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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第30話 精霊王の結婚

 振り返ってみれば、あるいは第三者的な視点さえあれば簡単にわかることが、『今の自分』にはわからない場合があります。


 考えが足りない、うかつで未熟……そういった評価は甘んじて受け止めるつもりがありますし、誰かに言われたのならば、私は首が壊れたようにうなずきながら、『本当におっしゃる通りで、なぜ、今までその当たり前のことを誰も私に言ってくれなかったのだろう』と感動しながら同意するようにも、思われます。


 しかし、私が誰かに私のうかつさ、未熟さを責められることもなく、私の考えの足りなさに当時、おのずと気付くということも、ありませんでした。


 なのでこれはのちにわかったことを述懐するのですが、この当時、私がシンシアを伴って故国に戻った時点で、世論は『シンシアを第一王妃に選んだのではないか』という方向にほぼ固まっていたのです。


 これが私からして想像も及ばなかったのには理由があり、私は『投票』という、『私の意思が介在しようもないもの』で里帰りのさいに伴う妻を決めたつもりでいました。

 すなわち、そこに私の意思はなく、選ばれた妻が誰であろうと、それを『第一王妃として選んだ』などと、そんなふうに見られるはずがないと、思っていたのです。

 なにせ選んだのは私ではなく、国民なのですから。


 ところが『里帰りに伴う妻を選んでほしい』という投票は、なぜだか国民の中で『第一王妃に望むのは誰か』という意味合いの投票になっていたらしいのです。


 ようするに、忖度(そんたく)なのでした。


 いえ、これはもう、怒りをもって『妄想』と断じてしまっても、いいかもしれません。

 なぜか民たちは私が告げた以上の意味を私の行動に見出そうとするばかりか、自分たちにはとてつもない決定権があり、それは『第一王妃選定』というものにさえ及ぶと、そのように思う悪癖があるようなのでした。


『里帰りに伴う妻を選んでほしい』という言葉は、『里帰りに伴う妻を選んでほしい』という意味なのです。

 そこに『第一王妃を選んでほしい』という意図はみじんもありません。


 しかし、国民たちはなぜか、里帰りに伴った妻が、そのまま第一王妃に内定して、これがほとんど覆らないと、そのように思っているようなのでした。


 しかもこの認識は隣国貴族にまで広がり……この当時、私が故国に来たのに公爵がまったく接触してくれなかった理由にもつながるのですが……故国でもほとんど、シンシアが第一王妃に選ばれたものと、そのような認識が広がっていたのです。


 それでも貴族は民衆よりいくらか理性的なようで、まだ『第一王妃はシンシアに決まっているのでしょう』というようなことを私に述べる者は、一人もいませんでした。


 ところが先にあった両親と私とのやりとりで、これがほとんど決定のように扱われることになってしまったのです。


 当時の私は『なぜ』という憤りにも近い感情を抱くばかりでした。

 しかし今思えば『すでに妻は決まっている』と言う私がシンシアを伴って故国に帰った意味……それに私の知らなかった王妃投票時に形成された世論……

 そういったものがあったうえで『すでに妻は決まっている』という旨を隣国子爵に告げてしまえば、それはもう、同行した女性が第一王妃だと告げているようなものなのでした。


 断じて明言はしていません。そもそも、決定さえ、していません。

 けれど私は『決めている』のでした。両親にそれ以上言葉を重ねてほしくなくて、彼らの言葉をさえぎるにふさわしいものとして告げてしまったうかつな一言が、世論に『裏付け』を与えてしまったのです。


 当時の私は全容を把握しておらず、ただ、『精霊王はシンシアを第一王妃に選んだらしい』という噂のみを耳にしたので、混乱し、言ってもいないことを言ったことにされたことに憤るばかりでした。


 けれど当のシンシアの前で、『その世論は心外だ』という態度を出すわけにもいきません。


 もちろんこれはシンシアの怒りをかいたくない保身からでした。

 そしてその次ぐらいには、シンシアを悲しませるのが忍びないという気持ちもありました。


 忍びない。耐え忍ぶことができない。

 つまり私は、『私の態度、言動で女性を傷つけてしまう』というストレスを避けたいと、そう思ったのです。


 本当にそれだけの、極めて自分本位な考えから、喜ぶシンシアに否定を告げるでも肯定を告げるでもなく、あいまいに微笑んで、意味深にうめいて、そうしてテーブルを挟んでお茶なぞしていたのでした。


