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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第73話 我が子の人生に望むもの

 大公国の王城はこのころになると改築が始まっておりましたから、その当時に私たちが集まったのは、『公爵別邸』と呼ばれる建物でした。


 この三階建の広い建物は、ただの館のように見えて魔術的には要塞とも呼べるほどの防備が整っており、ただ館に入るにもいくつものチェックを抜けねばならないものだったのです。


 しかし面倒な出入りの手順を抜けて屋上から見る湖の美しさは格別で、それは我が国の持ち物のはずが、まるで大公国のこの館の屋上から見るためにあつらえられたような気がするほど美しくきらめき、夕日が呑み込まれていく様子など、息をするのも忘れるほどなのでした。


「娘の夫の妻たちとこうしてゆっくり顔を合わせるのは、初めてになりますかな」


 娘の夫の妻たち、という言葉がなんとも不思議に面白くて、この時の大公国王の微妙にヒクついた口もとまでふくめて、記憶によく残っています。


 しかしこの当時私がしたことは、まさしく『妻の父』に『別な妻』を引き合わせ、その館に泊まらせ、それどころかその生活の世話までしばらくさせようということなので、面白がっている場合ではないのです。


 これは大変気まずいことであり、平時の私であれば考えることさえできないぐらいの無礼なふるまいなのですけれど、この時には『シンシアの要求を通しつつ、ルクレツィアの要求も通し、大公国王の顔も立て、さらに妻とその子同士が接する機会まで設けた』という『素晴らしい思いつき』に浮かれておりましたから、そこまで考えることができないのでした。


 この当時の大公国王のヒクつきを思い出すだに、今の私は羞恥と申し訳なさで転げ回りそうになるのです。


 ともあれ当時の私は妻たちを集めて気をよくしていたので、あいさつも流暢にすませ、お世話になりますと述べながら館の主よりも主のように落ち着きはらい、自分の行為になんの疑問もなかったから堂々としておりました。


 すると最初は状況に疑問を抱いていたらしい大公国王も、だんだんと私に引きずられていき、しまいにはまるでそれが当然のように、『娘の夫の妻たち』と談笑し、雑談などさえ交わし、「ゆっくりくつろいでください」と部屋を辞していくのでした。


 大公国王が出ていくと、そのドアが閉じ切る前に小さな姿が足音をぱたぱた響かせながら部屋に駆け込んできました。


 もちろんそれは娘のスノウホワイトで、このごろの彼女はルクレツィアの幼いころを想起させる、蜂蜜色のふわふわした髪の、のんびりした顔のかわいらしいお嬢さんなのでした。


 常としては動作ものんびりし、ぺたりと座り込んで窓の外の雪などぼんやり目で追っているらしいのですけれど、こうして私が来訪すると足速に駆けてきて抱きついてくるのを、私は大変愛おしく思っておりました。


 スノウホワイトは私の腕の中に飛び込んで持ち上げられると、蜂蜜色の瞳でぼーっと私を見たあと、そのかわいらしい面立ちに愛くるしい笑顔を浮かべるのです。


 そうなるともう、私は自然に笑顔が浮かび、歯を食いしばることも拳を握ることもなく、喜びの発するままの表情を浮かべられることに安堵し、愛しい娘のほおにキスをするのです。


 いつもですとこうして出会ったあとはしばらく抱き合ったまますごすのですけれど、今日はスノウホワイトに紹介したい者がおりますので、彼女を抱いたまま、キスもそこそこに、私は愛しい者たちに近づいていくのです。


 まずスノウホワイトにとっての妹にあたる子シンシアを紹介しました。


 子シンシアはまだ髪が生えそろったばかりの赤ん坊であるにもかかわらず、もう母に似た美しさを感じさせる、そういう不思議な娘でした。

 瞳の色は左右とも金であり、シンシアの魅力である混ざり目は受け継がれませんでしたけれど、それでもぱっちりと大きな瞳がくりくり動くと、たまらなく愛しくなって、つい、私の顔もほころんでしまうのです。


 もう一人、アスィーラとの子はシュジャーといい、これはすでに立って歩けるようにはなっているのですけれど、その歩行はまだまだ危なっかしいぐらいの子なのでした。

 しかしこの子は精悍というか、この歳にして自立心が強いというか、自分でできることはなんでも自分でやり、人の手をわずらわせないようにしようという、そういう覚悟みたいなものさえ感じる、しっかりした子なのです。

 顔立ちもどことなく厳しい男の子であり、きっと将来は、父である私などおよびもつかない、責任をとり、決断できる、立派な大人に成長するのではないかと、そのように思われました。


 彼らを弟妹だと紹介し、彼らにスノウホワイトを姉だと紹介すると、腹違いのきょうだい三人は初めて見る小さな血縁者を興味深げにながめ、それからすぐ、どこかそのへんで遊んできなさいといえばそうするような、仲のいい様子を見せたのです。


