第22話 前王の処遇
私の人生はすべての行動が裏目に出ており、どの因果をたどっても最終的には私の自業自得というものに落ち着くように思われます。
盛大な結婚式は準備にさらにふたつほど月を必要とし、ルクレツィアと私だけの披露宴は、ルクレツィア、シンシア、オデット三名と私との披露宴へとなりました。
もともと前国王の宗教締め上げによる監視社会化と、その後に起こった精霊王による王位簒奪によって貧していた国民は、こうして生まれた精霊王披露宴雇用によって、ある程度の潤いを取り戻したようでした。
その財源は隣国公爵であり、私はただただ、保身のために、私の命脈を握りかねない三名の女性が相互に監視し合う状況を生み出しただけなのです。
しかもそれは最初からそう企図していたというわけではなく……むしろ深謀遠慮だか『精霊の導き』だかでそういう計画を抱いていたならずいぶんましだったのでしょうけれど、真実はそのように救いのあるものではなく、ただの偶然なのでした。
しかし世間ではこれを『精霊王のおかげで仕事ができたし、隣国にも伝手ができて、生活が楽になった。さすがは精霊王だ』などと受け止め、『我らの精霊王』などと、もてはやすのです。
その喜びの声を聞くたび、『真実の私の姿は、そのように策謀を巡らせてもおらず、民のために行動したわけでもないのだ』と訴えたくなるのですが、この訴えは謙遜とみなされ、ますます精霊王の評判は上がり、どんどんふくらんでいく虚飾に私は耐えきれず、将来的にこうして独白を認めるはめになるのでした。
こうして素直に評判が上がったのは、昼神教との関係改善も大きな理由の一つだったでしょう。
この時期になると昼神教と私との関係は、目立った争いもなく、絶縁状態というほどでもない、というように落ち着いていました。
シンシアの活動のおかげで、精霊信仰が一気に台頭したのが原因でした。
『写し目の魔女シンシア』は時代の寵児であり、彼女はその才覚と実力で多くの不可能を可能にしていたのです。
その彼女が冒険前に精霊に祈るということをしているうちに、冒険者たちの中でそれが習慣化し、『冒険者組合』という組織がすっかり精霊信仰を大々的に表明していい場になったと、そういうわけなのでした。
結果として冒険者組合は『昼の神殿』『夜の魔術塔』と並び立つ『精霊信仰』の組織とみなされるようになってしまい、冒険者たちが危険な依頼に挑む前には私の城に向けて祈りを捧げるということまで始めてしまって、もはや私にはどうすることもできず、精霊信仰は広がってしまっているのでした。
ただしここでも保身のために一言添えるのであれば、もともと、冒険者組合は精霊信仰と相性のいい組織であり、組合の中にはたくさんの『隠れ精霊信者』がいたことも、当時の宗教事情と無関係ではないのでしょう。
もともと、オデットに連れられて初めて入った精霊信仰の隠し礼拝堂には、冒険者も多くいたわけですし……
ともあれ冒険者組合という巨大組織を相手に昼の神殿もいつまでも意地を張っていられなくなり、私は『許す』という言葉を告げられてはいませんが、なんだか許されたような状態になったと、そういうわけなのでした。
世間での精霊王の評価が上がれば上がるほど、私はいつか民たちの期待に背いたと思われた時の反動がおそろしくてたまらなくなります。
私は本来、城の禁書庫で誰とも会わずにただ静かに禁書の管理をして禄を食むような、そういう目立たない場所の似合う性分なのです。
誰かの視線というものがおそろしく、向けられる数が増えるほど同じ数の切っ先を向けられているような心地がするのです。
しかも『国』というものが私の眠るベッドに綿のごとく敷き詰められており、そのすべてが私を喜んで支えるという状況であると考えると、なにかで私が彼らの期待する『私』ではないと発覚した時には、その報復もまたおそろしいものになるという確信があるのでした。
玉座について謁見を求める者の話を聞いている時などは、頭の上に細い細い糸に吊られた鋭い剣があるかのような心地で、視線一つ向けられただけで切れてしまいそうなその糸にどうにか人の目が向かないよう、私は彼らの気に入る顔をし、心地よい言葉で応じるということを、命懸けでしなければならないのです。
平穏。
思えばそれをずっと求めていたような気がします。
問題のない人生。心安らぐ人生。毎日ただ生きて、将来に不安がなく、自分の実力で維持できているのだと信じられる分相応の人生を、私はずっと、求めていたのです。
しかしそれは、気付けばもう、ずっとずっと遠い場所にあるように思えました。
きっと責任を避け、努力を避けて生きてきた報いなのでしょう。
私は目の前の問題が自分の手にあまるのでどうにかこれを回避しようと立ち回ってきたつもりでいますが、その立ち回りこそが、私の首をしめつけ、今ではもうこの喉の苦しみは私の人生そのものとなっているのでした。
苦しい。
三人の美しい妻を持ち、彼女たちに慕われ、民からは『我らが精霊王』と呼ばれ、冒険者組合というおそるべき巨大組織を背後に持ち、故郷である国ともうまくやり、子爵という立場から王にまでのぼりつめた存在。
