短編 世界を救いし最強の魔法使いたる我輩が魔王という汚物の駆除の末に魔王と呼ばれる物語
我輩の名はレヴィア、小さき村で魔法の研鑽と研究を続ける天才である。
ああ、それと勇者に選ばれた愚弟の旅を全面的に支えた、いや、九割九分九厘は我輩の功績であるか。
寧ろ一割は愚弟どもの功績だと言うのは過言になる。
あの声が聞こえたのは二年程前、魔王を名乗る汚物の存在によって世界にモンスターが出現し、皮肉な事にそれが理由となり蒙昧無知なる暗愚の暗君が破壊と消耗と浪費と自己満足しか産み出さぬ戦を控え防衛に注力しようとしていた頃だ。
『私は直接世界を救えない。だが、世界を救える者逹に祝福を与えよう』
絶望と疲労に心を支配されていた世界中の人々の頭に直接響いた声を誰もが疑わずに信じた、声の主こそが神であると。
神である事は我輩も認めよう、神だからといって清廉潔白とも慈愛からの行動だとも断言出来ぬ、寧ろあの声の主は邪悪の類い、人もモンスターも世界その物さえも己の盤上遊戯の駒としか思っておらぬと察した我輩であったが。
選ばれたのは偉大なる魔法使いである我輩レヴィア、そして当時十六であった弟と妹であった。
「分かった。俺達が居れば世界を救えるんだろ?」
「やってやろうじゃない!」
神託を受けて山奥の村にやって来た王の使者にやる気を見せた愚弟と愚妹には呆れ返る。
どれだけの犠牲が出ているかで同情と悲壮感を煽り、勇者だの何だのと自己顕示欲と承認欲求を満たされてアッサリと引き受けおって!
世界を滅ぼせる怪物に挑む旅など危険と犠牲の責任を押し付けられる生贄であると何故分からぬのか育ててやった吾輩でさえ理解不能、全くの他者であれば上手く乗せられた傀儡と蔑んでの呵呵大笑物の愚行だ!
愚妹に切れ長の三白眼が悪人面だと愚妹が笑う知性と気品に溢れる顔とは似ても似付かぬ脳味噌まで筋肉で構成された馬鹿面で無駄な熱さを見せ、赤い髪以外は本当に共通点が見られず、我輩の身内なのかと赤子の頃から世話をしてやっていなければ血縁の有無さえ疑念を向ける所なのである。
……いや、愚妹の哀れみを感じずにはいられぬ胸囲は我輩や愚弟と類似していたな。
「どうか宜しくお願いしますね、勇者様方。皆で神の為に戦い抜きましょう」
「ああ!」
「宜しく頼むわ!」
「神ではなく平穏の為である。教会の教えで思考が停止しているのか、愚鈍」
「「ちょっと兄さんっ!?」」
この時の愚鈍への評価は鬱陶しい、其れだけだ。
後は赤い短髪の妹とは正反対で青い長髪、それと旅路の途中で愚妹が嫉妬を向ける体型の小娘だとだけ。
こうして愚弟愚妹、そして聖女と称されていた愚鈍な少女と共に旅立つ前、我輩は才能溢れるが故に生み出した魔法兵器を譲渡、周辺国に分配する様に指示して旅立ち、道中でも訪れた村や町に必要となる物を作り与えていた。
砂漠の地では水を生み出し、荒野では大地に恵みを与える装置を、極寒の地では町の中を暖める物を作りだして人々を助ける。
理論と設計図は頭に有っても技術や元手が足りず机上の空論だった物を実現出来たのは祝福による才能のブーストであろう。
今では敢えてブーストを抑制して尚、我輩の才能と技術でそれらを超えるものさえ生み出せるのは単に我輩が至高の頭脳を持っているからであり、それを活かすのは優れた者はその才能を発揮して世界に貢献せねばならぬ、故の行動。
ああ、結局魔王撃退の旅はどうなっただと? 無論駆除した、二年にも満たぬ旅路でな。
「……神とは随分と中途半端な真似をするのだな」
「あ、あの、レヴィアさん。神のなさる事を非難なさるのはちょっとどうかと……」
「相変わらず貴様は愚鈍であるな。神の判断だからと全肯定か、愚鈍。この様な場所に転移させられて何も思わぬのか、愚物」
魔王を世界から駆除、一ヶ月掛けて魔王の支配する魔界より脱出し、後は帰路に着くだけだと我輩以外に空を満足に飛べる者が居ない事に辟易していた時だ、あの声が再び頭に響き、祖国まで一瞬で連れ帰ってくれると言うのだ。
それが可能ならば村から村へと移動してくれていれば救いの手が間に合った者とて多かったであろうに、いざ転移させた今も一里程先に城が見える森の中、何を考えてこの様な場所に移動させたのやら。
「ちょっと兄さん! アスを苛めちゃ駄目だって!」
