13.私とは真逆の性格
今日のサークルは清水までフレンチトーストを食べに来ていた。厚切りのパンにしっかりと卵液が漬かり、その上にアイスクリームがのっていて、メイプルシロップの甘さと香りが良い。
「美味しいです!」
「でしょー!」
いつもは五十嵐さんが行ってみたいお店に行っていたけれど、今日は五十嵐さんおすすめのお店に来ていた。
「スタジアムに行くときよく寄るんだよね」
清水にはスタジアムがあって、サッカーやラグビーの試合が行われている。
「サッカーの試合はよく見に行くんですか?」
「年に一回は必ず行くよ」
「五十嵐さんご自身もサッカーをするんですか?」
「最近は全然やってない。たまに翠人とやるけど、ボールを転がす程度。真面目に教えようとすると嫌がるんだよね」
翠人くんが文句を言っているのを想像してふふっと笑ってしまう。
「楽しくやりたいから、きついのは嫌なんだって」
「子どもは大人の思い通りにならなそうですね」
「全然ならない。サッカー上手い方が女の子にモテるよって言ってもダメだった」
「五十嵐さんはサッカー上手くてモテてたんですか?」
「そこそこね」
謙遜もなく言えちゃうのがさすが。
イケメンでサッカーも上手くて爽やかな笑顔に明るい性格なら、相当モテていたことだろう。私が高校生の頃、スポーツが得意でイケメンな男子は学年に一人はいて、その人にはファンクラブ的なものがあった。きっと五十嵐さんもそんなタイプの人だったんだろうなと思った。
地味で目立つ子達のグループの陰になっていた私とは全然違う。もしも高校生の頃に出会っていたのなら、見向きもされなかったかもしれない。同じクラスになっても会話すらしないで卒業していたかもしれない。
こんなもしも話をしたところで何にもならないのは分かっているけれど、今出会えたからこそこうしてお近づきになれたのだろうな。
フレンチトーストを食べ終わり、スタジアムがある公園に行こうかという話になった。今日も五十嵐さんが車を出してくれたので、お店から公園までの坂道を車で向かう。今日は何も試合がないので駐車場も空きがあり、公園の駐車場に車を停め、食後の運動と言って公園内を散策した。
桜の木が沢山植えられており、数週間もすれば開花してこの公園も花見客で賑わうだろう。
今日は初春の温かい陽気で天気も良い。富士山も綺麗に見えた。
「もう春だな」
「3月になりましたからね」
「今年も雪降らなかったな」
「降りましたよ!?ちょっと降りましたよ!」
五十嵐さんの言葉に驚いて勢いを込めて否定する。
「みぞれみたいなやつでしょ?雨にちょっと混じってただけの。雪と言わないでしょ」
「でも静岡の平野部は滅多に降りませんから、その程度でも雪が降ったと嬉しくなるのです」
「静岡人の雪降ったときの喜びようって凄いよね」
……何だろうか。少し馬鹿にされてる気分です。
「そうですね。五十嵐さんは嬉しくなりませんか?東京もそんなに降りませんよね?」
「いやいや!八王子は都心部よりも降るし積もるよ。東京で雪予報になれば必ずと言っていいくらい八王子駅でテレビ中継されるからね」
「そうなんですか?情報番組は地元テレビ局の番組を観ることが多いので知りませんでした」
「こんなこと言うと雪国の人に甘いって言われるかもだけど、雪降ると面倒なんだよねぇ。電車やバスが止まったり遅延したり、学校のグラウンドの雪掻きやらされたり」
「雪掻きなんて生まれてこの方一度も経験がありません」
「俺も静岡来てからやってないもんな」
暖かい春の陽気の中、憧れの雪の話をしながら公園内を歩いた。公園内には遊具やアスレチックもあり、上着を脱いだ元気な子ども達が楽しそうに声を上げて遊んでいる。
私も体を動かすのは好きだったから、公園にはよく連れてきて貰っていた。この公園もおそらく来たことがある。幼い頃なので記憶が曖昧だけれど、見覚えがあった。懐かしいなぁと思いながら元気な子ども達を見ながら歩いていたら、一人の子がこちらに走ってきた。
「パパー!」
ん?パパ?
「えっ!!何で翠人!?」
えっ……えっ!えー!
