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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第52話 砂漠の宿場町

 国境近くの街までは半日足らずでつくことができます。

 それは『気候変動線』を越えたばかりの人が、厳しい昼夜の温度差を砂漠で過ごさないようにするために出来上がった宿場町なのでした。


 乾いた泥でできた建造物が並ぶその街で、私はまずなにもかもが開放的なのにめまいすら覚えました。

 家には『ドア』がなく、窓も開いているのですがそこになにかがはまっている様子もなく、外から内部が丸見えなのです。

 行き交う人々も日と砂塵を除けるためのマントさえかぶっていればその中はどれほど裸に近くてもいいと思っている様子で、多少は日差しがましなこの街でフードをとってマントの前を開くと、男性などは上半身裸の人も珍しくありませんでした。


 さらに私たちが街に入ったとたんに、あちこちで露天をかまえる売り子たちが大騒ぎで商品を押し売りしようとするし、用件も告げずに慌てた様子で幼い少女が私の手を引くのでなにかと思えば、それはどうにも宿の呼び込みらしく、あやうく知らないうちにチェックインさせられ、法外な金額を請求されかけたりもしました。


 この街の建物も、行き交う人も、商売人たちも、この時点で『ああ、私とは合わないな』と確信したぐらいで、もうここらで帰ってしまいたいという、依然として消えていなかった欲求がふくらんでいくのを感じていました。


 そのうえ、オデットはこのようなことを述べたのです。


「情勢を知りたいなら、酒場に行くべきだろうね」


 酒場!


 私は冒険者稼業をしていた時代もありますから、酒場というものにも、何度か行ったことはあるのです。


 けれどどうにも、あの猥雑で下品で、下世話な話をしなければ浮いてしまうような雰囲気の中、安物の葉巻を吸い吸い、むせそうなほど濃い酒を割らずに飲むのが『格好いい』とされ、一人でいる者を見かけると声をかけながら取り囲み酒をすすめなければならないのだという義務感を抱いた人々が集う感じを、私は大変苦手としていたのです。


 そこで情報収集ということは、『そういう』酔客として振る舞い、私がされて嫌だったように、誰かに酒の一杯でもすすめ、そうして酔っ払ってくだをまく酔漢のごとくしながら、話を聞き出さねばならないのでした。


 私はしかし、この時点である程度の覚悟は、できていました。


 なにせこの旅そのものが私の発案であるし、なによりこの旅の目的は、精霊国の窮状をどうにかできる『儲け口』を見出すためのものなのです。


 王たる私が己の耳目で捉えた情報で、国を救う……それは大変な重圧であり、やはり身の丈に合わないことではあったのですが、仮にできたならば、それこそ、若かりし日にあきらめた『自分の力でなにかを成す』というのが叶うのではないかと、そういう気持ちもあったのです。


 だから歯を食いしばって情報収集に出向こうと思っていたのですが、


「あなたは宿で待っててよ。あたしが行ってくるから」


 オデットがそう言ってくれた瞬間、私の覚悟はどこかへ消え去ってしまいました。

 私はもうこの時点で「そんな、一人で行かせるのは……」などといっしょに行くような意思をにじませつつ、しかし内心では、オデットがこの面倒ごとを全部引き受けてくれるなら、それに任せてしまいたい気持ちだったのです。


「あなたは目立つから」


 そう付け加えられるともう、わずかに残ったなけなしの覚悟さえすっかり消え去ってしまい、私はひどく小狡いことをしている気持ちで「そうか、では、申し訳ないけれど、お願いするよ。本当に、申し訳ないのだけれど」と安堵を悟られないように謝意を示し、別行動をとることとしました。


 宿はオデットがいくつかの候補の中から選んでくれたもので、そこもやはり窓穴があいているだけでガラスもなにもはまっていない、非常に開放感のあるものなのですが、内部にはカーテンがあり、これを閉めればとりあえず外からは見られませんし、宿屋の入り口にドアはなくとも部屋にはドアがあるので、私も比較的安心して休むことができそうでした。


 オデットは店主といくらか会話をしたのち、部屋のドアに簡単な外鍵を設置する許可をもらうと、私を中に入れた後、外鍵を閉めて酒場へと向かいました。


 錠前と鍵を持参していたことにおどろきはしましたが、それよりも私には考えるべきことがあったのです。


 それは、この旅の終着点なのでした。


『砂と魔術の国』を見聞し、可能であれば儲け話を持って帰る。


 しかし我が精霊国にはダンジョン資源以外に満足な資源もありませんし、それは相変わらず大公国を経由してしか貿易ができないようになっています。

 食料はなく、木材もなく、輸出できるほどあるのは氷と雪ぐらいなもので、たとえばここぐらい暑い国なら需要はあるのかもしれませんけれど、それは運ぶうちに溶けますから、とても輸出品にはならないのです。

 民の貴重な食料である魚とイモもまた輸出できるほどの量はありませんし、国土の東西に湾や湖があり、そこから塩を切り出す(凍った湖の水を立方体に切り出して、それを煮詰めて塩をとるのです)ことはできますけれど、これも輸出品として成立するほどではありませんでした。


 だから私はこの国で、『資源も特産品も兵力も、それどころか食料さえない精霊国が、どうにか儲けを出せるような、そういう話』そのもの、あるいはその端緒となる情報を得なければならないのですけれど、それは、想像もつかないのです。


 この当時の私はもちろん、この記録を(したた)めている現在の私でさえ、『そんなうまい話があるものだろうか。あったとして、我々のような情報能力のない国が手に入れられるだろうか』と思ってしまう有様なのでした。


 白状します。


 私は目先の問題から逃亡したいあまり、この、なんら見込みのない旅に身を投じただけなのです。

 具体的な案もなく、また、『精霊の導き』、いわゆる直感、『時節を読む目』によってなんらかの予感を覚え、ここに来たわけでもありません。


 ベッドに横たわってボロボロの天井を見る私は、こうして振り返った私自身がおどろいてしまうほどに、なんの考えもなかったのです。


 計画性もなく、予感もない。ただただ逃げただけの、王。

 民の大事が差し迫っている重圧に耐えかね、そのための決断から逃走し、置き手紙一つで国を出た、王。


 それこそが私の、真実の姿なのです。


 けれど、やはり、私に罰と試練を与える存在としての神や精霊というのは存在するらしく、この時の私の行動もまた、のちの世には『思いつきの、無計画の、逃避行動』などというふうに伝わってはくれなかったのでした。


 その時の私は外鍵が外される『ガチャガチャ』という音を聞いて、オデットが帰ってきたものと思い、まったく油断して来訪者を出迎えてしまったのです。


 ですから、来訪した者がオデットではないとわかった瞬間、なんの反応もできずに捕われ、そのまま無抵抗に連れ去られることになったのでした。


 私はこの国の王都へ移送されることとなりました。


 人生というのは本当にどう転がるかわからないもので、私はこの先で四人目の妻と出会うことになるのですけれど、この時点ではもちろん、なにか知らないあいだに罪を犯してしまって拷問でもされるのではないかという不安に、震えるしかなかったのです。


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