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7.意外に疲れる私のサークル活動

大学の冬休みは少しだけ長い。


年末は家の大掃除やお節料理作りの手伝いをし、大晦日にはお蕎麦を食べて、年越しして直ぐに近くの神社にお詣りに行った。神社で振る舞われる甘酒を飲んでいると帰省してきている友人と偶然会った。そこで親しい友人だけのプチ同窓会をしようと約束して帰宅する。そしていつもより少し遅い時間に就寝した。


元旦は家族皆で寝坊する。そして朝昼兼用のご飯を頂く。お雑煮とお節料理。


そんな緩くのんびりとしたお正月を過ごして、約束していたプチ同窓会もした。大学の友人に比べたらまだ接しやすく壁が低い。基本笑顔を浮かべてニコニコとしている私だけれど、昔からの付き合いだという安心感からか笑い声が大きいかもしれないと感じた。私のこの性格もよく理解してくれていると思うからこそだ。


世間の義務教育の始業式が始まった頃、まだ冬休み中の大学生の私は五十嵐さんと約束した久能山に、平日に行くことになった。


久能山までは五十嵐さんが車を出してくれると言って、東静岡駅で待ち合わせをした。

大学の美術科の先生方は車にも個性が出ていて、外車やデザインにこだわっている車に乗っていたりするけれど、五十嵐さんはよく見掛けるコンパクトカーだった。でも色が深みのある緑で、駅のロータリーに停め車から降りて立って待っている姿は雑誌の撮影かと思うくらいマッチしていて格好良かった。イケメンは立っているだけで絵になる。


車に乗せて貰い走り出す。車内では年末年始どう過ごしていたかと話した。毎年代わり映えのしない緩い日々を披露し、広がりのないネタですみませんと心で思う。


五十嵐さんは実家に帰省していたそうで、お土産を買ってきてくれた。スイートポテトだった。どこにも行っていない私は何も渡せるものがなく、申し訳ないなぁと感じながらも、地元スイーツを買ってきてくれるなんて五十嵐さんらしいなと思った。


「そう言えばひなのちゃんは免許持ってるの?」


「持ってないです」


「取らないの?」


「就職するまでには取ろうとは思ってます」


通勤で車を使う人は結構いる。今住んでいる家はバス停まで五分くらいだけれど、そんなに本数が多いわけではない。必要になってから取るより時間のある学生のうちに取っておいた方が良いだろうとは思う。



年始は平日でも久能山の参拝客が多く、駐車場は混んでいた。それでも空きを見つけられて車を停めることが出来た。


久し振りに来る久能山の石段。寒い筈なのにいつの間にか汗が滲み出し、ダウンコートの前ファスナーを開けて少しだけクールダウン。


「……はぁ、こんなに、辛かったっけ?」


意外にも登る気マンマンだった五十嵐さんの方が先に音を上げ始めていた。


「まだまだですよ」


「……ひなのちゃん、余裕そうだね」


「そんなこともないですけど。でもまだ頑張れますよ」


「運動部だったの?」


「一応バスケ部でした」


「登りたくなさそうだったから、はぁ、文化部だと思ってた」


「まあ、美術科って、美術部だと思われがちですよね」


「……分かる。でも、結構運動部多いよね」


「五十嵐さんは、何部でしたか?」


ふぅと、五十嵐さんが足を動かしながら息を大きく吐く。しんどそうなのに話を振ってしまって悪かったかなと、チラリとみやる。そんな私の横を、登り慣れた様子でスポーツウェアに身を包んだ年配の方が追い抜いていく。


「俺、サッカー部だったんだけど、これしきで辛いとは、トシか……運動不足か……」


予想を裏切らないサッカー部。きっとモテたことだろう。


「運動……しないとな……」


後半は私もゼエゼエしながら何とか登りきった。足の怠さを感じて明日筋肉痛になったら嫌だなと思う。

でも振り返って久能山の頂上から見る眺めは最高だった。天気が良かったので、空も海も綺麗な青が広がっていた。何度か登って何度か見たことのある景色でも、やっぱり綺麗だった。