傍目に見ればきっと、私は苦しいなどと訴えることを許されないほど幸運なのだと思います。いえ、間違いなく、幸運にほかならないのです。
だというのに渦中にいる私は、夜に横になった時に不意に息が止まって目覚めるほど、毎日を生きた心地もせず過ごしている……
ことここにいたっても、私がこの苦しみの中で思うのは、『誰か、助けてくれ』なのでした。
自助努力をせず、問題を先送りにし、いわゆる『自活』の力を持たなかったことが多くの問題の原因だと認識してなお、私は誰かが救いをもたらしてくれるのを待つだけなのです。
けれどこれは、しかたのないことなのではないかとも、思うのです。
私の目の前には山のように問題が積まれており、私が新しく直面する問題というのは、常にその山より高いものばかりなのです。もはやここにいたって、私ごときが問題をどうにかできるとは、思えないのです。
過ぎたる困難は、人からやる気を奪うものだと、私などは、思うのですけれど。
「精霊王、捕らえた前王はどうなさいますか?」
ある日臣下にたずねられ、私は苦悶のうめきを漏らしました。
それは私の意見を求めているわけではないのです。すでに前王の処刑は確定しており、その日取りや演出について、裁可を求められているだけなのです。
しかし私は、優柔不断と怠惰のせいでここまでさまざまな問題を引き起こしてなお、自分の手で人の生き死にを決めることに、おびえていました。
重いのです。
すべての命は間違いなく私より価値があるのですから、それをこんな、なんだか知らないうちに精霊王などと呼ばれるようになって、指先にすぎたる力がこもってしまうようになった私などが決定してしまうのが、おそろしくてたまらないのです。
だから私は常にうめいて、あやふやにして、お得意の『問題の先送り』をしていたわけなのですが、それもどうやら、そろそろ限界のようでした。
『前王の処遇』についてたずねる臣下は、私がはっきりものを言わないのにあきれて出ていくこともなく、じっとそこに立って回答を求めているのでした。
「どうにか、ならないか」
私は王らしい威厳がにじむように願ってそう述べるのですが、そこにはいかにも情けない、二十になるにしては幼い男の声があるだけなのです。
臣下はぴくりとも表情を動かさずに応じます。
「それは、助命なさりたいということでしょうか」
「いや、それが王位を簒奪した者として正しくないのは、私……余とて、わかっているのだが、しかし、前王というのは……」
「で、あれば、一つ妙案がございますが」
「……聞こう」
「ご結婚なさってはいかがでしょう」
臣下の答えは、なんとなく察していました。
なにせ前王というのは、まだまだシンシアより歳下の少女なのでした。
これを助命するには、私が後見人として立つしかないのです。
それも『ただ、後見人になる』というだけでは、国民感情というやつが、納得しません。
『前王を降し、妻にした』という事実が政治的に必要であり、また、精霊信仰国になってしまっている都合上、『昼神の敬虔な信徒であった少女を、精霊信仰者にした』と喧伝するためにも、私の妻としておく必要が、やはり、あるのでした。
しかしすでに三人を妻に迎えている状況であり……この時代、王侯貴族とはいえ、『妻』を複数めとるのは、あまり普通とは言えないことでした。
私の両親などがシンシアにつらくあたっていたのにも、このあたりに理由があります。
貴族は基本的に『一子』であることが望ましいとされていました。
もちろん貴族は家をつないでいかねばなりませんから、もしも『一子』がだめだった場合に備える必要はありますし、そのために同格の家から複数の女性を妻として迎えるなどという時期も、たしかにありました。
しかしそのせいで相続争いが発生し、ひどく王侯貴族が弱体化し、いくつもの家が絶えることになった歴史から、今の王侯貴族は一夫一妻が常識とされていたのです。
仮に『一子』が早世したり、あるいは極度に無能だった時などは、どこからともなく次の『一子』が出てきて、『一子』と同じ名を名乗るというようなことになっています。
つまりは対外的には一夫一妻であり、子も一人のみというのが貴族的な通例で、堂々と『三人を妻に』などと表明するのは、愚かとされていたのでした。
三人をめとるというだけでも、かなりの反発が……特にルクレツィアの父である公爵から、かなりの反発がありました。
それはルクレツィアがどうにか説得してくれたらしいのですが、ここからさらに四人目の妻をとなれば、いったん沈静化した不満が再び噴出することになりかねません。
しかし、幼き前王を妻としないのならば、処刑でもしなければ、示しがつきません。
私はまたしても、自分の力でどうしていいのか決めかねる苦境に立たされていたのです。
こうして思い返して認めているだけでも、当時の苦悩がありありと思い出されて、逃げ出したくなります。
しかしこういう時に私をどこかに連れ出してくれていたオデットはすでに妻としており、シンシアやルクレツィアにその隠密行動を監視されており、さすがに動ける状態にありません。
ですから私は、自分で決めねばならないのです。
生かすか、殺すか。
あまりにも重い、おそらく、王となって初めて、自分で決めねばならないこと、なのでした。