「俺もベルに賛成だ。もう少し発言に気を付けてるべきじゃないか?」
「ほら、ルーアだって言ってるじゃない」
「黙れ愚物ーズ」
「「「愚物ーズ!?」」」
「ふんっ。その様な些事よりも今は王や貴族の様子を伺うとするか。『ヴィジョン』」
ギャーギャー騒ぐ馬鹿を無視して空中に鏡の様な物体を生み出し、それに城の様子を映し出す。
「あれ? 随分と集まってるわね」
「出迎えの準備かもよ」
愚弟と愚妹は呑気そうにワイワイ騒いでいるが耳障りな程に五月蝿い、これでは音が拾えぬでは……おい、まさか。
「……貴様等にはこれが世界を救った我輩逹を称賛する出迎えの準備に見えるのか?」
「違うのか?」
不思議そうにする愚弟だが、そうだったらどれ程良かった事か。
映像を操作して城の内部等に移動すれば大量の物資、この時点でも愚物ーズは察する事が出来ないらしい、此度のみはその様な愚物っぷりに羨望さえ覚える。
「……戦争だ。あの汚物にも劣る愚劣な存在はこれから手を取り合って立ち直って行くべき時期に他国を侵略しようとしているのだ!」
大量の食料、我輩がモンスターからの防衛にと渡し、周辺国にも分配する様に言い付けておいた筈の兵器も全く分配されずに……。
旅の途中、多くの地獄を見た。
困窮し我が子を間引くという選択肢を選んだ事を悔い、それでも生きて行くしかなかった母親。
吐き気を催す悪夢見た。
モンスターに蹂躙された村の中、崩れた建物の下敷きになって衰弱しながら死んで行った老人。
目を逸らしたくなる現実を見た。
幼い弟の為と一個のパンを盗み、激昂した店主に殺された兄弟。
目を逸らしてはならぬ物を見た。
モンスターの被害と凶作に悩んだ末に生贄に出され、磔で置き去りにされた所をモンスターに食い殺された女。
この旅の道中、小さな村で生きていたなら無縁だった物事と出会い続けた。
「「兄さん!」」
我輩が何をする気なのか即座に察したのは兄弟故だろう、二人の腕が我輩を取り押さえるべく伸ばされ、毛むくじゃらの巨体に阻まれる。
「アンタは……」
二人の前に立ちはだかったのは巨大な熊。
額に赤い石、頭の両側から黒の湾曲した角を持ち、瞳には知性が宿る。
「我輩が何をする気か予想する事を予想出来ぬと思ったか? おい、下僕。足止めをしていろ。『フライ』」
「待つんだ、兄さん!」
「我輩を止めたくば予想を上優る成長を見せろ」
愚弟が止めようと手を伸ばすも届く事は無く、我輩は城へと空を飛んで向かって行った。
直ぐに追いかけ様とするも我輩の下僕がそれを許さず戦う音が背後より聞こえる。
まあ我輩の意を汲んで加減をするだろうから多少の時間稼ぎが関の山だろうが充分であるな。
「貴様等、一体何をしている? いや、答えずとも良い。愚劣愚昧で無知無能な汚物の口から漏れる雑音など我輩の耳に届ける必要は無いのだからなっ!」
城の上空から見下ろせば兵達が我輩の与えた魔槍を構え向ける。
魔力を予め補充すれば才無き凡夫でも魔法が使える兵器、モンスターから人々を守る為の物、か弱き者逹に差し伸べられる救いの手だった筈なのだ。
「それを戦に使うのか、人殺しの道具にするのか。何たる醜悪、何たる悪辣、憤怒で我輩の心は支配されそうだ」
ここに来る途中、声は拾った。
曰く、勇者達を輩出した我が国は世界を征するに値する。
曰く、勇者も王の権威には逆らえず、褒賞によって頼もしい味方となるだろう。
曰く、奪うも壊すも犯すも好きにしろ、我等は神に選ばれし者だ。
「貴様は死ぬべきだ」
我輩は激怒した、目の前には城の中庭に集結した武装した兵逹と、それに傲慢さを隠そうともせず愚物にしか理解不可能な汚泥の如き理屈を述べる暗愚なる暴君。
必ずや目前の愚物を滅却せねばならぬと我輩の海よりも深い心が叫んでいる。
「ま、待て! 私を本気で殺す気なのか!?」
杖を構え宙に浮かんでフードの隙間から見下ろす我輩に向けられる視線に籠るのは困惑と恐怖、我輩が何故自分達の前に怒りを露にしているのか本気で解らぬ様子、だからこそ愚昧であると評されるのだ。
愚昧の愚昧足る所以の愚かさへの呆れ、この様な汚物を玉座に据えるしかない国に生まれた不幸への嘆き、最早姿を目にする事、声を耳にする事、天上天下にて最も偉大なる我輩の人類の至宝と呼ぶべき頭脳での思考を割く事は人類の損失でさえある。
もう城だけ残し、この者共を……っ!
