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えぴそーど・えいと:桜吹雪と七つの心。

「うわぁ。綺麗ですね、ハジュンさん」

「ええ。長年生きてますが、この季節。桜が咲く春が私は一番好きですね」


 今日、喫茶店「六波羅探題」は臨時休業。

 朝のお弁当配達後、一緒に作っていたお弁当を持って、ハジュン達は市内東部、海沿いにある鷲尾山(わしおやま)、通称「城山」に来ている。

 ここには過去、室町期に築城された城の跡があり、現在では模擬再建された天守閣がある。

 周囲には約900本の桜、ソメイヨシノが大正時代から植えられ、春のこの時期には桜祭りでにぎわう場所となっている。


「ハジュンさん。以前、刀事件の時にお城の事をお話していましたが、ここは何回も落城なさったのでしたっけ?」


「西暦1337年に築城後、1342年、1364年、1379年、1574年、1582年と5回も落城してますね。最後は長曾我部様による落城で、この時のお話が以前お話しました年姫(としひめ)様、姫ケ嶽の逸話です。前半は南北朝時代、後半は戦国期。ここは四国の交通要所だからこそ、多くの戦乱に巻き込まれました」


「それでウチでも、ココはなーんか感じるんやな。四国でも激戦が行われたんや」


 マオがお弁当に感動しつつ、ハジュンに話を聞くとすらすらと城の歴史について答えてくれる。

 狐娘のユズハも周囲の気配を感じつつも、美味しそうにハジュンが作った唐揚げを美味しそうに食べていた。


「今日は僕たちまで招待してくれてありがとうございます」

「にゃあ!」


 ショウタは愛猫と共に花見に来ており、猫ミィは女性陣の中で大人気で可愛がられ、猫用に準備された食事を美味しそうに食べている。


此方(こなた)が招待したのじゃ! 楽しい事は皆で遊ぶのが良いのじゃ!」

「カガリちゃんの言う通りですぅ。幸せはお裾分けしなきゃです!」


 狸娘チヨの肩の上で身長10センチくらいで緑髪の幼女、カンテラの付喪神カガリがドヤ顔で卵焼きを食べながら、己の考えをアピールする。

 チヨもそれに同意しつつ、巻きずしを頬張る。


「この幸せが、ずっと続くことが私の夢です。ですが、世界では戦乱がなお続きます。もし許すならあそこの独裁者の元に行って一発殴ってしまいたい気分ですよ。正義の名の元に侵略など悪魔の所業ですから」


 ハジュンは少し寂しそうな顔をする。

 千年以上、この世界を見てきた彼には救えなかった命も沢山存在する。

 弘法大師により人々の争いに関与する事を禁じられていなければ、今すぐにでも飛び出していきたいハジュンであった。


「わたしも色々歴史で勉強してきましたが悲しいですね、ハジュンさん」

「あー、すいません、マオさん。今は楽しみましょう。せっかくのお花見なのですから。そういえば、桜。ソメイヨシノは種が取れないので全部接ぎ木で増えたクローンというのは皆様ご存じですか?」

「確か学校でそんな事習ろうたな、ハジュンはん」


 マオがしんみりしだしたので、慌てて場をにぎやかすハジュン。

 せっかくの花見を楽しむマオ達であった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「それでは、そろそろ片づけて帰る準備しましょうか?」

