきになりたいなんて夢物語を見ているわけじゃない。玉の輿に乗って、偉くなりたいわけじゃない。なのに……。


 希望は、叶わなかった。レインの瞳から、涙がこぼれてしまう。

 その姿を見て、家族が大笑いしている。「だっせえ!」


 しかし、違った。公爵様だけは。

「あなた……その右腕を、もっと近くでみせていただけませんか?」


「えっ?」

「腕を」


 公爵様が白馬から降りてくる。言われるがままに、レインは右腕を差し出す。


 とても、恥ずかしかった。


 なぜなら、レインの右腕には生まれつき、醜い大きなアザがあったのだ。だからレインはいつも、アザを隠すように袖の長い衣服を着ていた。

 しかし、公爵様にこんな恥部を見られてしまうなんて……。


「この紋様は……まさか……。ここに、いらっしゃったのですね、大聖女さま」


 は?


 と思ったのは、家族だけではない。レイン自身も、公爵様が何を言っているのか、意味不明だった。


 後ろから父と母が言う。

「い、いま、大聖女さまっておっしゃいました? それってもしかして、我が娘、メリーズのことでしょうか? この娘は神の使いかと思っておりまして……」


「ちがう」


 公爵様は、声の主など意に介していない。

 公爵様が今見ているのは、私だけーー。


「貴方様と、ゆっくりとお話がしたいのですが……。私と一緒に、来ていただけませんか?」

 ベルンハルトは、レインへと語りかけた。


 優しそうな、澄んだ黄色の瞳。雨粒を反射して輝く、銀色の髪。細くて長い、繊細な手。


 レインに、断る理由などあるだろうか?


「し、しかし! もし公爵様のご求婚ということでしたら、我が家にはもっと出来の良いメリーズがおります!」


 叫ぶ母。「イヤアアア」とメリーズの断末魔のような声。


 一体、何が起きているのだろう?


「あなたがたにとっては、下女同然なのでしょう? 私は彼女が気に入りました。勝手を申す分、スクルージ家にはこちらを。持ってきてくれ!」


 そう公爵が言うと、家来が大きな木箱を持ってくる。

「こ、これは……!?」


「ここにある現金を、すべて差し上げる。そのかわり、今後一切、彼女に関わるのはやめていただきたい」


 目の前に差し出された金銀財宝の山に、夫婦は目を奪われた。

「では、交渉成立のようだな」


 そう言って、公爵様は私の手を取る。優しい手つきで、私を白馬へと抱え上げてくれる。

「一緒にゆこう。愛する、レイン」


☆ ☆


 公爵様の背中につかまりながら、王都へと向かう道中、レインは緊張しっぱなしだった。つい先ほどまで男爵屋敷で下女同然で働かされ、地下の物置に住んでいた私が、なぜ公爵様と一緒にいるの……? 聖女って、どういうこと? なにもかも、わからないことばかりだ。


 背中からそれを聞こうとしても、「まずは疲れているでしょうから。家に案内します」と公爵は静かに返すだけ。もしかしてなにか、思惑があるのかしら……?


 それでも、レインは「このひとは信頼しても良いんじゃないか」と思った。

 レインから表情は見えなかったが、どうしてか、ベルンハルト公爵も緊張しているようなのだ。手綱をもつ手が、少し震えて見えたから。


 そして公爵の一団は、ベルンハルト公爵家へと辿り着いた。


 そこは歴史ある王都のなかでも見るからに一等地で、小高くなった一角だった。ハリボテの金で全体を覆い尽くしたような男爵屋敷とは全く違う、荘厳で、品のある屋敷だった。


「こちらへ」

「失礼、します……」


 公爵屋敷の一番奥の部屋へとやってくると、ベルンハルトは「ありがとう。今日は、奇跡の日になった。もうみんな、下がってくれ」と家来たちに言い、部屋に残ったのは公爵様と、レインだけとなった。


 静かにゆらめく蝋燭の火が、公爵様の顔をぼっと照らす。

 あらためて向かい合うと、本当に息をのむほどの美しい顔だった。精悍で、冷静ながら自情熱に満ちた目元が、特に美しいと感じた。


(かっこ、いい……)


 思わず、見惚れてしまう。


「私の名は、シリウス・ベルンハルトと申します。公爵家の、現当主でございます」

「わ、私は、レイン・スクルージ。男爵家の、娘です……」


 ……沈黙……。


 失礼かもしれないけれど、やっぱりベルンハルトさまも緊張しているの……?

