Ⅰ−2
そんなこんなで気づけば十年が経ち、魔法学園の三期生になっていた。
「マリア、気分でも悪い?」
「あ……イエ、大丈夫ですわ」
魔法学園の入学式が終わったあとの教室で、少し落ち込んだ様子のマリアに声をかけてみるけれど、まぁもちろんその通りなんて答えるハズもなく。
沈んでいる原因は知っている。
今年入学してきた中に悪役令嬢の天敵である、いわゆるヒロインがいるからだ。
イヤ、天敵かどうかは知らないし、マリアのこの感じだと会いたくはなさそう。
「……え?リンク様、なぜここにいらっしゃるのです?」
「うん?一緒に講堂から教室に戻ってきたのに覚えてない?」
「え?ぅえ?あれ?イベントは?」
たぶん混乱して頭の中をフル回転させているんだろうけど、僕以外が聞くとわからない単語がめちゃくちゃ出てる。
彼女もマンガの中での異世界転生者だから、この世界では通じない言葉を使って慌てる姿を度々見た。
「イベント?」
わかっているけれど、首を傾げて聞いてみる。
「ダメですわ!早く講堂に戻りましょう!」
「え?なんで?」
「なんでって、ヒロ……あ、イエ、なんでもありませんわ。ですが、一緒に講堂に戻りましょう?」
今、ヒロインって言いかけた。
言うのをやめたのは、自らフラグを折ろうとしたことに気づいたからだろう。
まぁ、僕が知っているなんて、もちろんマリアは知らないことだし。
そもそも出会ってから僕がマンガとは違う行動を取っていることに気づいているのかいないのか。
「また戻って何する……あぁ、妹に挨拶しに行くのか」
マンガではチラッとしか出てこない妹だけど、その存在感は抜群で。
読んでいた時はヒロインがヒロインのハズなのに、存在が霞むくらいのヒロインと同級生である妹だと思った。
「え、あ、そうですわ、リシェル様にご挨拶に伺わなくては」
「今朝も普通に会ったんだけど」
「私はお会いしておりません」
「まぁ、そうだけど。わざわざ会いに行かなくても」
本来ならば僕は今ここにはおらず、講堂で入学式の終わった妹と話をしているところで、ヒロインがその近くでヒトの多さに酔って倒れるというイベントが発生しているハズ。
そしてそこが第一の分岐ルート。
なのだけど、もちろん僕はそのルートの先が何パターンあるのかも知らないし、実はこの先のヒロインとのイベント発生の時に絡むであろう他の攻略者も把握していない。
イヤ、だって、実はこのマンガ、少し登場人物が多くて現状覚えているのはインパクトの強かった数人しか名前も記憶にない。
マリアに引っ張られ講堂に向かっていると、何やら少し騒がしい。
あぁ、これはヒロインが倒れたのかな。
「……間に合わなかったか」
聞こえたけど、聞こえていない。
マリアは時々、前世の自分に戻る時がある。
すぐにわかる、意外と口が悪いから。
本人は気づいていないし、そういう時はほとんど小声だから周りも気づかない。
「あれ?リンク、戻ってきたの?」
この妹は僕を兄扱いしない。
悪気があってではないことはわかっているから、兄だからと言って名前で呼ぶなとは言わないし、今さら呼ばれても逆に気持ち悪い。
「イヤ、マリアに連れてこられただけ」
「マリアさん、お久しぶりです」
おい、実の兄を押しのけるな。
「リシェル様、この度はご入学おめでとうございます」
呑気に挨拶を交わしているけど、状況的にはそんなことよりもって感じなんだけど。
別に僕は助けに行かないしいいんだけどさ。
薄情者とかじゃなくて、もうすでに教師達が介抱しているからであって。
とりあえず、この状況はまだ知っているから回避もできるけど、この先は何があるんだろう。
僕的にはヒロインにわざわざ会わなくていいし、マリアがいればいいんだけど。
「マリア、そろそろ教室に戻ろう」
「……そうですわね」
残念そうな顔をするのはイベントを発生させることができなかったことではない。
ただただ妹と話をすることができなくなったからだ。
どれだけウチの妹スキなんですか?
婚約者としてめちゃくちゃ複雑な心境。
そんな僕達を見て妹はニヤニヤ笑っているし。
「何」
「イーエー、何も」
ニヤニヤ、ムカつく。
「マリア」
「あ、待ってください」
妹の相手をこれ以上してたまるか。
普段は頼りになる妹も、こういう時だけイジメてくるから腹が立つ。