 さすがに子シンシアはまだ放っておくわけにもいきませんのでその場に残りましたが、私はこうして同じ屋根の下にいる人たちが、なんのてらいもなく仲良くしている様子が好きなので、メイドに見守られながら部屋を出ていく我が子二人の小さな背中を見送り、『幸福』とういものは小さな体にぷくぷくした手足が生えた姿なのだと確信していたぐらいなのでした。


「そういえば、あとで父から言われると思うので、あらかじめ言っておくのだけれど」


 ルクレツィアがいつもの厳しい声で切り出した時、私は急に、ここにすべての妻が集っており、さらにここが、ルクレツィアの父であり同盟国の王であるおかたの屋敷であることを思い出させられました。


「精霊王としては、次の王位継承権の優先順位をどうされるつもりなのだ? 性別を問わぬ長子相続にするのか、通例通り男子が継ぐとするのか、あるいは他の方法か……」


 私はようやく、妻たちが顔を合わせなかった理由を察したのでした。


 そんなものになりたいと思ったことは一度たりともありませんが、私はどうしようもなく君主なのです。

 それも、この当時ですでに雪の領域と砂の領域に一つずつ大国を持つ、君主なのです。


 もともと砂の領域の精霊国女王であったアスィーラの現在の立場は『執政官』というものになり、これは、『同じ国なのに王が二人並ぶのはさすがにまずい』ということを各所から言われたもので作った、王より一段下のポストなのですけれど、そのせいで、雪と砂両国の王が私ということになってしまったのでした。


 そして国家には多くの民が暮らしておりますし、継承問題でゴタゴタすれば民が迷い国が滅ぶというのは、祖国のなくなった一件で身につまされておりますから、継承問題はいつかは論じねばならないのだというのも、わかっては、いたのです。


 しかし、目を逸らしておりました。


 こうして妻と子が一箇所に集まり、しかもその場がルクレツィアの父にしてスノウホワイトの祖父にあたる人の領土ともなれば、継承権の話は避けられません。

 それを理解しているべきだったのですけれど、私はもちろん、理解していなかったのです。


 継承権保持者、その優先順位を決めるというのは、愛しい子と妻たちの中からたった一人を選ぶ行為に思われてならないのです。


 私には決断の能力がなく、それによって苦しめられ続けているわけですけれど、それはやはり今回も、最悪のかたちで私に死を上回る苦しみを与えるのでした。


 当然ながら心の準備もない私は笑顔のまま固まり、なにごとかをうめくことさえできず、どこを見ていいかもわからなくなってしまいました。


 そうして目を向ける先は、この場でもっとも無垢な子シンシアなのです。


 初めてきょうだいと会ってはしゃいだのか、疲れ果てた彼女はすっかり寝息を立てておりました。

 シンシアの腕の中で安らかに眠る子シンシアを見ていると、同時にアスィーラとの子のシュジャーの精悍な顔つきや、スノウホワイトのぼんやりしたかわいらしい顔なども浮かんできて、この中から一人を選ぶなどとは、とうていできると思われなくなっていくのです。


「父はもちろん、スノウホワイトを推すと思う。しかし、私はスノウホワイトを精霊国王にとは、望まない」


 沈黙の時間は長くなかったと思われますが、重さに耐えかねたように口を開いたルクレツィアは、なんだか疲れ果てているように感じられました。


「あの子には、あの子の意思で人生を選ばせてやりたいし、好きな相手と結ばれてほしい。それを望むには、『精霊王』というのは、あまりにも重い……その称号は、人の身には余るだろう」


 私も人なのですが、このころになるともう、妻も、家臣も、自分たちの思い込みに騙されそれをすっかり信じてしまっている状態と言いますか、無言のうちに、私は人ではなく地上に降り立った精霊であるという、そういう認識が共有されているようなのでした。


 精霊王の箔付けのために、私には人間の両親がいないという設定になっておりますが、それはまあ『そういうもののほうが、ありがたがりやすいだろう』という作戦にすぎず、記録上はもちろん『子爵家に産まれた』というのが残っているのです。


 だというのに私と接する人たちは、本当に私を精霊のように扱う……なんだか、私が間違っているのか、彼女たちが間違っているのかもわからないほど、自然に『そういうもの』として扱われるもので、私もだんだん真実がどうだったかわからなくなり、そのためにもこの記録を(したた)めることにしたという、背景もあるのでした。


「もちろん、精霊王が望むのであれば、それがきっとあの子にとってよい運命なのだとは思うけれど、そうでないなら、あの子には普通に生きてほしいと、そういうのが、私の願いだ」


 それはつまり私の責任において娘の将来を決めねばならないということなのでした。

 まあ当たり前と言われれば当たり前なのですけれど、私の一存であの子の将来を決めるというのは、言葉として明確になってしまうとあまりにも重いように思われて、一瞬、平衡感覚を失うほどだったです。


 私の視線は勝手にめぐり、この厄介な問題に答えを出してくれる者を探しました。


 しかし、そうはならないのです。


 やはり私の願いは叶わない。


 私のこの、責任を持ちたくないことほど責任が巡ってくる人生は、おそらくなにがしかの行為が神や精霊の怒りに触れたための、陰湿な罰なのではないかと、最近では思うほどなのでした。

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