 あとそういえば……どうして公爵様が私に敬語を?


 シリウスは意を決したように、告げる。


「ずっと、ずっと……お待ちしておりました聖女様。私は貴方を守るために生まれた、ナイトの末裔です」


 ずっと待っていた? 公爵様は、私を守るナイト?


「すみません……わからないことばかりで。お話を、聞かせていただけませんか?」


 レインは二人だけの秘密を共有するように、ひそやかに話してくれた。


《《《

 何百年も昔のことーー。

 このロベーヌス地方には、さまざまな武力勢力が乱立し、混乱を極めた時代があった。


 そこに突如として誕生し、混乱を収め、ロベーヌスに平和をもたらしたのが、大聖女だった。


 大聖女とは、「母なる聖女」とも呼ばれる。武力、魔法、……周囲のあらゆる人々のエネルギーを、聖なる力で強大化してしまう、特別な能力があったのだ。

 しかし、謙虚な大聖女は、決して国を治めようとは考えなかった。力を持とうとは思わなかった。


 しかし、聖女のあまりに大きな力は、いつの時代の必ず悪い考えの人間たちに狙われてきた。

 そこで、ベルンハルト家の先祖は、ナイトとして聖女さまと永劫契約することを決めた。


「貴方を、かならずお守りすると」

》》》


 そこまで話すとベルンハルトは、「そう考えると、スクルージ家で起きていた奇妙な出来事も、辻褄が合います」という。


 一介の錬金術師にすぎないロベルト・スクルージとメリーズ・スクルージが、純金をも錬成するほどのエネルギーは、どこから得たのか?


「そうです、あなたです」


 大聖女であるレインの能力が、二人の錬金術の精度を異常なものにしていたのだ。


「貴方は錬金術が使えず、彼らからボロ雑巾のような扱いを受けていた。本当に心苦しいことです……。でも、錬金術が使えないのは、貴方に能力がないからではない。いにしえから、特別な能力を持つ聖女は、魔法も錬金術も、使うことができないのです」


(これは……確かに納得、していいのかな……?)


 しかしレインには、どうしてもシリウスがいたずらで嘘をついているようには到底思えなかった。


「それで、その物語には続きが?」


 レインが聞くと、「はい」とシリウス。しかし、どうも苦しい表情をしている。


「今からお話しするのは、我々ベルンハルト家の、恥です」。そう前置いて、シリウスは語り始めた。


《《《

 代々、大聖女さまをナイトとして守り続けたベルンハルト家。

 しかし、ある嵐の夜のこと。


 大聖女は一夜にして屋敷から姿を消してしまった。

 理由は、わからない。けれども、あまりの能力に自ら命を絶ったという伝説や、誰かに拉致された、という噂もある。遠い過去のことで、真実を知るものは誰もいない。


 困ったのは、ナイトとしてお守りしてきた、ベルンハルト家。お守りすべき聖女が消息不明となれば、恥ずべき失態。どれだけ聖女を探しても、ベルンハルト一族は、聖女を見つけ出すことはできなかった。


 それでも、いつかまた戻ってくるかもしれない大聖女の末裔のために、屋敷を残し、どれだけの年月が流れても、待ち続けた。


 その間に、ベルンハルト家には少しだけ変化があった。聖女の帰還を待つ間に、どんどん繁栄していったのだ。主人を失ったナイトの家系は、いつしか公爵家までになっていた。


 しかしベルンハルト一族は、権力を持ちたかったのでは決してない。いつか戻ってくる聖女をお迎えするための場所を、守り続ける、その一心で。

》》》


「ベルンハルト家と聖女さまの話は、以上です」


 シリウスは私に向かってうやうやしく頭を下げる。


 もしシリウスの言うことが本当だとして、私が聖女の末裔なのだとしたら、私の先祖は何も言い残しもしないで家を飛び出して、迷惑なものだ。

 そのせいで、ベルンハルト家は何百年間も、待ち続けていたのだから。


「なんだか……申し訳ない気持ちになってしまいます」

 そうレインが言うと、「とんでもない!」とシリウスは返した。


 シリウスはまた真面目な顔になる。

「もしよろしければ、もう一度、右手を出していただけませんか?」


 言われるがままに、レインは右腕の袖をめくる。シリウスが大切そうに、レインの細い腕を肩膝立ちで支える。


(うわあ。なんか本当に、聖女とナイトみたい……)


 今まで、ずっと消したくて、石鹸で何度もこすった醜いアザの模様。この紋様が、レインはどれほど嫌いだったか。

 しかし今、シリウスがそのアザに、優しくそっとキスをした。


(キ、キス……!?!?)