「はいですぅ」


 美味しい弁当を堪能し、桜の花吹雪を愛でたハジュン達は帰る準備を始めた。


「あら、お食事のお時間が終わってしまいましたか。ハジュンさんのお料理は美味しいと評判ですが……」


 そんな折、細身の男性が突然ハジュンに声を掛けてきた。

 漆黒のスーツに身を包み、どこか慇懃無礼な感じを示す男。

 彼に対してハジュンは珍しく顔をしかめて話した。


神野(しんの)さん、今日は一体どういう御用件でしょうか? 貴方に名前を呼ばれる程、私達は親密な関係とも思えませんが?」


「そうでしょうか? もう千年近くのお付き合いになりますのに……。では、改めまして佐伯(さえき)さん。今日は貴方に宣戦布告に参りました」


 神野と呼ばれた男は、薄笑いをしながら物騒な事を言い出した。


「え! 宣戦布告!? ハジュンさん、この人は……?」


「ほう、アヤカシだけでなく人の子もお仲間にいらっしゃるんですね」


 マオは驚きながらもショウタを背後に隠しながら、ハジュンに敵の正体を聞く。

 男に対してチヨ、ユズハ、それに猫のミィが尻尾を大きく膨らませて警戒モードになり、カガリは怖くなってチヨの胸に飛び込んだ


「シャァァ!」


「あら、その猫さんもアヤカシさんなんですね。怖い怖い。では早々に退散させて頂きます。では、どこかの戦場でまたお会い会いましょう!」


 ミィに激しく威圧された男、まるで舞台俳優のような礼をした後、まるで幻の様に消えた。


「皆さん、もう大丈夫ですから、警戒を解いてください。アレは昔からの商売敵、私とは同族の鬼神です」


  ◆ ◇ ◆ ◇


「では、皆さんには詳しい話を致しますね。彼は鬼神、神野(しんの)悪五郎(あくごろう)。私とは同格以上の異界出身の魔王です。悪魔の分類、ゴルティエで言えば『王』、魔王ベリアルクラスです」


 ショウタとミイを家に帰した後、ハジュンは夕食を準備しながらマオ達に事情を説明し始めた。


「その名前。ウチ、どっかで聞いた覚えがあるんやけど?」


「広島県に伝わる話『稲生(いのう)物怪録(もののけろく)』において同じく魔王、山本(さんもと)五郎左衛門(ごろうざえもん)様のライバルとして名前が出ていますね。山本様は稲生 武太夫様を脅かす賭けを神野とやって30日間脅かせなかったので負けを認めて撤退しましたが、神野はその後も色々と悪さをしています」


「アタシ、その話知らないよ! アヤカシにも色々いるけど、マスターと同クラスのモノもいるんだ!」


「此方、怖かったのじゃ! アレは正真正銘の悪魔なのじゃ!」


「そうでしたか。で、宣戦布告とはどういう事なんですか、ハジュンさん」


 ハジュンの説明に4人娘達は一応の納得はするも、マオは宣戦布告の意味を聞いた。


「マオさんにも少しは関係あるかもですね。マオさんが勤めていました製紙会社であった怪奇事件、その背後にはライバル企業の暗躍がありましたが、彼らが雇っていたのが神野らしいのです」


「え! 魔王が呪い屋をしているんですか?」

「えろう、ゲスな魔王はんやな」

「やっぱり悪魔なのじゃ! 此方、怖いのじゃ!」

「それで黙っているマスターじゃないよね?」


 文句を言っている姿も(かしま)しい4人娘達。

 彼女達の様子に苦笑してしまうハジュンだった。


「とりあえずライバル会社にはカズヒロさんの方から圧力掛けてもらったので、もう大丈夫でしょう。なので、神野自ら私に文句を言いに来たのかと。仕事がパーになりましたからね」


 マオは、自分の居た製紙会社の若手重役、山城(やましろ) 和博(かずひろ)の事を思いだした。


 ……カズヒロ専務ならちゃんと対応してくれるよね。


「それって逆恨みじゃないですかぁ! アタシ怒っちゃうもん!」


「まあ、その通りなんですが、チヨちゃんは危ないので喧嘩売らないようにね。一応、あれでも契約した仕事以外では人を傷つけないという誓約を科してこの世界に顕現してますから」


「案外と魔王様でも思う様に動けないんですね」


「ええ、マオさん。私もお大師様との契約があって現世に顕現してますから。じゃなきゃ、第二次大戦中にアメリカを滅ぼしに行ってましたよ!」


「ハジュンはん、子供を傷つける相手には怖いからなぁ」

「此方、危ないのには近づかないのじゃぁ!」


 夕飯を食べながら賑やかに話し合う4人娘の姿を眺め、ハジュンは笑う。

 この世界を守るために、そしてお大師様との約束を守る事を誓って。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「安藤さん、取材お疲れ様でした。四国一周、どうでしたか?」


