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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第55話 帰る場所

「やはり、女王陛下とあなたは、お似合いだと思っていたよ」


 近衛兵の人はどうにも女王アスィーラが私を夫に選ぶという確信があったようなのですが、私にしてみれば、奴隷と思われている、しかもあきらかに外国人の私を女王陛下が夫に選ぶという、そのありえなさにしばらく混乱しきりなのでした。


 我が国、ようするに私の生まれた祖国の常識に照らし合わせますと、まず王族が『広く、夫候補を探す』などという事態が異例であり、さらに外国人をその候補にすることも異例であれば、氏素性の定かではない、奴隷として捕らわれたであろう、どこの者とも知れない青年を夫に迎えることも、ありえません。


 さらに言えば女王の一言ですべてそのようになり、誰も反対しないなどということも、想像の外でした。


 なのでこの当時の私は、まだきっと、良識ある家臣の誰かが、『さらわれて奴隷にされかけていた外国人など、女王陛下の夫たるにふさわしくない』と進言してくれると思っていたのです。


 ところがそれは『願い』でしかなかったようで、私の想像した『良識ある家臣』は存在せず、それどころか、女王陛下が私の腕をとって各所に『夫だ』と紹介すると、みなニコニコして、『それはようございました。よくお似合いですな』などと、そのように言うのでした。


 この時点の私は奴隷としてさらわれた青年と思われているはずですから、そんな卑しい者を女王陛下と並べて『お似合い』などと、首を落とされてもしかたない無礼な妄言だと、私はそう思うのですけれど……


 あまりの有り得なさに、つい、家臣のいる前で、アスィーラに対して上で考えたようなことを口走ってしまいましたが、それは一瞬だけきょとんとされたあと、アスィーラの楽しそうな笑いを呼ぶという結果にしか、なりませんでした。


 一方で私の発言のあと、あきらかに家臣のほうからひどく緊張した気配が伝わりましたので、この時点でようやく『ああ、この女王のわがままに対して、まともな諫言(かんげん)のできる国ではないのだな』と、あきらめに近い徒労感とともに理解したのを覚えています。


 こうなるといよいよ『あとに退けない』という感じが強くなりますから、私はおびえにおびえて、さすがに先送りと逃亡を好む弱い心しかなくとも、今のうちに真実を告げて、どうにか少しでも取り返しのつくうちに結婚を白紙にしてもらおうと、そのように考えました。


 幸いにも夜にはアスィーラと二人きりの時間がとられたものですから、そこで私は、自分自身の情報をすべて、彼女に告白してしまったのです。


 アスィーラは私の必死のうったえを受けて、くすくすと笑いました。


 これは彼女の最大の魅力と言ってしまっていいかと思いますが、アスィーラは見る者誰もが振り返り、しばらく呆然としてしまうほどの美貌をほこりながら、その動作はどこか幼い少女を思わせるのです。

 そのギャップに多くの者が狂わされ、ますます彼女を神格化し、彼女の決定は神意なのだから口を挟むなどとんでもなく、彼女の言う通りにしていれば万事うまくいくのだと、そのような空気ができあがっているようなのでした。


 しかし私は、この絶対的君主であるアスィーラに、期待もしていました。


 アスィーラは、『美しさで国を治めている』と言っても間違いではありませんけれど、それはけっして『美しさだけで国を治めている』わけではないのです。

 そもそも王の美しさだけで治められるほど、国家運営というのは易しくありません。


 その政治家として理性的な面を私はこの当時、短い時間いっしょにいただけで、すでに察していましたから、きっと必死にうったえれば事情を理解してもらって、悲しいすれ違いと勘違いからこの状況ができているとわかり、私を国に帰してくれるものと、そのように考えていたのです。


 けれど、アスィーラには理性的な為政者の面と、もう一つ、顔があったのです。


「ならん」


 私は精霊王で、国民と三人の妻がある身だから、国に帰してほしいと述べたことに対する返事が、これでした。


 苛烈な女王の面……それが、私の要求に対し、姿を現したのです。


「しかし……」と私は食い下がろうとしますが、アスィーラは紫の瞳をカッと開き、私の首の後ろに手を回すと、その美しい面相を寄せて、耳もとにささやいてくるのです。


「ならん。ならんぞ。帰るなどと、なにを言っている。お前の故郷は、この国だ。お前の墓は、この国に建つのだ。大きな墓を建てよう。供として国民も入れよう。お前はこの国で生まれ、わらわとともに育った。それがお前の半生なのだ」


 なにを言っているんだろうこの人は、と思いました。


 しかし私は一瞬かけて、それが『過去の経歴を捨てろ』という意味の言葉だと理解したのです。

 つまり彼女は、精霊王であった過去も、三人の妻も、民も捨てて、ここで死ねと、そう言っているのでした。


 ああ、この時に奮起し、断固たる態度で彼女の言葉を拒絶し、なんとしても精霊国に帰るのだと、そういう意思を明確にできたならば。


 私はまた、私の人生を誇るタイミングを逸してしまったのです。

 私の人生はこうして勇気と決断力のなさ、いわゆる『断固』とできないことによって、どうしようもなく歪み、ねじれ、負債ばかりが増えていくのでした。


「明日は、幼い日にともに行った市場をたずねよう。……ああ、そうだ、そうだ。我らは、再会したのだ。夫候補を探すという触れを発したのも、お前を捜すためだったのだ」


 そういうカバーストーリーになるようでした。


 アスィーラはなんとしても私を国外に出すつもりがないようで、私はその態度に、シンシアが『お兄様』を語る時や、ルクレツィアが私の使用済みの品を欲しがる時、またオデットが『手入れ』と称して私の面倒を見る時に似た雰囲気を覚え、こわくてすくんでしまったのです。


「ああ、しかし、お前の願いは叶えてやりたいな。精霊国だったか? そこに戻りたいと。気候変動線よりはるか北の国だったな。そうか、そうか。なるほど。うん、ちょうどいいか。よし、そうしよう」


 アスィーラの童女のような笑顔におびえて、私はその言葉の真意を察することができませんでした。


 聞いておけば。

 そして、その真意を必死に止めておけば。

 私はきっと、こんな記録を(したた)めるほどには追い詰められなかったのでしょう。


 あるいはもっと察しがよくて、『偵察に来た国でさらわれ奴隷にされそうになっていると間違われて、婿探し中の女王陛下にみそめられてその夫になってしまった』という状況でも冷静に情報を思い浮かべ、それをつなげることができたなら……


 この国に来る前に大公国王に言われたことを、あらためてここに記します。


 この砂と魔術の国は、私の生まれ故郷の国が陛下崩御(ほうぎょ)により混乱しているのに乗じて、攻め込もうとしている……という話があったのでした。

 それゆえに大公国王は最初、この国に武器か兵力を提供するように述べたのです。


 それはどうにも真実で、アスィーラはたしかに、気候変動線の向こうに攻め入る準備をしていたのです。


 そして私の告白が彼女の軍事目標を修正してしまいました。


 当初、私の生まれ故郷たる国で止まるはずだった軍事行動は、その目標を『精霊国まで』に変更してしまったのです。


 私を、精霊国に立たせるために。


 ……あるいはそれは私の要求を彼女なりの方法で叶えようとしたというわけではなく、きっと、『真相』があったのでしょうけれど……


 少なくとも、私の不用意な正体開示が、我が国を危機にさらしたことには変わりがないのでした。

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