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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第23話 前王アナスタシア

 私の人生は直前に自分が決めたことを後悔することが多く、足元を見たならばそこには、無数の後悔がならされて私の歩む道となっているのです。


 幼い前王の処遇について、私は迷いに迷いました。


 その結果、とりあえず獄にいる前王と対面してみようという、気の迷いが発生してしまったのです。


 どうして、そんなことをしてしまったのか。


 この記録を(したた)めている未来の視点から言えば、もう、顔を見ようと決めた時点で、私がその後にどうするかなど、決まりきっているのでした。


 顔を見てしまった相手を、殺せるわけがないではありませんか。


 それが私の手で首に剣を振り下ろすというわけではなく、玉璽(ぎょくじ)を書類につくというだけだとしても、私のような小心者に、人を殺すことなど、できはしないのです。


 しかも、前王。


 私により王位を簒奪(さんだつ)された少女に、会いにいくのです。


 その気の重さといったら!

 ああ、この時、本当になぜ、『ちょっと顔でも見てみよう』などと思ってしまったのか。


 私が迷い果て、悶絶し、それでも自分一人の意思でなにかを決定せねばならない時、こうしてわけのわからない決断をしてしまうことが、ままあります。


 それはシンシアを家から追放したあの十歳のころから変わらない悪癖なのでした。

 とにかく色々な問題を先延ばしにし、責任を回避したいあまり、『決定』というフェイズのおとずれをどうにか遅くしようと、そればかり考えて行動を決めてしまうのです。


 その結果、私は裁可を求める臣下を玉座の前から追い払うこともできず、かといって処刑を決められず、婚姻も決められず、『少し話してから決めよう』などという、こしゃくな時間稼ぎを思いつき、それにより苦しめられることになるのでした。


 前王は貴人用の牢獄におり、そこは来賓室のように調度品が並び、焚きしめられた香によって、華やかな甘い香りがしました。

 ソファに座ってお茶を嗜んでいた少女は、しっかりとケアされた美しい金髪の持ち主で、私の気配に気づくと青い瞳をこちらに向け、華やかに微笑むのです。


 私と彼女のあいだに格子さえなかったのならば、これから優雅なお茶会でも始まりそうな雰囲気なのでした。


 しかし、私と彼女とは厳格に存在する金属の棒を挟んで対峙しており、彼女のがわにいるメイドも、私のそばに控える兵たちも、なにかあれば、迷いなく彼女を処断する覚悟を持ってそこにいるのでした。


 こちらが息の詰まりそうなほどに緊張しているというのに、囚われた彼女は、あまりに涼やかに微笑んでいて、私は一瞬、どちらがこの城の主であるのか、見失いかけてしまったのです。


「まあ、精霊王。よくお越しくださいました」


 優雅にカーテシーなどしてみせる彼女は、もはや自分が王ではないことをとっくに受け入れている様子でした。


 事情をかんがみれば、それは偽装ではないのでしょう。


 彼女はあくまでも『前王の側近』にかつがれて、私を打倒する旗頭にされただけのようなのです。

 彼女はたしかにその『前王』であるに違いないのですが、過剰に昼神を信仰していた以外は、ほとんど実権もなく、ただ敬虔であるという他には特徴を持っていなかったのです。

 しかもその『敬虔さ』も、こうして精霊信仰の城に囚われていながら、例の使節団の昼神神官のように私をなじるでもなく、穏やかにしていられる程度のものなのでした。


 しかし、彼女は王なのです。


 彼女が昼神教に傾倒していると知った臣民が、進んで彼女のために昼神教以外の信仰を排斥しようとするほどに……

 精霊王を打倒できたならば、再び彼女が玉座に返り咲くことに、誰も疑問をさしはさまないほどに、『王』なのでした。


 生まれが、血筋が、彼女の価値を上げ、死なせるか、それとも王位を簒奪した男の妻にされるかという、残酷な二択をつきつけているのです。


 もう、だめなのでした。


 私は彼女に、自分を重ねてしまったのです。

 自分自身ではなく、親から受け継いだものや、周囲が勝手に作り上げた幻想で、『自分』というものを評価される。

 ままならない運命に翻弄されているだけだというのに、その責任ばかりがついてまわり、なに一つ、自由にならない。


 しかしその状況の中でこうまで優雅に微笑んで見せる彼女は、私にはない強さを持っています。


 私は翻弄されるだけでした。そして、目の前にあることを受け入れられず、先延ばしと責任回避ばかり考えている……


 自分ではなく、彼女こそが王にふさわしいのだと、私はこの時、本気で思ったのです。


 しかし、私の周囲には、私を『精霊王』と慕う者たちがおりましたから、はっきりとこの思いを口にすることもできず、なんともやるせなく、切なく、前王である少女を見てしまうだけなのでした。