「佐伯さん、とても良い記事がいっぱいできました。四国の各地のお話をご紹介いただき、ありがとうございました!」


 神野が現れた翌日、喫茶店「六波羅探題」に以前訪れたことがある女性が現れた。

 彼女はオカルト雑誌「ラムー」の記者、安藤 保奈美。

 少し前に雑誌に乗せる記事を探しにハジュンに会いに来てUFO話を聞いて帰った。


「それは良かったです。では、このまま東京へ帰りますか?」


「それなんですが、高知で不思議な話を聞いたので佐伯さんにご意見を聞きに来たんです」


 ホナミが話し始めるとハジュンの表情が厳しいものになる。

 普段と大きく違う様子に心配になってマオはお茶のお代わりを持って行ってみた。


「お茶のお代わりは如何ですか?」


「マオさん、ありがとうございます。安藤さんもどうぞ」


 ほうじ茶を飲み、安堵するホナミ。


「いつもここのお茶は美味しくて安心できますぅ。で、どう思いますか、佐伯さん」


「明らかにおかしいですね。もし良かったら被害を受けている海運会社の連絡先を教えて頂けませんか? 個人情報保護には反するかと思いますが、私がお役に立てるかもしれません」


 ハジュンは真剣な表情でホナミに迫った。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「そうなんですか。それは大変ですね。海上保安庁はどのように言ってますか?」


「化け物が船を沈めるなんて話を聞きもしません。私も実際に現場で見なければ幻覚でも見たのかと思っていましたが……」


 ハジュン達は今、高知県高岡郡中土佐町にある大手海運会社の保養所に来ている。

 ホナミの紹介で、ハジュンは海運会社と連絡を取り、自分なら対応可能だとこれまでの実績をカズヒロから紹介してもらい、話を取り付けた。

 幸いな事にカズヒロの製紙会社と問題の海運会社に取引があったのも話が早かった一因だ。


 ハジュンは、高知湾沖で多発する海難事故についての話を聞いていた。

 海運で海外との交易を盛んにしている日本。

 台風や爆弾低気圧により船に被害が出る事も多々発生する。

 しかし、高知県で近年多発する海難事件は特定の海運会社の船便に限定されていた。

 同日に近くを運航していた他社のタンカーには一切被害も無く、天候も問題は無かった。


「この科学全般の時代になっても、不思議な事はなくなりませんから。こと、海は広大ですからね。では、その時、どのような化け物を見られたのか、お教え願えませんでしょうか?」


「はい、実は……」


 マオ達はハジュンが事故関係者に話を聞いている間、保養所の窓から太平洋を眺めていた。


「瀬戸内海も良いですけど、太平洋は広大ですね」

「アタシ、太平洋をじっくり見るの初めて!」

「此方も初めてなのじゃ!」

「ウチは何回も太平洋は見たんよ。船にも乗ったことあるねん」


 カガリをチヨの胸に隠し、ゆっくりと広大な眺めを堪能する4人娘。

 しかし、マオは視線の端で暗い表情をした少年が居る事に気が付いた。


「あれ、あの子大丈夫かな?」


 気になってしまったマオは少年の元に歩み寄った。


「ボクどうしたの? 何か困った事でもある? 良かったらお姉ちゃん話を聞くよ」

「そうや! ウチら、困った子がいるのが嫌なんよ」

「アタシ達、怖くないよ!」


 マオが少年に話しかけたのを見て、ユズハ、チヨも少年の元に歩み寄る。

 いきなり綺麗なお姉さん方に囲まれて驚く少年。

 しかし、3人の優し気な表情に安心して、ポツリポツリと話し始めた。


「僕のお父さん、大きな船の船長さんだったんだけど、船の事故で死んじゃったんだ。とっても優しくていつも外国のお土産を買ってきてくれていたんだ……」


 少年が話すには、彼の父親は保養所を所有する海運会社所有タンカーの船長をしていた。

 海外との海運を行う仕事がら、中々家に帰れなかったのだが、帰ったときは少年とずっと時間を過ごす優しい父であった。


「船が化け物に襲われて沈みそうになった時、お父さんは他の船員さんを逃がすのを優先させて、自分は逃げ遅れちゃったんだ。立派だったと思うけど、僕はお父さんに生きて帰って欲しかったんだ……」


「そうだっだのね。ボク、お名前は? ボクのお父さんはとっても素敵な人だったのね。あ、わたしは 倉橋(くらはし) 真央(まお)、こっちの狸顔の子がチヨちゃん、狐顔の子がユズハちゃんね」


