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プロローグ
昔から、空想の世界に憧れていた。しゃべる猫に、一度きりしか行けないお店、ひょいと境界をまたいだらそこに広がる異世界。「その年になって、まだそんなことを夢見ているの?」そう笑われたことは、数知れない。それでも、私はその空想を捨てることができなかった。
だって、その空想こそが、私の生きる理由だったから。
だから、だから。私はそのお店____『海月堂』が目の前に現れた時、とてもワクワクした。夢見た世界が目の前に広がっている、そんな予感がしたから。そうして踏み入れたその場所で、私はさまざまな出来事に巻き込まれていくことになる。
そう、これは私、『海月堂』の幻想砂時計職人見習いである橘深月が体験した話。おとぎ話のようで、けれどおとぎ話ほど都合良くはいかない話。いつか、誰かの幻想となる、そんなお話。