 驚きと恥ずかしさで、レインの心臓は飛び出しそうだった。


「い、いまのは……?」

「また私は、ベルンハルト家は聖女様を命に代えてお守りする、契約のキスです」


 なんか勝手に、大きすぎる契約をしてしまっている……。


 たじろぐレインに背を向けると、シリウスはいきなり上着を脱いでいく。

「えっ、え……」

 あらわになっていく、シリウスの背中。華奢に見えて、じつはものすごい筋肉で、そのギャップにレインは驚く。しかし、それ以上に驚いたのは……。


「その模様……私の腕のものと同じ……」


「そうです。ベルンハルト家と聖女の契約の紋様ですから。レイン様もここに、誓いのキスをしていただけますか?」


 公爵様の美しい背中に私がキス……?? 想像するだけで火を吹いてしまいそうなシチュエーションに、思わず体が硬直していた。


「聖女……さま!? ご気分が悪いのですか? 私も契約を焦りすぎました……なにせ、数百年ぶりの再会ですので、気がせいていたのかもしれません」


(今のは心臓に……悪かった……)


「い、いえ! 契約が嫌とかではなくてその……」

「お答えはいつでも構いません。今後も変わらずに、私がレイン様を、お守りさせていただきますから」


☆ ☆


 男爵屋敷を公爵様と飛び出して、話を聞けば私は本当は聖女で。そして、公爵様は実は私のナイトで、彼は今後も私を命に代えて守るらしい……。


 信じがたい一夜が明けて、数日。


 レインはシリウスが用意してくれた屋敷で暮らしていた。

 シリウスには公爵としての日々の仕事があるらしく、日中はベルンハルト家のナイトたちが代わりにレイン宅を護衛してくれていた。そんなに護衛なんてつけなくても、この間まで蔑まれていた女をさらいにくる人間なんていないと思うのですが。


 ベルンハルト家で生活しているシリウスだが、夜には必ずレインに会いにきてくれた。そこで、シリウスは自分が育ってきた環境の話、いまの仕事の話、好きな食べ物の話、いろんなことを話してくれた。

 私はそんな彼の一途な瞳を見つめて、うっとりしながらそれを聞くのが楽しみだった。


「本当に、私あの日、錬金術に捧げられなくてよかった。こんな幸せを知らずに、死んでいくなんて……」


 過去のことを思い出しては、レインの目には涙が溢れてきてしまう。それをシリウスは、優しく拭いてくれた。


 その後、レインは風の噂で聞いた。

「突如金を錬成できなくなり、王室への献上が止まったスクルージ男爵家は、急激に没落し、今では平民以下の暮らしをしている」と。

 レインはその話を聞いても、悲しくなかった。もう私には、家族以上に心を許せる人が、ちゃんといるから。


 そんなある日。

 ベルンハルト家のナイトとともに王都中央の市場へと足を運んだレインは、活気ある人々の日常に心を躍らせていた。


「あの家の、あの地下部屋の外には、こんなに広くて素敵な世界が広がっていたんだ!」


 ただの日常が、レインには特別だった。


「ちょっと一人でお買い物、してくるね!」


 世界のことを、もっと知りたい! テンションの上がったレインは、ナイトの返事も聞かず、駆け出していた。

 八百屋で野菜の値段交渉をしてみたり、肉屋でおすそわけしてもらったり。そしてどんどん街を進んで、気がつけばどこか知らない、街の外れへと出てしまっていた。


「ここは、どこだ……」


 周りを見渡しても、ナイトさんたちもいない。


 その時。


 おもいっきり強い力で肩を掴まれた。どう考えても、男の力だ。


 レインが振り向くと、そこにはかつての家族がいた。


「お前が一人になるのを、ずっと待ってたんだよ……。随分と待たせやがって」


 父と母と、妹……。しかし、3人とも、以前からは考えられないほどやつれた顔で、着ている服も質素なものだ。風呂にも十分に入れていないのではないだろうか。


「お前、あの男に吹き込んで、俺様の力に何かしやがっただろう! こっちはわかってるんだよ!」

「いや、そもそも、あなたたちに金を錬成する力なんて、なかったんですよ」


 そう言い放ったレインを、母が「バチン!!!」と思いっきり張り倒した。


「だまらっしゃい! まあ、少し見ない間に、家族に向かってこんな尊大な態度をとるようになるなんてねえ。さあ、メリーズちゃん? もう一回、ちゃんとわからせてあげましょうか。自分の、運命を」