東照宮のお詣りをして今度は富士山を眺めながらロープウェイに乗り、日本平に着くとお目当てのお茶たい焼きを食べる。次いでにみかんジュースも飲んだ。汗をかいた体に染み渡るようだった。


(今日は静岡満喫コースだな。私、静岡市民だけど)


いかにもガイドブックに載ってそうなコースだ、なんて考えながら階段を登って疲れた体を休めていた。


「あれ?五十嵐?」


五十嵐さんの名を呼ばれて声のする方を振り返ると、二歳くらいの小さい女の子を抱っこしている男の人がいた。


「木村じゃん!何?家族サービス?」


男の人の隣には女の人もいた。奥さんなのだろうか。五十嵐さんが女の人にも「どうも」と挨拶している。


「そんなとこ。お前は?デートか?」


確かに、男女が二人でいたらデートに見えても仕方がない。相手が地味な私で申し訳ない。


「サークルだ。スイーツ巡りに付き合ってもらってる」


「サークル?なんだそれ。相変わらずの甘党なんだな」


どうやら五十嵐さんのスイーツ好きはご友人の中でも有名らしい。


ご友人の方と視線が合ったので、ペコリと頭を軽く下げた。


「俺、大学の時の友人の木村って言います。東静岡駅の近くでダイニングバーやってるんで、良かったら来てくださいね」


五十嵐さんに負けない愛想の良い営業スマイルだった。


「営業かよ」


「営業だ。貸し切りも出来るんで相談してね」


「ちゃっかりしてんな」


「お前も家から近いんだからたまには来いよ。なんだったら今日来い」


「急だな」


「冬限定スイーツでティラミスがあるぞ」


「よし行くか」


ええー!切り替え早い!


木村さんは思わず吹き出している。きっと心の中でチョロいなとか思っていそう。


「ひなのちゃんはどうする?一緒に行く?」


五十嵐さんのフットワークの軽さに驚いていたら私にも振られ更に驚く。


「夜……ですよね?」


いつも五十嵐さんとはランチ込みはあったけれど、スイーツを食べた後夕飯前には帰宅していた。夜までは初めてで誘われたことに驚いて少し戸惑う。


「食事代は奢るから。ティラミスも楽しみだけど、木村の店のアヒージョ美味しいんだよ。それとも夜は家に帰った方が良い?」


「いえ、連絡さえすれば大丈夫だと思います」


「じゃあ、是非おいで~!五十嵐が奢ってくれるって言ってるし。一人でも多い方が売上げが、ねぇ」


「それが本心か」


木村さんはそういうのを隠さない人らしい。逆に気持ちが良い。


「じゃあ、お言葉に甘えて」


「まいど~!」


「サービスしろよ」


「そうだな。ひなのちゃんは何が好き?」


すごい。もうひなのちゃん呼び。そう言えば五十嵐さんも直ぐにひなのちゃん呼びしてたな。類は友を呼ぶなのかしら。


「……えっと、アヒージョ?、を食べたことがないので食べてみたいです」


「了解!じゃあお店で待ってるから。またな~!」


木村さんはそう言ってご家族とカフェから出ていった。お子さんがかなり眠そうに木村さんに身を委ねていたので、お昼寝の時間なのかもしれない。


「お子さん、可愛かったですね。パパのことが大好きそうにベッタリしてましたね」


「女の子はパパが好きな子多いよな。羨ましい」


羨ましい、という言葉に少し驚く。つまり、自分はそうでは無いということなのだろうか。聞いても良いだろうか。聞くならベストなタイミングな気がする。


「……五十嵐さんのお子さんは、男の子なんですか?」


「そう。六歳の男の子」


「六歳!?」


えっ!

