第61話 『先制攻撃に対する反撃』
砂の領域式の結婚式で乗る『駄獣』というものは、雪の領域のそれとはかなり異なります。
いわゆるロバとか、馬車を引く見事な体躯の馬とか、そういうものが雪の領域では『駄獣』として一般的なのですけれど、砂の領域の駄獣は、なんというか、その十倍はありそうなほど、大きいのです。
象と呼ばれる、鼻の長い、岩のような皮膚をした生き物は、実寸ですとまあせいぜい雪の領域のロバなどの三倍とか五倍とかなのでしょうけれど、これの背に輿を乗せて、そこから景色を見てみると、まあ、これが本当に高くて、私には十倍以上に感じられ、すっかりおびえてしまいました。
一歩ごとにひどく揺れるこの駄獣の背に乗って街を目指すわけで、この獣の左右では人が列になって楽器を叩き、踊りながらついてくるのです。
私の国、いわゆる『雪の精霊国』の人たちはもちろん、この音楽も踊りもよく知らないはずなのですけれど、ノリがいいのが特徴なだけあり、すぐに列に混じって踊り始め、見よう見まねで音楽を打ち鳴らし、まるで同郷の友のごとく、砂の領域の人たちになじんでいました。
私はその光景に深く感動したのを、今でもよく覚えています。
戦争だ、騙し合いだ、土地の切り取りだ、宗教だ、神だ……さまざまなものが私の頭を悩ませ、どうして人はただ仲良くするだけという簡単そうなことをこんなにも複雑にするのだろうと、常々歯軋りするほどに、もどかしく思っていたのです。
しかし、歌って踊って、育った環境も過ごした人生もまったく違うであろう人たちが、まるで幼いころからの知り合いであるかのように、なじみ、ともに笑っている。
私は世界中の人たちがこうであればいいと、強く思ったのです。
みな踊って、歌って、なにかを祝って、なにも考えず、欲もなく、ただ幸せそうになじんでいく。そういうことが世界中で起こればいいと、本当の本当に思ったのです。
もしかしたら、歌と踊りは、『戦争』を介さずに、それどころか言葉さえ介さずに、人と人とを分かりあわせることができるかもしれない。
私はこの時、それを唯一の希望にしながら、結婚大行進の中にいました。
二国が総力と言える兵を連れて、関係の気まずい国に行進しているけれど、まあ、歌って踊っているし、攻撃の意思がないのだと、そう伝わってくれると、本気で信じたのです。
もちろんこれは『そこまで感動した』という面もないではないのですけれど、あいかわらず『そうなってほしい』『そうであったらどんなにいいだろう』とうい、いつもの『推測と思い込んでいるだけのただの願望』にしかすぎませんでした。
祖国の軍は直前に精霊国が国家を素通りしていったので、不気味がって、南方の国境に兵を並べておりました。
その兵たちが、駄獣に乗った私とアスィーラを挟むように列をなし歌い踊り笑いながら進んでくる雪・砂の精霊国連合軍を見た時に感じたのは、『恐怖』だったそうです。
精霊国が攻めることになる国家はだいたいこの憂き目に遭うのですが、『おおよそまともに戦う気がなさそうな大量の連中が、大騒ぎしながら、攻めるような感じでなく、しかしどんどん自分たちと距離を詰めてくる』という状況に、祖国もまた、さらされていたのです。
自分がその状況におかれたならば、相手の目的はわからないし、かといって無視もできないし、なにせ戦う感じではないから先制して矢や魔術を射かけていいかもわからないし、さりとて使者を送る感じでもないし、どうしていいかわからず、恐怖のあまり逃げ出すと思います。
しかし祖国は当時の雪の領域にて最強の軍隊を持っておりましたから、さすがにこの状況で戸惑ったままなにもできないということもなく、我らに対し目的をたずねてきたのです。
我らは、というか私は先触れとして『ただの結婚式なので手出ししないでください』というのを遣わしておりますから、これと矛盾する発言をするわけにもいかず、やっぱり『ただの結婚式です』と告げるしかありませんでした。
しかし祖国の視点ですと、ただの結婚式をしてるはずの連中が大軍のままどんどん自国に近づいて来るものですから、どうしても『結婚式だから見逃す』というわけにもいかず、『真の目的』を聞こうとしてきますし、それ以上近づいたなら攻撃すると、そのような宣言もするわけです。
けれど本当にただの結婚式なので『真の目的』などはなく、私がそれとなくアスィーラに『やっぱりこのまま進むのはよろしくないんじゃないか』みたいなことを言っても、彼女はやっぱり「結婚式だぞ」としか言わないので、私も『それはわかるのだけれど』と、半端なうめきをこぼすしかできないのです。
祖国と結婚式大行進の列とが一定の距離まで近付いた時、祖国から先制攻撃がありました。
それはもう本当に無理もないことで、意味不明な連中が歌い踊りながらどんどん迫ってくるわけですから、どこかで攻撃するしかないのです。
けれど、アスィーラや参列客からすれば、この攻撃は『結婚してただけなのに、なぜか攻撃を受けた』という感情を抱くもののようでした。
騒いでいたところに水を差された人々は、『邪魔したやつ』に対して敵意を向けました。
雪の精霊国は弱卒しかおりませんけれど、アスィーラの国は強兵がたくさんおりますから、この『女王の結婚という祝いの席に、いきなり魔術をぶっ放した愚か者ども』への怒りは、相当な威力となり、『愚か者ども』に降りかかったのです。
これに『精霊王を傷つけられそうになった』ということで我が国の兵も呼応しますから、あっというまに人たちは暴徒の群れという正体をあらわし、人数差でもって国境警備に配置されていた兵を押し潰してしまいました。
私は歌と踊りが世界平和を実現できなかったことにため息をつきましたけれど、同時に『ああ、やっぱり』という気持ちも、もちろんありました。
私がアスィーラの提案を止められなかった時点でこうなることはわかっていたのです。
それでも、私は私の『断固』としないことによって問題が起こるなどと考えたくないものですから、ぎりぎりまで、『歌と踊り』なんていうものに可能性を見出すほど、平和に終わる可能性をあきらめてはいなかったわけなのですけれど、まあ、のちに思えば、『案の定』という感じではありました。
こうして、『祖国が結婚式の最中にとつじょ攻撃してきたため』、雪と砂の精霊国は初めて連合軍を成し、これに『反撃』することになりました。
現在伝わっているのはもう、本当に『不当な攻撃に対する精霊国の反撃』という理由で開戦になったという話なのですけれど、この当時から年数経ったとはいえ、ここまで因果関係が歪んで伝わってしまうというのは、おそろしさが過ぎて、こうして思い返しても笑うよりほかにないぐらいなのでした。
けれど、この私も、この当時、最後まで本当になにもできず、愛想笑いをしながらうめいていただけでは、ないのです。
たった一つだけ、私は、はっきりと、『断固』として意見を述べ、それを採用させるべく奮闘したのです。
それは雪と砂の精霊国の軍勢が、私の両親が隠居しているあたりに差し掛かった時のことでした。