「僕、菊池(きくち) 和也(かずや)、小学四年生です、お姉さん。お父さんの事を聞いてくれて、ありがとうございます」


 少し笑みを浮かべだしたカズヤ。

 その様子にマオはカズヤの頭を優しく撫で、


「カズヤ君、たくさん辛抱したんだね。無理せずに泣いても良いんだよ。ここにはお姉さんたちしかいないから。誰もキミの事を悪く言わないよ」


 と優しく微笑んだ。


「お、おねえちゃん! う、うわぁぁん。僕、僕、寂しかったんだぁ!」


 カズヤはマオにしがみつき、大声で泣いた。

 チヨ、ユズハも涙をこぼしながら少年を優しく抱きしめた。


「あちらのお子様は犠牲者のご家族なのですね」


「はい。父親を亡くし随分と落ち込んでいましたそうで、しばらく心の療養も兼ねて、こちらに母親と滞在中なのです」


 ハジュンはマオに抱き着いて大声で泣く少年の姿を悲し気な表情で見る。

 そして、必ず「事件」を解決することに決めた。



  ◆ ◇ ◆ ◇


「では、皆さんに事件の詳細をご報告いたします。なお、この件には神野が関係している可能性が高いですので、気を付けてくださいませ」


 保養所で借りた大きな和室、既に布団を3つ敷き詰めた中でハジュンは説明を始めた。

 なお、唯一の男性であるハジュンは、隣にある小さな部屋を寝室に借りている。


「海難事故ですが、事件性があります。目撃証言などから敵の存在が確認されました。その敵ですが、おそらく『7人ミサキ』だと想定されます」


「あ! アタシ、聞いたことがあるよ! 海にでる幽霊さんだよね」

「ウチも知っとるな。ネット怪談では渋谷にも出るとか?」


 チヨとユズハは心当たりがあるらしい。


「ん? 海と渋谷? わたし、関係が分からないの?」

「此方も分からんのじゃ!」


 マオとカガリは海と東京渋谷に出る魔物の共通点が分からない。


「渋谷の方は、近年生まれた話ですね。遊びまわっていた女子高生が妊娠後、中絶をした7人の水子が悪霊になって母親である女子高生たちを呪い殺したという怪談。これには元の話があって、今回はその元ネタだと思われます」


 ハジュンは4人娘達に話し出した。


 7人ミサキとは7体の悪霊集合体。

 水難事故などで亡くなった死者の霊が7体集まり、力を持った存在になったもの。

 彼らに呪われた人は死亡後、7人ミサキの一体になり、代わりに呪いから解放された霊は成仏する。

 そしてどんどんと呪いを広め、集団の霊を新しいモノに変えながら存在する怪奇である。


「元々、高知県で伝承されてきましたが、近年は現れていません。お大師様も一度高知に赴き、凶悪なミサキを封印したことはありますし、その後も長曾我部氏の関係者が7人切腹させられて7人ミサキになったという伝承もあります」


「もしかしたら封印をされていたモノが解放されたのでしょうか?」


「その可能性は高いですね。神野のやりそうな事です。自分の手を極力汚さないヤツですから」


 マオの疑問に答えるハジュン。

 いかにも嫌なヤツだと、温厚なハジュンらしくない表情である。


「じゃあ、あの子。カズヤ君のお父さんも……」


「カズヤ君のお父さんの事故で犠牲者は6人目。おそらくは……」


「ハジュンはん。それは可哀そうすぎるやん! 本人に悪意が無いのに、無関係の人殺す悪霊になるなんて!!」

「そうなの! 絶対に開放してあげなきゃダメなの!」

「此方も許せんのじゃ! 7人ミサキの核を破壊して全ての霊を救うのじゃ!」


 マオの推理に正解であろうと答えるハジュン。

 その「答え」にユズハ、チヨ、カガリは激怒した。


「ええ、私も許せませんから……」


 闘志を目に宿すハジュンであった。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「マオ(ねえ)はん、早う起きな!」