やはり、やはり邪悪な存在であったか!
「もう消えろ。その魂すら消し去ってくれるわっ! 『ヘルヴォルト』!」
「待っ……」
天へと杖を掲げ暗雲を呼び出す。
大地を日光の代わりに黒と金色が混ざり合った稲光が照らし、降り注ぐ巨大な雷撃、最早雷の柱である其れは最後の言葉すら許さず城全体を穿ち、汚物を城諸共消し去った後に残るのは底が見渡せぬ程に深き奈落、愚物が神の情けで魂が滅っされる事が無ければ地の獄、底の底まで落ちて行った事であろう。
「彼処迄堕落した者に憐れみを掛ける神など存在すべきでは無いがな」
「兄さんっ!」
「……予想通りの到着時間か。我輩を止めたくば予想を上優る成長を見せろと言った筈だ、愚弟に愚妹、ついでに愚鈍」
一仕事終得て浅く息を吐き出した時に聞こえたのは予想通りの三名の声、我輩の弟妹である双子、屈服させて従属させた愚物では足止めはこの程度、少しばかり早く到着するのも予想していたが、結局はこの程度か。
愚鈍の姿が見えぬのは愚鈍故か。
回復や補助の魔法が専門だと体力作りを怠るからだ、愚鈍めが。
「兄さん、何があった?」
「理由は語っただろう、愚弟。安堵せよ、食料等の物資、戦争に荷担しておらぬ者は先んじて転移させた」
「そうじゃないでしょ、兄さんったら! こんな大規模な破壊なんて無駄や無知の表れだって何時もの兄さんだったら言うでしょ!」
「……その程度は見抜けるか、愚妹」
ああ、何と愚かな事か、二人して今にも泣きそうではないか。
奥歯を噛み締め、弟と妹にあの様な顔をさせた愚かな我輩は懐から小箱を取り出す。
「神が全てを語るだろう。さらばだ、ルーア、ベル。風邪を引かぬようにな」
我輩が小箱を開ければ内部から飛び出した鎖が体に絡み付く。
魔王を倒せなかった時に備え心血を注いで作り出した封印装置『封印器・パンドラ』、倒せてしまったからには不要の品であったが即座に破壊せぬ判断は正しかった。
「最後に一つ……我輩はお前逹を深く愛している」
それが我輩が宝である家族に向けた最後の言葉、手を伸ばして駆け寄ろうとするのが最後に見た二人の姿だ。
『あはははは! 俺の名を使って好き勝手するから城と共に消し飛ばせってお願い聞いてくれてありがとう。ちゃーんとフォローはしておくよ。魔王に乗っ取られそうになった君が身を犠牲にして共に封印されたって。身内を失った以上、あの二人に助けが遅れたと憎悪を向けるのも減るだろうし、そもそも操作しておくよ』
……ああ、鬱陶しい。
貴様のような者の声など聞きたくはないのである。
腹立たしい思いをしながらも我輩の意識は闇に沈み、やがて……。
そして意識が目覚めれば見知らぬ小娘が目の前に立っていた
「目覚めたな魔王よ! さあ! 三百年の封印を解いてやったこの私に従い力を貸すが良い!」
「愚物め、愚鈍め、愚劣め、愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚愚者め。何者かは知らぬが、封印を解いたからと魔王が仁義に基づいて服従すると思うとは性善説の持ち主か、無知無能の小娘。百那由多転生を繰り返して馬鹿を直せ、虚弱貧弱の思考能力しか生涯持てぬ愚蒙愚妹の脳味噌お花畑が」
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