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5.意外に気楽な私のサークル活動

「イチゴパフェか、チョコバナナパフェか、フルーツパフェか……」


メニューとにらめっこしているイケメンが目の前にいる。真剣な表情で悩んでいる姿が様になっているけれど、悩みの元は、パフェ。


「ひなのちゃん、何にするの?」


「私は抹茶パフェにします」


「抹茶好きだね~。今度抹茶専門店に行こうよ。パスタにも抹茶が練り込まれてるらしいよ」


「わぁ……食べてみたいかも」


「俺、どうしようかな~。やっぱ、王道にイチゴかな」


何故王道がイチゴなのかは分からないけれど、五十嵐さんは基本的にそのお店一番の人気メニューを選ぶことが多い。そして私は抹茶に惹かれて選ぶことが多い。


謎であり不思議な二人でのスイーツ巡りが始まって一ヶ月が経った。今日で五回目。週末に行くこともあれば、人気で平日でないと入れないようなお店には大学の授業後にも行った。私もこんな活動にかなり慣れてきたところだ。

"蒼"さんのことも"五十嵐さん"と呼ぶようになった。年上の方を名前で呼ぶのに抵抗があったから。


メニューも無事に決まりオーダーをする。

料理が来るまで他愛のない話をする。私は話題探しは苦手だけれど、五十嵐さんはいつも私が全く困らない程に話題を見つけて話してくれる。


「新しい家庭教師のバイトは?」


「今週から始まりました」


「奢るよって言ったのに律儀だよね」


「そこはちゃんとしたいんです」


もともと家庭教師のバイトは春から一件だけやっていた。でもこのスイーツ巡りが始まり、全てを奢ってもらうのは気が引けてしまい、家庭教師のバイトを増やしたのだ。こういう時S大の教育学部という肩書きは強く、家庭教師先は直ぐに決まった。


「新しい家庭教師先はどんな子なの?」


「中学二年生の女の子です。志望校が私の出身校なんです」


「へー。現時点では入れそうなの?」


「文系教科は得意みたいで問題ないようですけど、数学は頑張らないとって感じです」


「前から教えてた子は中学三年生だっけ?」


「はい」


「受験じゃん」


「年明けたら受験です。推薦受けるって言ってて、多分、それで受かる気がします」


「そうなの?優秀だねー」


季節は師走。静岡は暖かいけれど冬はそれなりに寒い。たまに他県から電車で移動して来て静岡駅に降り立った瞬間の生温く感じる空気で、やっぱり静岡って暖かいんだなぁと思うけれど、普段ずっとここで暮らしていれば比べようもないので寒いものは寒いのだ。それに海が近いからか風が強く吹くこともあり、体感温度は実際の気温よりも下がる。


バイトの話をつらつらとしていたらパフェが来た。外は寒くともカフェの中は暖房で暖かい。冷たいアイスクリームが乗っていてもへっちゃら。


五十嵐さんはスマホでパフェを撮影する。SNSに載せる為では無く、イラストの参考にするそうだ。五十嵐さんの描くスイーツは、フルーツは艶やかでクリームは甘そうでスポンジはふんわりしていて本当に美味しそうなのだ。

私も真似して写真を撮ってイラストを描いてみたけれど、偽物感が半端なかった。思わず食べたくなるような美味しそうなイラストには程遠かった。練習すれば上達するだろうかと、毎回帰宅しては食べたスイーツを描いてみてはいるけれど、今のところ上達は見られない。


写真を撮ったら実食。ひんやりとしたガラスの器やアイスから冷気がフワッと立ち上っている。同じく冷たいロングスプーンで抹茶アイスをすくって食べたらとっても冷たくて、温かい口の中で溶けていきながら濃厚な抹茶の香りと味が広がっていく。


