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6.カミングアウトに驚く私

クリスマス・イブ当日。


お昼ご飯は食べずにおいでと言われ、お腹を空かせてリーフギャラリーに行った。

ギャラリーもクリスマスの装飾が施され、腰丈位の白色のクリスマスツリーが入り口に飾られていた。ツリーにはシルバーのオーナメントが飾られ、遠目からだとツリーが白色の壁に同化していた。色を主張せず、飾っている作品を際立たせる為だろうか。


少しドキドキしながらガラスで出来た扉を開いて中に入ると、オーナーさんが直ぐに私に気がついて「いらっしゃい」と声を掛けてくれた。


「外寒かったよね。奥にどうぞ」


「ありがとうございます。お邪魔します」


奥の部屋に通され入ると、なんと赤井先生がいた。


「ああ、神永さん」


「こ、こんにちは」


五十嵐さんから何も聞いていなかったので驚いた。一気に心拍数が上がる。

他にも何人かいて皆の視線が私に集まる。

知らない人ばかりのところで知っている先生がいて安心出来ればいいのに、私は寧ろ緊張してしまった。何故なら怖く厳しい赤井先生だからだ。


そして五十嵐さんは見当たらなかった。


(え~……こんなところで一人とか、心細いんですけど……)


オーナーさんが、来てる人殆どが作家さんだよ、と教えてくれた。


そうか。このギャラリーで個展を開いたり作品を取り扱ったりしている作家さんを呼んでいるんだ。

私、完全に場違いではないか……。

何か粗相をして赤井先生に呆れられないかと不安になる。余計なことは言わずに取り敢えず黙ってニコニコしていよう。


「学生さん?」


少し年配の女性の方に声を掛けられたので「はい」とだけ答える。


「うちの学生ですよ」


赤井先生が代わりに答えてくれる。


「神永さんはオーナーと知り合いなの?」


「えっと……」


知り合いと言う程でもない。赤井先生の問いに何と答えたら良いのだろう。


「彼女は五十嵐くんに誘われて来てくれたんですよ」


返答に困っていた私に助け船を出してくれたのはオーナーさん。有難い。


「へー、そう。五十嵐くんと仲良いんだね。その五十嵐くんはまだ来てないね」


「彼のこだわりのシュトーレンを買いに行ってるから遅れているのかもしれません」


「ああ、昨年も食べましたよね!あのシュトーレン美味しかったですもんね。また食べられるなんて嬉しいなぁ」


スイーツ好きの五十嵐さんおすすめのシュトーレンなんだな。ちょっと楽しみ。

でも出来れば早く来て欲しい。緊張で余所行きの笑顔を作っている顔ががひきつりそう。オーナーさんのおかげで皆さんの和の中に入れたけれど、とてもじゃないが会話の中には入れそうもない。


「神永さんはここで個展を開いたことは無いの?」


会話の中に入れそうもないなんて思ってたのに、女性の方に話を振られてしまった。


「無いです。私なんて、個展が出来る程上手くないので。それにまだ学生ですし」


「そうなの?」


「学生でもここは貸してもらえるよ?神永さんの先輩の中にも個展やグループ展をしている人がいるしね」


「そうなんですか?」


赤井先生が教えてくれたが、学生のうちからそんなに積極的に活動されてる人がいるんだ。


「確か五十嵐くんも学生時代からやってたよ」


なるほど。学生時代から既に画家として活動していたんだろうか。


「学生さんなら割引するから、いつでもお待ちしております」


ニコニコとオーナーが笑顔で営業してくる。

しかし残念ながら作品を披露する程の自信は持てないし、クオリティーも無い。そもそも画家になりたいという希望も無い。ただ、美術が好きなだけ。それだけで美術科に入った。教育学部だけれど先生になりたい訳でもない。


完全に夢迷子。



「お待たせしましたー!」


元気な声がギャラリーに入って来た。

振り向くと五十嵐さんのご登場だった。


「すっごい並んでたんですよ!完全予約制だから受け取るだけなのに、激混みで時間が掛かってしまいました!遅くなってすみません」


今日も爽やかな笑顔。外は冬らしい冷たい風が吹いているけれど、五十嵐さんの笑顔は五月晴れのような清々しさ。


オーナーさんにお礼を言われながら紙袋を渡して、爽やかな笑顔をキープしたまま皆さんと挨拶を交わしている。相変わらずの社交性の高さに少し羨ましくなる。


「ひなのちゃん。誘っておいて遅くてごめんね」


「いえ。大丈夫です」


全然大丈夫では無かったけれど。「そうですよ、遅いですよ」なんて言えるわけがない。


「揃ったね。早速乾杯しようよ。美味しいシャンパンを持ってきたんだよ~」


女性の作家さんが両手にボトルを持って見せてくださる。お酒好きなのだろうか。


「神永さんはまだ二十歳じゃない?」


「はい」


「ひなのちゃん、ジュースとお茶があるよ」


「お茶、頂きます」


五十嵐さんが飲み物を持ってきてくれる。そしてオーナーさんと一緒に皆さんにシャンパンを注いだりと動きまわっている。社会人っぽい序列を感じて、一番年下は私なのだから私が動き回るのが普通なのかもしれないからと「手伝います」と言っても「座ってて良いよ」と言われてしまった。そしてちょこんと元に戻って座るしかなかった。完全にお客さんだ。