「ハハハ……ふざけんじゃないわよ、クソ姉が。テメエが聖女な訳、ねえだろうがよ!」


 メリーズは、かつてより1オクターブ低い、ドス黒い声で言った。それは言葉というより、呪いの呪文のような響きだった。


ーーガツン!

「いたい……」


 メリーズのブーツが、レインのみぞおちに入る。

 思わず、お腹に手を当ててうずくまる。


「帰るぞ、クソ姉。明日、貴様をエサに人体錬成を行うからな」

「ファーファッファ! メリーズ、よいぞ、よいぞ!」


 また……こうなのか。私はやっぱり、運命に絡めとられるのか……。


 その時だった。


「お待たせ申し上げました。聖女様」


 レインが見上げた先には、白馬に乗った、公爵であり、ナイトーー。


「来てくれたのですね。シリウス!」

 レインは思わずシリウスに抱きつく。


 あれ?


 違和感の正体は、シリウスがいつもかけている眼鏡をしていないからだ。


(普段は華奢に見えるけど、本当はこんな顔だったんだ……)


「何度も邪魔をしおって、この若造が……」

 ロベルトが苦虫を噛み潰したような顔で声を捻り出す。


「あなたがた、もう二度と近づかないようにと、言いましたよね? もう、容赦は致しません」


 風になびくシャツの胸元から、シリウスの筋肉が見える。

 正面から見たことがなかったけれど、こんなに男らしい身体……。


「この身体、聖女レインを守るために捧げる」


 シリウスはそう言うと、腰元から剣を引き抜く。


「その剣は……!?」


 驚きの声を上げたのは、父ロベルトの方だった。

 剣は真っ赤なオーラを放ち、龍のように空へと登ってゆく。


「こちらは、金に物を言わせたあなた方とは違う。位など関係のない、レイン様のナイトであるぞ!」


 3人は、完全に戦意を喪失していた。戦ったところで、シリウスに対して勝ち目のないことは、目に見えていたし。


「絶対にだ! 絶対に俺たちは貴様らを許さんぞ……。家族を敵に回したことを、後悔するんだな」


 典型的な負け犬の遠吠えを言い添えて、かつての家族たちは逃げていった。

 その後ろ姿を、レインはシリウスと一緒に、黙って見つめていた。


☆ ☆


 後日ーー。


「それで、以前お話ししたこと、覚えていますか?」


 シリウスはレインに尋ねる。


「なん、でしたっけ……?」


「私との、契約の話です」


 ああ、とレインは思い出すと同時に、また頬が赤らんでしまう。

 あの背中への、キスの話ーー。


「それって、私がシリウスにキスをしたら、どうなるの?」


 それは……とシリウスはにこやかに笑う。

「もう聖女様が逃げ出さないって、おまじないみたいなものですよ」


 ? それって、わたしを、からかってるの?


「冗談ですよ。聖女様の力を、私に少しだけ、分けていただくための契約です。それは、レイン様をお守りする時にだけ発動する、特別な力です」


「なるほど!」

 そうなれば、レインに迷う必要などない。


 この人は、本当に命に代えて、私を守ってくれるつもりなんだからーー。


 聖女レインは、ナイトにそっと、キスをした。

お読みいただきありがとうございます!

「面白かった!」

「スクルージ家やばすぎる」

「シリウス来てくれてありがとう……」

などなど思っていただけましたら、投稿の励みになりますので評価、ブックマークよろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
出来ればもう少し長い話にしたら良い作品になると思えるお話でした。 錬金術とは『錬成で金を作ろう』とする夢を表し、『金を錬成する』ではないのです。僅かな金ですら作れないからこその言葉なんです。 但し…
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