「美味しい」


冬のアイスクリームってどうしてこんなに美味しいのだろう。寒さに耐えるために体が喜んで乳脂肪分を取り込もうとするからだろうか。


「うまっ!イチゴの酸味がまた良い!」


お互いに味の感想を好きに言い合いながら食べる手は止めない。お腹いっぱいで食べられないは無い。特に決めている訳では無いのにお互いに朝から食事を軽めに控えコンディションを整えて来ているのだ。私は太りたくないという気持ちもあり、自己流のカロリーコントロールをしている。


ガラスの器の底まで綺麗に平らげてご馳走さまをする。


「ねえ、次のサークルなんだけどさ」


私より先に食べ終えた五十嵐さんが、私が食べ終わるのを見て話し掛けてきた。


このスイーツ巡りは初日に五十嵐さんが「スイーツ巡りサークル」と命名したことでサークルと呼び合っていた。サークルと言いながら二人だけだけど。これから人数が増えるのだろうかと頭の隅で思ったけれど、今のところ増える気配はない。多分、二人の方が予定を合わせやすいので今後も二人な気がする。


「はい」


今度はどこだろうかと五十嵐さんに視線を向ける。さっき言っていた抹茶専門店だろうか。

お店のチョイスはいつも五十嵐さんだ。行ってみたかったお店が沢山あったようで、毎回サークルの最後に次回のお店を提案され、迷ったり次どこ行こうかと聞かれたことがない。次ここに行きたいという案に私は全て二つ返事で了承してきた。


「もうじきクリスマスでしょ。シンボルロードのリーフギャラリーでクリスマスパーティーをするんだ。オーナーに毎年誘われてて。それにひなのちゃんもおいでよ。美味しいシュトーレンが食べられるよ」


「リーフギャラリーでクリスマスパーティーですか?」


リーフギャラリーは五十嵐さんの作品と初めて出会った場所であり、このサークルを結成するにあたり五十嵐さんという人の信用をオーナーが保証してくださったギャラリーだ。そこのクリスマスパーティーに誘われるくらい五十嵐さんとオーナーは仲が良いのだろうか。


「イブの日なんだけど、何か予定ある?友達とか……あれ?そう言えば彼氏いたっけ?」


今更聞きますか。


「彼氏はいません。友達とも予定はありません」


「そっか。彼氏出来たら教えてね。寂しいけどこのサークルは解散するからさ」


そういうところ、真面目なんだな。


「私地味なので出来ないと思います。出会いもないですし」


「大学なんて出会いばっかじゃん」


「学科は男子少ないですし、部活もサークルも入ってないですから」


「他の学科と授業一緒に受けてるでしょ?」


「美術科ってだけで勝手に変人扱いされますから」


「……なんか、分かる。まあ、実際皆ちょっと変わってるしね」


学科の先輩なだけありよくご存知で。


「じゃあギャラリーのクリスマスパーティーにおいでよ。特に何も持ってこなくて手ぶらで来て大丈夫だから」


「はい。じゃあ伺わせて頂きます」


次回のサークルの日程も決まり、お会計を済ませてカフェを出る。外は空気が冷たく、暖房のきいた部屋から出ると余計に寒く感じる。


五十嵐さんと駅まで並んで歩いていく。

町はクリスマスの装飾がされ、様々なショップの店頭にはクリスマス仕様のディスプレイがされている。そして年末のセールが始まり、あちこちに「sale」の文字が見られる。


