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クズとヤンデレの建国記(仮)  作者: 稲荷竜
本編

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第16話 街角にて

 思えば達成感というものを覚えた経験に乏しい人生でした。


 それはもちろん、『なんでも最初からうまくできて、あらゆる問題に確実に正答できた』などという、そんな馬鹿な意味ではないのです。


 私の前にはあらゆるものが難題として立ち塞がり、それに対抗する気力も、気力なしでやすやすと正答できる才覚もありませんでした。


 多くの難題から逃げて、逃げて、逃げ続けて、そのたびに背後から迫り来る圧力を増やし、人生というものを捨ててしまいたい心地が日に日に強くなるのですけれど、人生のうちには逃げるわけにもいかず、取り組まねばならない問題もあったのです。


 そういった問題に取り組み、あまりの難しさに腐り、怒りさえ覚えながら、ようやく達成できた時に私が感じるのは、いつでも徒労感と虚無感でした。


 思えば、すべて、『余分』なのです。


 私は『なにかをしたい』と思うことがありませんでした。

 生きている理由も、意義も、なにもかもを持たずに生まれてきてしまったのです。


 ただ、死の前にある痛みと苦しみに怯え、周囲の人から裏切り者扱いされ報復を受けるのをおそれ、神や精霊などに死後罰を与えられるのをおそれるあまり、自分で自分の命を絶つこともできないから、しかたなく生きているような心地なのでした。


 その私にとってたまに立ち塞がる難題はすべて『穏やかな暮らし』という目的の前の邪魔者、余分で必要ないものでしかなく、邪魔者を取り除くためにした苦労によって充実感やら達成感やらはわかず、難題を解いたあとの私はいつも『ようやく、終わってくれた』という、強いて前向きに言うならば『安堵感』のようなものしか、なかったのです。


 私たちは最期と思って街を回りました。


 オデットは私を部屋に閉じ込めて外に出さないようにするぐらい用心深い性分ではありましたが、もう、今日が人生の最期の日なのだと思っているからか、普段の、笑っていてもスキのない様子ではなく、初めて見る、村娘のような、はしゃいだ足取りが印象的でした。


 街をめぐるうちに、私が発見したのは、クレープの屋台です。


 もちろん故郷とは風土もなにもかも違うものですから、あの時に食べたクレープと同じ味であるはずがないとは、わかっていました。

 それでも私は、そこにかつてオデットに紹介されて初めて食べたクレープの思い出があるものと思って、その屋台に寄ってみようと呼びかけました。


 するとオデットは、私が死を持ちかけた時よりおどろいた様子で、こんなふうに言うのです。


「ようやく、あたしに『したいこと』を言ってくれたんだね」


 私は、オデットになにかを要求したことがないのでした。


 もちろん、欲求はあります。したいことは、皆無ではないのです。

 しかし私の欲求というものは、普段ぼんやりと部屋に閉じこもっている時には、あることに気付けないのでした。

 欲求をわきあがらせるなにかを発見した時だけ、ふっと心に浮かぶもので、いざなにもない時に『なにかしたいことはある?』などと問いかけられても、困ってしまって、答えられないのが申し訳なくなり、焦って、にやにや笑うしかできないのです。


 なによりも、私は衣食住のすべてをオデットの世話になっている身です。

 さすがにこの立場で彼女になにかを要求するほど図々しくもなれず、というより、要求してそれに応えられることがおそろしく、私はいつだって、無欲なふりをして黙り込み、愛想笑いなど浮かべて、うまいともまずいとも言わないまま、彼女に世話されるまま食事し、身を清め、眠るだけだったのでした。


 不意にオデットにこう言われたことで、私は普段の自分のあまりにも気の小さいことや、彼女になにかを要求するのをおそれていることまで見抜かれたような気持ちになり、恥ずかしさのあまり顔を赤くしました。


 私は心を言い当てられるのをおそれているのです。

 それは私の心に、とても人様にお見せできない、醜いものがあるからなのでした。


 妹の『お兄様』や、世の人の『精霊王』など、過剰に賞賛され真実がわかってもらえないことに苦しんでいるくせに、真実を理解されても、それはそれで羞恥に打ち震えるのです。


 本当にどうしようもない自分の性分を言い当てられて、私がとった行動は、やはり逃避なのでした。


 とはいえ、ほんの少し、時間を欲しただけなのです。


 少しお手洗いへ行きたいと述べ、彼女の前から逃げました。


 私は街の公衆便所というものを、不衛生で、しかも同性とはいえ男性器を堂々とさらす無神経さになじめず(この時代の公衆便所は、街の裏手にそのように使われている広場があるというだけで、現代のように整備されてはいませんでした。公衆衛生施設の整備については、私が私の意思で精霊王として行った唯一の、そして絶対の偉業として、私の小さな自尊心を支えています)、利用するのを差し控えたいと考えていました。


 また、貴族ならぬ民というのは魔力に乏しい者がほとんどで、貴族であればちょっと【洗浄】でもかければ綺麗になるところを、わざわざ水洗いしたり、拭き掃除したりしなければなりません。

 平民をメイドとして雇っている貴族などは、そういう『平民が苦労している様子』を味わい深く感じる者もあるようですが、私の家はメイドも貴族で、清掃などに魔術を用いることが多かったので、こういう不衛生さは苦手でした。

 とはいえ、生ごみなどは【洗浄】でもどうにもならず、だからこそ『家で一番汚い場所』として、あそこにシンシアが置かれていたのかもしれません。


 ともかく私は『公衆便所』という施設を利用しないようにつとめていたわけで、そこはきっと、オデットも理解していたのでしょう。


 てきとうな路地裏で、寒々しい空気が、羞恥で熱くなったほおのほてりを冷やしてくれるのを、待ちました。


 そうして私は、いつのまにか取り囲まれていたのです。


『精霊王』に仕える家臣に?

 はたまた昼神教の、私をどうにかして罰しようとする戦士団に?

 あるいはこれまで友好的とも敵対的とも表明しなかった夜神教こと魔術塔の面々に?


 どれも、違いました。


 私を包囲していたのは、ルクレツィアと公爵の私兵だったのです。


 すでに関係性がほとんど切れていたはずの彼女が、極寒の街で公爵兵を率いて、私との再会を果たしたのでした。

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