 この和やかな茶会のテーブルの下には、『ルクレツィアを選ばなかったことによる公爵の怒り』とか、『アナスタシアを選ばなかったことにより予想される昼神教との関係の悪化』とか、『シンシア第一王妃とのコネクションを狙った夜神教接触』『我が手柄のように増長する冒険者組合』などの、大きな問題がごろごろ転がっています。


 しかし私は美しい白磁のカップにそそがれた紅いお茶をながめるだけで、それら問題からいっさい視線を背けていたのです。


 考えたくもないのでした。問題が大きすぎて、しかも多すぎて、どうしたって私の手にはあまるのです。

 私がなにかを決断し実行しないといけない問題ばかり……『決断』の能力がない私は、それら問題を直視しようとするだけでも疲れ果て、実際にまじめに取り組んだならば問題の重みに殺されてしまうような気さえして、直視できずにいたのでした。


「こちらの国で、正式に結婚式を行われてはいかがか」


 魔術塔の中でもかなりの(くらい)にいると思しき、ほとんどおとぎ話の住人のような長い長い白ヒゲを生やした老人に言われて、それにシンシアが目を輝かせた時、私はまた、私の意思とは無関係に人生の大事なことが決定してしまったのを感じました。


『断固』。


 この力が、私にはなかったのです。

 逃げ道を残さない物言いで、断固として自分の意思を述べることができれば、きっと、今ほどの苦しみとは無縁だったでしょう。

 しかし私は世論というやつに今さら『本当のこと』を告げても黙殺されるであろうというあきらめがありましたし、なにより、常ならぬ笑顔を浮かべて、心の底から私との結婚を楽しみにするようなシンシアの、このかわいらしい顔を曇らせるストレスに耐えきれそうもなかったのです。


 死んでしまいたい。


 生きる苦しみと死後の苦しみは、私の中で常に両天秤に乗せられています。

 普段はこれが均衡、あるいは『死後の苦しみ』のほうがやや重い状態であるために、なんとか惰性で生きているわけですが、『生きる苦しみ』がにわかに重くなってくると、だんだん天秤の傾きが逆になり、死への誘惑が強くなります。


 しかし私は自分で自分の命を絶つ度胸がないのです。


 こういう時に願うのは、流れ弾や、どこかで起きた魔術の暴発などで、偶然、苦しみも痛みもなく死んでしまいたいと、そういうことなのでした。

 たとえば翌日に突然巨竜が攻めてきて、誰か一人生贄に出さねばならぬとあらば、私は喜んで立候補するでしょう。


 誰からも責められない死を、私は祈っているのです。


 それが叶ったことがないというのは、今、こうして手記を(したた)めている事実が証明してしまっているのですが……


 私とシンシアとの正式な結婚式を、魔術塔は仕切りたがっているようでした。

 それもあって、かなり豪華で、そして費用的にも融通の利いた式を提案されたのです。


 これにシンシアがとても乗り気で、提案される演出にいちいちはしゃぎ、私の手を握って、ちらりと上目遣いにこちらを見てくるので、私はもう『彼女が嬉しそうなら、それで万事、いいのではないか』という気にさえなっていたのでした。


 この時点で私が見誤っていたものが三つありました。

 もちろん、もっともっと細かく色々なものを見誤っていたのは言うまでもありませんが、この手記を(したた)めている現在につながりそうな、運命を変えかねない『見誤り』は、三つあった、という意味です。


 一つ、公爵の野望。


 一つ、妻たちの気持ち。


 そして最後の一つが、魔術塔の思惑、なのでした。


 もしも精霊王が今の記憶をもったまま過去に行ったら、次はどんな人生を選ぶのか?

 かつてなにかの式典のさいに、そのような質問をされた記憶があります。


 その時の答えはやはり、耐えきれないほどの脚色と曲解のすえに『精霊王史』に刻まれてしまったわけですが……


 では、この当時、私がもしも現在ぐらいに事態を把握したうえで、同じ状況に立たされた場合、はたしてシンシアとの結婚を『断固として』拒絶し、世論の間違いを訴え、盛り上がる『精霊王と精霊子(せいれいご)の結婚式』を止めようとあがいたでしょうか?


 答えは、『そんなことはしない』なのでした。


 私はやはり、目の前で微笑むシンシアを傷つけたくないあまり……傷つけたすえの報復をおそれるあまり、彼女の機嫌を損なわないような言動を心がけ、同じような苦境に立たされていたことでしょう。


 私が誰かと結婚するのに合わせて必ずなにかの事件が起こるのは、今や『精霊王の結婚』というタイトルで戯曲にもされていますが……


 この時ももちろん、起こりました。


 それは精霊国の後押しをされた、公爵のクーデターというかたちで顕在化したのです。

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