こちらの驚きなんてお構い無く、翠人くんが走って五十嵐さんに抱きついた。
「やっぱりパパだった!」
「何だ、お前も来てたのか」
五十嵐さんが翠人くんの目線に合わせてしゃがんで話す。
まだ未就学児の翠人くんが一人でここには来ないだろう。と、言うことは……。
「ちょっとー!翠人ー!」
翠人くんの後を追って走ってくる女性がいる。
「急に走って行かないでよ!心配するでしょ……あら、蒼?」
近くに来てはっきりと顔が見えた。美人な人。
もしかしなくてもおそらくきっと。
顔がびっくりな程翠人くんに似ている。
五十嵐さんを見ていたかと思ったら私に視線が向けられる。
「なに!?蒼、デートしてたの?邪魔しちゃったかな!」
「……おい」
「えー!可愛い子だねー!それに若くない!?」
距離を詰められたので反射的に一歩後退ってしまった。アップでも綺麗な人だ。そして、とても元気な感じの人だ。
「アイスクリームのおねえちゃん」
まさか翠人くんが私を覚えてくれているとは思わず吃驚しながらもちょっと嬉しい。
「アイスクリーム?この間ピンチヒッターしてもらった時に食べに行ったって言うアイスクリームのこと?」
「翠人とそん時に店で偶然会ったの」
「そしてナンパしたの?」
「違うわ!ちゃんと説明聞けよ!」
五十嵐さんが凄くからかわれている。新鮮だ。
元奥さんはゆりさんと言うらしい。
ゆりさんにはスイーツ巡りを一緒にしているサークル仲間だと説明をした。「サークル?蒼は学生じゃないでしょ?」と突っ込みを入れられながら。
翠人くんは大人の話に付き合うのはつまらないようで、直ぐに五十嵐さんの手を引っ張って遊具の方へ行ってしまった。そして必然的に私とゆりさんがその場に残されてしまった。
私が気まずさに内心慌てていると、ゆりさんに「座っておしゃべりでも!」と誘導されるままベンチに移動した。
おしゃべりって、何を話したらいいのかも分からないけど……なんていう私の不安とは反対に、ゆりさんから次から次へと質問攻めにあった。
「学生?」
「はい。S大の一年です」
「一年生!?若い!学部は?」
「教育学部です。五十嵐さんと同じ美術科です」
「そうなの!じゃあ私とも一緒だ!」
「五十嵐さんと同じ学科の同い年って聞いています」
「そうそう!後輩ちゃんなんだね!蒼とはいつ知り合ったの?」
学科の友人達にはまだ何も話せていないのに、ゆりさんからの質問攻めには抗えない私。
全てを見透かすような真っ直ぐで力強い瞳に、どこか既視感を感じる。
「秋頃です。五十嵐さんの個展を見に行って、それから縁あって一緒にスイーツ食べてます」
「甘いの好きだもんね、蒼。そのくせ太らないから嫌みなヤツよ」
ゆりさんはかなりズバズバと言うタイプのよう。離婚しているとは言え二人の仲の良さが分かる。けれど、ゆりさんがこんな感じでサバサバしていて遺恨を残さなそうだから仲が良いのかもしれないとも思う。
「付き合ってはないの?」
「ないです!ないです!」
ゆりさんには聞きづらいことは何も無いのかもしれない。否定している私の方が恐縮してしまう。
「そうなんだぁ……」
「……」
……何だろうか。物凄く含みのある言い方。そして物言いたげな顔。
バレた?私の気持ち、バレてる!?
