Ⅰ−1
その違和感の正体に気づいたのは七歳の時。
婚約者を紹介された時だった。
「マリア・セルナーデ・ローレンと申します」
――あ、コレ、マンガで読んだ。
目の前で挨拶をするその女の子を見て、今までずっと感じていた違和感の正体がなんなのかやっとわかって。
ということは……
「初めまして、リンクです」
内心の動揺をひた隠し、笑顔を見せるけれども。
うん、待って?
マンガの世界?
なんで?
軽く混乱している目の前で、どこか困惑したような表情をする婚約者。
この場面も見たことがある。
会いたくなかった相手に出会ってしまった時の心境なんだろう。
混乱していたはずなのに、自分よりも遥かに困惑している相手がいて、いくらか冷静になれた。
本来の出会いはこの場所でも双方口を開かないのは、彼女にとってはあり得ないこと。
「あ、の……」
痺れを切らしたわけではないだろうけど、おずおずと彼女から話しかけてきた。
「リンク、そんなに見つめてはマリア嬢も緊張するだろう」
話しかけてきたのに、か細い彼女の声は父上の声で掻き消されてしまった。
イヤ、別に見つめていたわけじゃない。
傍から見ればそうだったのかもしれないけれど。
というか、緊張しているというより、ホントに困惑しているんだと思う。
確かここで僕はこう言っていた。
『これから、婚約者としてよろしく』と。
それがないことが、彼女を困惑させている原因。
だって、僕もまだ混乱している状態。
言わなければいけないセリフも出てくるはずもなく。
というか、僕はここで何を言えばよかったんだっけ?
「リンク、庭園を案内してやるといい」
あ、そうか、さっきのセリフを言えばよかったのか。
……うん?
庭園を案内?
「わかりました。ローレン宰相、マリア嬢をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「リンク様、くれぐれも手は出さないでくださいね」
イヤ、僕まだ七歳なんですけど。
言っている意味がわからないという顔でもしておこう。
「手?」
「イヤ、リンク、わからなくていいんだよ。行ってくるといい」
父の苦笑いを見ながら首を傾げ、わからないけどとりあえずうなずいておこうという雰囲気を出す。
そして、マリア嬢を連れて庭園に行った。
というのが、 過去……イヤ、前世を思い出した時のこと。
僕は、リンク・ソリュード・フライ・オーラル、とりあえずこの国の第一王子。
王位継承権のない僕のところに来た婚約者が、本来ならばこの話の主人公であるはずのマリアだ。
僕は言わば脇役のような存在。
実はこの世界は、僕が前世で読んでいた悪役令嬢のマンガの世界で。
元がマンガのため、悪役令嬢の知識であるゲームなんてものはもちろん実在せず、マンガ内で奮闘する悪役令嬢の話しか僕にはわからない。
あの出会いから十年経ったけれど、そういえばアレってマリア側の話だから、その間僕が何を思って何をしていたとかって、まず描写されているハズもなく。
ここは異世界で、前世では使えるものなら使ってみたいな、とか思っていた魔法が普通に使え、あったら通ってみたかった魔法学園もやっぱり普通にあって。
七歳の時に思い出した時、興奮して眠れなかった。
没頭して魔法書を読んだり、魔法関連の研究なんかしてみたり、たまにマリアに会ったり。