「精霊王」


 臣下の一人が急かすように呼びますので、私はまた、うめきました。

 顔を見たのです。言葉も、ほんのあいさつ程度とはいえ、交わしたのです。

 すでにさんざん先送りにしていた、『前王を処刑するか、めとるか』という問題には、どうにもここで答えを出さねばならないらしいことが、周囲の者の視線からうかがえました。


 しかし、私には『決断』という能力が、なかったのです。


「前王アナスタシアよ。そなたは、どうしたい。私の妻となり生き延びるか、それとも、最後まで叛逆(はんぎゃく)的態度を貫いた前王として首を落とされるか」


 処分を、処分される当人にたずねるというのは、なんと残酷で、愚かなのでしょう。


 しかもその問いかけは『人生を捧げるか、命を捧げるか』というものなのです。

 生きて自分を追い落とした男の妻となる屈辱に耐え忍ぶか、あるいは誇りを持って立ち続け、命果てるまで王として振る舞うか、いったい、どちらが……


 私はこの問いかけの答えが返ってこないことを覚悟しました。

 うっかり問いかけてしまったあとで、あまりにも答えにくいことに気付いたという、なんとも間抜けな、後付けの覚悟をしたのです。


 しかし、私が覚悟を決めた一瞬のうちにはもう、前王アナスタシアの意思は固まっていたようでした。


「わたくしを、あなたの妻にしてくださるのですか?」


「それは……だが、君はそれでいいのか? 王位を奪い、君の信じる昼神と一時期は関係がよろしくなかった、邪教である『精霊』を崇める男の、妻だ。その屈辱たるや、いかほどのものか……」


「ご謙遜を。なにを投げ出したとて、あなたの妻になりたい者も、いることでしょう。わたくしがその栄誉にあずかることができるのであれば、どのような屈辱とて、とるに足らぬことです。地上に降臨なさった精霊そのものと言われる美貌(びぼう)(きみ)の妻に……物語のようで、素敵に思います」


 精霊王になってからも、なる前も、私は女性からこのように褒められることが多かったような気がします。

 そのたび私は、美貌の貴公子である父と、宝石にたとえられること限りなかった母の影響を強く感じ、悔しいような、暴れたくなるような、そういう気持ちになるのです。


 私は、両親のことが好きです。

 シンシアにまつわることで思うところはもちろんありますが、あの両親は、私にとってはかけがえのない、素晴らしい親だと、歳を重ねるほどに思われるのです。


 その両親の影響を受けているのは喜ばしくあるべきなのです。


 ……しかし私はこんなふうに、『世間の人が、きっと許さないだろうから』という思いで、自分を幸福と思い込もうとしたり、自分に両親の影響が濃く現れているのを喜ぼうとしてみたりすると、必ずうまくいかないのでした。


 世間の人が『そうであるべき』と思う感情と、私の主観とは、かなりの差異があるのです。


 幸福を幸福と感じられない申し訳なさに苦しみ、人の笑う場面でもなぜみなが笑っているのかわからず、人が涙を流す時などは、突然泣かれたことにびっくりし、一生懸命に頭を働かせてその理由を割り出して、それらしい表情を偽装するというようなことばかりしてきたのです。


 世間の人に共感できそうもありません。


 私はやはり、小心で、醜い本性をしているのでしょう。

 自分の手で得たもの以外、なにも信じることができないのです。そうして、私の手は、なにかを得られるほど、強くないのです。


 もしもこの場に私とアナスタシアだけであれば、きっと私は、『君が賞賛したものは、すべて、私とは無関係なんだ。本来の私は、君の知らない醜さを持つ、卑怯でねじくれた生き物なんだ』と訴えていたことでしょう。


 しかしそう訴える機会は与えられませんでした。


 おそらく、永遠に与えられないのだと、思います。


「改めまして、精霊王の妻にしていただけるのであれば、なにを差し出してもかまいません。どうぞ、ふつつかな若輩者でございますが、末長くよろしくお願いいたします」


 こうして私は四人目の妻をめとることになってしまいました。


 自分でそうなるような道を選んだにもかかわらず、この時も、この記録を(したた)めている今も、なにかの見えざる手でそうなるように運ばれたような、なんとも他人事の感が付きまとっています。


 自分の言動の責任をとるのをおそれるあまり、私はとうとう、自分自身を他人のように捉える境地にいたっているのでした。

 なんとも情けなく、醜く……『精霊王』と乖離するあまり、誰にも信じてもらえないその性分こそが、私の本性に他ならないのでした。

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