今、二十九歳だから、つまり……二十三歳で子どもが生まれたのか。大学を卒業して直ぐではないだろうか。思っていたよりお子さんが大きくて、驚いて声が大きくなってしまった。


「春から小学生。びっくりだよね~」


ええ、とても吃驚しています。

春から小学生のお子さんがいる方には、とてもじゃないが見えない。


でもそれ以上私は聞くことが出来ず、黙ってしまった。お子さんの話って、どんなことを聞いたら当たり障り無いのかとかが全く分からない。ましてや離婚されて一緒に暮らしていないのだから、どこまでお子さんのことを知っているのかも不明なのだ。何か聞いてはいけないことを聞いてしまいそうで、みかんジュースの最後をズズッと飲み干して、言葉も全て飲み込んで無言になった。


「木村のお店、開店までまだ時間あるね~。その間どうしよっか?どっか行く?車だし三保の松原までドライブする?それとも、動物園か、県美か。どこか行きたいとこある?」


私の沈黙に気を遣ってか、話題をさらりと変えてくださった。


県立美術館は今何か展覧会してたかな。もしかしたらちょうど合間で何もやってないかもしれない。

でも動物園を回る程の体力は残っていない。何せまだこれから久能山の階段を降りなくてはいけない。

ドライブが一番楽だけれど、海岸はきっと風が強いだろうな。


「そうですね。五十嵐さんに行きたいところが無いのなら県美が良いです」


「いいよ、県美に行こう」


いつもの爽やかな笑顔で返された。

もしかしたらこの笑顔は、感情を隠す為に五十嵐さんが身に付けた武器なのかもしれない、なんて、ふと感じた。



それから久能山を降りて再び車に乗り、県美に行った。やっぱり何も展覧会はやってなかったけれど、常設展をゆっくり見た。


見終わるとなかなかに良い時間だったので、車に乗りお店に向かうことに。五十嵐さんのお店からは歩いて十分も掛からないそうで、一度五十嵐さんの自宅のマンションに車を停めに行き、そこから歩いて行った。外は暗くなり冷たい風が寒かったけれど、木村さんのお店に入ると暖かく、五十嵐さんの眼鏡がくもる程だった。


カウンターの奥の席に案内され、メニューを見る。


「何飲む?」


バイトの人もいるけれど、五十嵐さんだからかカウンター越しに木村さんが接客をしてくれる。


「俺、生」


「えっと……ウーロン茶」


「お酒じゃなくて良いの?」


「ひなのちゃん、まだ二十歳以下」


「えっ!そうなの!?お前、十代に手出したのか!?」


木村さんが盛大に驚いている。


「だからさぁ、昼間言ったじゃん。サークルだって。一緒にスイーツ巡りをしてくれる友人だよ、友人」


私は五十嵐さんにとっても友人のようだ。この間学科の友人に五十嵐さんを友達だと言ってしまったのは勝手だったかなと思ったけれど、お互い同じ認識だったようで一安心。


「二十歳以下って、いくつ……?」


木村さんが何だかとても顔色を悪くして確認してくる。私、お店に来たのまずかったかな。


「十九ですけど……」


こちらもハラハラしながら答えてしまう。


「ああ~良かった!十八歳未満だったら対応考えなきゃかなって思っちゃったじゃん」


「大袈裟な」


「馬鹿言え!もし万が一があったら俺の首が飛ぶ!雇われ店長だぞ!」


「是非おいでって言ってたヤツが」


「知らなかったんだから仕方ないだろ。ひなのちゃん、今日はアルコールは絶対駄目だけど、二十歳になったらご贔屓に!」


「現金なヤツ」


思わずクスリと笑ってしまった。木村さんは本当に本心を隠さない正直な人なんだ。



そして前評判通り、木村さんが作ってくださったアヒージョが本当に美味しかった。


「美味しいです」


「でしょー。使ってるアンチョビが旨いんだよな」


「あとは俺の腕」


「自画自賛かよ」


アンチョビが何なのか私にはさっぱり分からないけれど、本当に美味しい。聞くのがちょっと恥ずかしいから家に帰ったら検索してみよう。


「なんか、ひなのちゃんはのんべえになりそうだな」


「え?そ、そうですか?」


「俺的統計では塩味の料理が好きな人は酒好き」


「二十歳になったら試そう」


「二十歳のお祝いは是非このお店で」


「ちゃっかりしてんな」


「ひなのちゃんの誕生日は?」


「五月です」


「早期予約を受け付けました」


「図々しいな」


どうやら五十嵐さんが二十歳のお祝いをここでしてくださるようだ。


いいのかな……?




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