冷や汗が出てきてしまう。
「ちょっと付き合ってるのを期待しちゃった」
「……そう、なんですか?」
期待とは?五十嵐さんに恋人が出来て欲しいという意味だろうか。
「私の我が儘で離婚したようなもんだし、蒼には幸せになってもらいたいのよ。離婚の話は聞いたことある?」
「聞きました。五十嵐さんは、ゆりさんに対して罪悪感があるようことを言ってました」
「あはは。私もちょっと責めちゃったからね、それが良くなくてそう思わせちゃったかな」
不思議だ。二人ともお互いを責めることを言わない。益々離婚したのが不思議に思えてならない。時間が経っているからそう思い合えるのだろうか。
「……ゆりさんは、五十嵐さんとやり直したいとか考えないんですか?」
聞いていいのか分からなかったけれど、ゆりさんには聞ける気がして聞いてしまった。二人がまたくっついたら……私はどうするだろう。翠人くんのことを考えたら、両親が仲良く一緒にいる方が良いだろう。私は?笑顔で「おめでとうございます」と言えるのだろうか。
「ないない!」
吃驚するくらいあっさり否定された。
「今さら無いよ!今くらいの距離感が丁度良い!一緒に暮らしたらきっとまた喧嘩の日々で即離婚だね」
……そういうものなのだろうか。
「それに蒼って結構性欲強いしさぁ!」
ぐっと吹いてしまいそうになるのを堪えた。
「子ども産んでから私やりたくなくなっちゃって。今は恋愛も面倒で、翠人と仕事で十分なの」
本当にゆりさんはズバズバと言う。免疫の少ない私は苦笑いを浮かべるしかない。
「ひなのちゃん、気をつけてね。蒼の近くにいたら襲われちゃうかもよ」
……ええ、もう経験済みですとは言えない。引き続き苦笑いをしておいた。
「付き合ってないにしろ、ひなのちゃんのことは可愛がってるんだね」
「……良くしてもらっています」
「ずっと女っ気が無かったからさ。一度木村くんに女の子を紹介してもらったらしいんだけど、直ぐに別れちゃったんだよね」
「そうなんですね」
初めて聞く話だ。この間木村さんのお店に行った時には聞かなかった。
「セックスした時に彼女の香水の匂いが受け付けなくて萎えちゃったらしいよ」
ぐっと吹いてしまうのを堪えた。二度目だ。
ゆりさんは何故その話を知っているのだろう……。五十嵐さんが話したのだろうか。木村さんから聞いたのだろうか。お二人は本当に性別を越えた親友のような間柄なのかな……。
ここまで明け透けに言えちゃうって、凄いなと思う。
そう言えば五十嵐さんとやってしまったあの日、夜中に起きた時に無意識に匂いを嗅がれたのを思い出す。特に何も拒否反応を持たれなかったから、私の匂いは嫌な匂いじゃなかったということだろうか……。
「ふふっ。ひなのちゃん、恥ずかしがり屋さんなんだね。顔赤いよ」
指摘されて余計に顔が熱くなるのが分かった。
そしてゆりさんの笑顔は美しかった。何故だか安心する。こんな人が担任の先生だったら嬉しかっただろうな。決してこれまで出会った先生方が嫌だった訳では無いが。
ゆりさんと話せば話すほど私とは全然違う性格の人だなと思う。五十嵐さんの好みのタイプがゆりさんなら、私には可能性が無いかもしれないと、少し悲しい気持ちになった。
◇◇◇
「ひなのちゃんって、例の人とよく会ってるよね」
学科の友達と、四年生と大学院二年生の卒業作品展を見に来た後、近くのファミレスでランチの時間。皆でのおしゃべり中にふと話を振られた。
「週一くらいは」
「そんなに頻繁に会ってて付き合ってはないの?」
「……うん」
「会って何してるの?」
「甘いものが好きな人だからスイーツ巡りをしてて」
「スイーツ巡りだけ?」
「この間は公園も行った」
「バレンタインのチョコを渡した時にイルミネーションを見たって言ってなかった?」
「うん」
「他にもどこかに行ったことあるの?」
「久能山登ったり、美術館に行ったりしたけど」
「普通にデートをしているように見えるんだけど、付き合ってないの?」
「……うん」
「「「ええー!」」」
皆が声を揃えて驚くけれど、そんなにおかしいだろうか。
「好きでもない人とそんなにデートしないよね?」
「グループで出掛けるとかなら分かるけど二人でしょ?」
「相手からアピールの様な素振りはないの?」
「ひなのちゃんが見逃してるとかじゃないの?」
立て続けに聞かれて戸惑う。
「ええ~っと、ど、どうかな……」
少なくとも私には何も感じない。良くしてくれているとは思うけれど、あくまで好意的であって、それ以上ではない気がする。
「あれじゃない?もうじきホワイトデーじゃん。告白、あるかもよ!」
はっ!?こ、告白!!
「ない!ない!ない!」
両手を振って全力で否定する。
だって私はゆりさんと全然違う性格だ。おそらく好みのタイプとは真逆。
それにもし仮に好意的以上ならば、セックスをしてしまった時に既に告白されていてもおかしくはない。あの時は謝られたんだから、その気がなかったということだ。
「わかんないじゃん!」
「そーそー!あるかもしんないよ!」
友人達のニヤニヤ顔に目を背ける。
私は何も言えなくなってしまった。