「うーん。ユズハちゃん、どうしたの? まだ外は暗いよぉ……。え! この妖気は!!」


 マオはユズハに深夜起こされた。

 しばし起こされた理由が分からなかったものの、凄まじい妖気が保養所を覆っている事に気が付いた。


「マオお姉さん、急いで着替えて!」

「戦闘準備なのじゃ!」


 チヨとカガリは既に着替えて、御札などを準備していた。


「マオさん、大丈夫でしたか? 既に保養所は敵の結界内に閉じ込められています。結界を破るのは簡単ですが、私はここで敵を引き付けて殲滅致します!」


 マオが着替えて、停電して真っ暗なロビーに行くと、そこには多くの宿泊客が着の身着のままで集まっている。

 その中心でハジュンはてきぱきと避難指示をしていた。


「一体、これは何が起きているのでしょうか? 外部とは連絡が取れませんし、水位がどんどん上昇し始めています」


 マオが保養所支配人の話を聞き、真っ暗な外を見ると黒い海が盛り上がって、保養所に迫ってきていた。


「一旦、上層階の大広間、宴会会場に全員避難してください。南海地震の津波対策と同じです。このまま下層にいると水没に巻き込まれてしまいますから」

「はい!」


 ハジュンは宿泊客たちに上層階への避難を指示し、真剣な表情でマオ達に顔を向ける。


「貴方方も……」


「ハジュンはん、ウチらは少しは戦えるんよ。時間稼ぎくらいはできるんやでぇ」

「そーなの! マスターは自分で全部抱え過ぎなの!」

「わたしも避難のお手伝いと連絡係くらいは出来ますよ」

「此方、暗い場所はお得意なのじゃ! ぴかり!」


 4人娘はそれぞれ自分が出来る事を提案して、ハジュンの避難指示を先につぶした。


「ふぅ。勇敢なお嬢さん方ですね。では、夜目のきくチヨちゃんとユズハさんは単独で、マオさんとカガリちゃんはコンビで逃げ遅れた方がいないかを確認してください。接敵したら逃げるのを優先で!」

「了解!」


 床上浸水を始めた保養所、ハジュン達は行動を開始した。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「誰かいませんか? 早く逃げましょう!」