「ひなのちゃんって家庭教師のバイト以外はしたことないの?」


「ありますよ。いちご娘やりました」


「え!そうなの!?いちご娘って久能山のいちご狩りのお店の呼び込みするやつだよね?」


「そうです。知り合いに頼まれて春休みだけやりました」


「意外」


「そうですね。頼まれなかったらやらなかったと思います」


五十嵐さんは私が人付き合いがあまり得意ではないことをすっかり理解してくれているので、積極性が必要な呼び込みのバイトをしていたことに驚いた様子だ。


「久能山のいちごスイーツ美味しいよね。プリンとかパフェとか」


「私は日本平のお茶たい焼きが好きです」


「渋いな。でもうまそうだ。今度そこも行ってみようか。久能山も登ろうよ」


「え。登るんですか。日本平側からロープウェイで行きましょうよ」


「なんだ、若いのに楽しようとして。苦労の先に美味しいスイーツが待ってる方が良いだろ?」


「小さい頃からもう何度も登ってますから」


「俺、一回しかない」


「五十嵐さんは静岡出身じゃないんですか?」


「そうだよ。こう見えて東京」


こう見えてと言うけれど、イケメン振りからは結構納得してしまう。いわゆる、垢抜けているというやつかな。


「都会ですね」


「八王子だけど」


「八王子は都会じゃないんですか?」


「多摩地域では都会だけど、23区からは田舎扱いされる」


田舎と言ってもここよりは都会な気がする。


「八王子のおすすめスイーツは?」


「沢山あるけど、高尾山のチーズタルト美味しいよ。季節限定で抹茶味もあるぞ」


「食べてみたいです。高尾山……って、山……ですよね?」


「山だ。……やっぱり、田舎だな」



駅についてまた、と言って別れた。

私はバス。五十嵐さんは東静岡駅近くに住んでいるそうなので電車だ。


五十嵐さんとは些細な会話でも比較的気楽に話せ、楽しくも思う。話上手だからだろうか。


友達とは違って嫌われないだろうかとか、和から外れないだろうかといった気を遣わなくて済む。二人だけというのも気が楽だ。全ての言葉が自分に向けられているから、他の友人の発言を待たなくて良い。私はグループでいると言葉を発するタイミングが分からなくなるから、いつも楽な聞き役に回ってしまう。


それになにより優しい。思ったことは言うタイプだけれど、棘がない。だから影で笑っているかもしれないという不安もないし、言葉や表情の裏を勘繰ってしまうこともない。


歳の離れた異性だからなのか。

この人だからなのか。


不思議な人だ。



◇◇◇



「もう冬休みだねー」


今日も教室で学科の皆とお昼を食べていた。

学食は混むのであまり行かない。お弁当を持ってくるか購買部で買っている。


「実家帰るの?」


「クリスマス過ぎたら帰るよ」


「私は地元に彼氏がいるから冬休みに入ったら直ぐに帰る」


「私は年末年始もバイトだよー」


「バイト先の人と付き合い始めたんじゃなかった?」


「そう!でも二人してバイトだよー」


皆がそれぞれ好きに話す。だから今日も私は聞き役。


「クリスマスイブ予定無い人一緒に過ごして~!さみしい~!」


「バイト終わりで良ければ私空いてるよ」


「私もぼっち会入れてー!」


気軽に誘って、気軽に話に乗って。トントン拍子に進んでいく。そのスピード感に今日も凄いなぁと思いながら聞いていた。


「ひなのちゃんはぼっち会来る?」


優等生タイプのしのちゃんは聞き役になっていた私にもちゃんと聞いてくる。


「私は予定があって」


「え!彼氏出来た?」


「えっ!そうなの!?」


皆がしのちゃんの言葉に反応して私を見る。視線が集まりビクッとして緊張する。


「ち、違うよ!彼氏じゃないよ……」


彼氏じゃない。

何て言うんだろう。サークル仲間?


五十嵐さんとのスイーツ巡りについては誰にも話していない。だからサークル仲間なんて言ったら大学のサークルだと誤解されそうだ。それに何のサークルだとか詳しくあれこれ聞かれそうでちょっと面倒。


何て言おう。歳の離れた……


「と、友達と、約束があって」


勝手に友達扱いしてごめんなさいと、心の中で謝る。


「なんだ、そっか」


彼氏でないと分かって皆の私への興味は薄れたようだ。その後の会話には特に参加することもなく、和を乱さないように適当に相槌を打って皆と同じタイミングで笑っていた。


今日もいつもと同じ大学生活。




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