恐縮しながらも皆さんに混じって乾杯をして、準備されていた料理をつまんだ。絶対家では食べないピンチョスとか、キッシュとか、唐揚げやソーセージにハーブが入っていたりとか、色んな種類のチーズがあったりと、並んでいる料理がお洒落だった。


(大人のパーティーだ)


友達とスナック菓子をパーティー開けしてつまんだ高校生の頃を思い出して、大人の階段を登っているのか、ただ場違いなところに迷い込んだだけなのかと一人考えてしまった。


作家の皆さんの話を聞いていると、何の話か分からないことも多かったが、海外旅行や留学していた話はとても楽しかった。知らない土地の人や風景、様々な文化や習慣、各地の遺跡や美術館に博物館と、色々なものに触れることで感じたことや思いを作品で表現しているのだろう。


私も海外旅行に行ってみたいと素直に思った。


いろいろつまんでお腹も膨らんでいたところに、デザートと言ってシュトーレンを貰った。


「……美味しいです!」


「でしょー!ここのシュトーレン美味しいんだよ!」


シュトーレンを初めて食べたので他のお店がどんなものか分からないけれど、しっとりしたバター風味の生地にナッツやドライフルーツが練り込まれていてとても美味しかった。さすが五十嵐さんが選ぶスイーツは美味しい。



私はほとんど聞き役だったけれど、あっという間に時間が過ぎていった。


「俺、そろそろ失礼します」


外から入ってくる太陽の光の向きが変わって、日が短いこの季節の日が沈むより少し早い時間に、誰より早く五十嵐さんがそう言った。


「ああ、そっか。これから行くんだね」


「ええ。最後まで居られなくてすみません」


この後用事があるのか。恋人はいないようだけど、社交性の高い人だし、他にも誘われているのかもしれない。


五十嵐さんが帰ってしまったら私も心細い。便乗しようか。


「久し振りに会うんでしょ?楽しんでね~」


「そうですね」


「クリスマスプレゼントは買ってあるの?」


「これから一緒に選んで買います」


クリスマスプレゼント?遠距離恋愛の彼女でもいたのだろうか?

キョトンとして話を聞いていたら五十嵐さんがそんな私に気づいて「ああ」と言った。


「言って無かったね。俺、子どもいるの」


「えっ!そうなんですか!?」


驚きすぎて今日一大きな声が出てしまったかもしれない。慌てて口を押さえた。


「ついでにバツイチ」


全然知らなかった。

ここにいる作家さん達やオーナーは知っているようだ。こうやってパーティーを途中で抜けるのは毎年のことなのかもしれない。


「ひなのちゃんはどうする?まだいる?この人達その内バーとか行くよ」


「!!、そうなんですか」


「だからほどほどで退散しておいた方が良いよ」


「えー!何か失礼じゃない、五十嵐くん。私達何もしないよー!」


「同じ話をずっと聞かされたりとか、愚痴聞かされたりとか……」


「それは否定出来ないー!」


「ほらね。酔っぱらいには気をつけて」


「酔ってないよ」


「鏡で自分の顔を見てください」


やり取りを見ていて帰るのが無難だと思った。心細いと思っていたし。


「じゃあ、暗くなる前に帰ろうと思います」


酔っ払った作家さんに「えー、帰っちゃうの?」「寂しい」とか言われたけれど、愛想笑いをして五十嵐さんとギャラリーを出た。「またねー!」なんて言われたけれど、私なんかがまた会う機会なんてあるのだろうかと疑問に思ったりもした。



クリスマス・イブの夕方の街中は、昼間よりも人が増えているように感じた。何処からかクリスマスソングが流れている。寄り添った恋人達が通り過ぎていく。


「私、駅じゃなくてバス停の方が近いのでここで失礼します」


「そうなの?じゃあ、サークルなんだけどさ、次は年明けにこの間言ってた久能山登ろうよ」


「……はい」


「頑張ろうね~」


登るんだ……と思ったけれどいつも二つ返事で了承していたから今日もOKしてしまった。


また連絡する約束をして「良いお年を」と言って別れた。



一人バス停まで歩きながら、五十嵐さんがバツイチで子どももいると言っていたことを思い出していた。


確か二十九歳だと言っていた。いつ結婚していつ離婚したのだろう。あんなに人が良さそうなのに、離婚原因は何だったのだろう。子どもはいくつだろう。一人?

一見自由気ままな独身貴族にも見えるけれど、養育費とか払っているのだろうか。

恋人が居ないのは離婚で懲りてるからとか?


いろいろと気になってしまうけれど、次会った時にあれこれと聞いてしまったら迷惑だろうか。

私だったら……触れて欲しくないと思うかもしれない。


作家として生計を立てられていて成功している様に思っていた。でもあの爽やかな笑顔の裏には苦悩や苦労があって、決して順調な人生ではないのかもしれないと思った。

そもそも順調な人生なんて無いのかもしれない。

今日出会った作家さんも、赤井先生も、オーナーも、何かしら抱えているだろうし、過去にも抱えていたことだろう。


道をすれ違った人も、楽しそうにしている恋人達も、きっとそれは同じなのだろう。



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