「早う逃げるのじゃ!」


 マオとカガリは真っ黒な二階客室をカガリの灯りで照らしながら逃げ遅れが居ないかを確かめていた。


「既に一階の天井近くまで水没したのじゃ! 早く逃げるのじゃ!」


 カガリが大声で叫ぶと、ある部屋からガタンと音がした。


「向こうから音が聞こえたのじゃ!」

「うん!」


 カガリを肩に乗せたマオは音が聞こえた部屋に向かって走った。


「誰かいるの?」


 マオが呼びかけると、部屋の隅からぐすぐすと泣く声が聞こえた。


「怖くないよ。わたしと一緒に逃げよう」


 マオが鳴き声を上げていた小さな影に近づいた。


「え? カズヤ君?」

「マオお姉さん?」


 そこに居たのはカズヤであった。


「どうしたの。お母さんは先に逃げたよ」


「僕、お父さんから貰ったバッチを部屋に忘れたから、お母さんから離れて探しに来たんだけど、真っ暗で見つからなかったんだ」


 カズヤは父親との思い出の品物と離れられずに探しに来たものの、見つからず真っ暗な中、心細くなり泣いてしまっていた。


「それはどんなバッチなの?」


「金色でお船の名前が書いてあるやつなんだ」


「これなのじゃ! 此方が見つけたのじゃ!」


 マオがバッチの特徴を聞くと、暗がりでの探し物を得意とするカガリが早速見つけた。


「え! このコ? え? 人形? 妖精さん?」


「えっとぉ、この子の事はナイショにしておいてくれると嬉しいな。この子はとっても優しい良い子なの」


「此方、携帯照明、カンテラの付喪神、カガリちゃんなのじゃ! カズヤ殿、さあ一緒に逃げるのじゃ!」


 えっへんとドヤ顔をししてみるカガリ。

 その可愛い様子にカズヤは安心してマオの手を握った。


「お姉ちゃん達、僕一緒に逃げるよ!」

「ええ!」


 マオはしっかりとカズヤの手を握り、カガリの灯を頼りに上層階へ上がる階段を目指した。


「もう少しでお母さんのところに付くからね」

「うん、お姉ちゃん!」


 怪談を目前にしてマオはカズヤに安心させるように話しかけた。


「え、嘘!」


 しかし、彼女らを遮るように目の前には、顔色が悪い7人の集団が居た。

 彼らのうち6人は最近の船乗りの制服、こと一人は船長帽を被っている。

 また中心には、落ち武者の姿をしたモノが立ち尽くしていた。


「ひ、7人ミサキ!」


 マオはカズヤだけは守ろうと後ろに庇おうとした。

 またカガリはマオの肩から降り、紅蓮の炎を身体から噴き出してマオ達を守るように小さい姿で立ちはだかった。


「お、お父さん?」


 マオはカズヤから小さい声で父を呼ぶ声を聞いた。


「え! じゃあ、あの帽子を被った人が……」


 7人ミサキ、それはカズヤの父を含む6人の船乗りの亡霊と落ち武者の亡霊からなっていた。


「ど、どうしよう。わたしじゃあ、何も出来ないよぉ」


 恐怖に震えながらも、カズヤだけは守ろうと思うマオ。


「其方らが、7人ミサキかや? 此方はカガリ! 人々を照らし守る付喪神なり! 後ろの子らを傷つける気なら容赦はせぬのじゃ!」


 震えながらも大声で7人ミサキを威嚇するカガリ。

 マオは、自分が何か出来ないかと考えた。


「あ、そうだ! ハジュンさん! ここです! 早く来てぇ!」


 マオは霊力を込めて大声で叫んだ。

 言霊がハジュンに届くように。


「お待たせしました! もう大丈夫ですよ!」


 マオの声を聴いてハジュンが空間を割って跳躍してきた。


「ハジュンさん! 怖かったですぅ。あ、7人ミサキにカズヤ君のお父さんが囚われています。助けてあげてください!」


 マオは、カズヤを抱きしめて涙声になりながらもハジュンに状況を説明した。


「了解いたしました。さあ、哀れな霊たちよ。我、弘法大師様の護法鬼神ハジュンがお相手致します!」


 ハジュンは懐から両刃の剣を取り出して構えた。


「ハジュン殿! こやつの核は一番古い霊なのじゃ。アヤツを倒せば存在が不安定になるのじゃ。後はカズヤ殿が呼びかければバラバラに分解できるのじゃ!」


 カガリが7人ミサキを眩しい灯りで照らし、怯ませている間に弱点を見切る。


「私も同じ結論です。では、行きましょうか!」


 ハジュンが剣を振りかざすも、7人ミサキは核の古い霊を後ろに隠し、よりによってカズヤの父親をハジュンの前に送る。


「お父さん! やめてぇ! 僕の事が分からないの!」


 カズヤの声が深夜の廊下に響くも、カズヤの父親は無表情のままハジュンに襲い掛かる。


「ハジュンはん、お待たせ!」

「マスター、アタシも参戦するよ!」


 階段側からユズハとチヨが飛び込んできた。

 そして二人とも狐火らしきものを7人ミサキの一番古い霊にぶつけた。


「ぎゅぅぅ!」


 一瞬ひるんで動きを止める7人ミサキ。

 その隙をついてハジュンは一番古い霊に切りかかり、金色の魔力で輝く剣で霊を両断、完全に消し去った。


「ぐぁぁぁ!」


 核たる霊を失い、不安定化する7人、いや6人ミサキ。

 大声を出し、それぞれが頭を抱え、苦しむ。


「お父さん! お父さん! 頑張って! そんな呪い吹っ飛ばして!」


 カズヤの掛け声を聞き、船長姿の霊は苦しむのをやめ、視線をカズヤに向けた。


「か、かずや?」


「そうだよ! お父さん! 僕だよ!」


「ハジュン殿! 今なのじゃ! それぞれを縛る呪いを断ち切るのじゃ! 呪いは此方が照らすのじゃ!」


 カガリは眩しいばかりの閃光を放つ。

 その光は6人の霊を縛る黒い紐状のものを示しだした。


「ハジュンさん、あの糸を切って! カズヤ君のお父さんたちを解放して!」


 マオはカズヤを抱きしめながら叫んだ


「ええ、お任せを! 長年人々を苦しめた呪いよ! ここから去れ!」


 ぶんとハジュンが剣を振る。

 そして6人を縛っていた糸がバラバラに切れた。


「お父さん?」


「カズヤ、ごめんね。お父さん、もう一緒にいられないよ」


 6人の霊たちは輝きながら姿を消し始めた。


「良いんだ、お父さん。いつまでもお父さんが化け物になったままの方が嫌だもん。僕、もう泣かないよ。お父さんみたいな立派な人になるんだ!」


「いや、お父さんみたいに自分の命を大事にしないのは間違っているよ。カズヤは自分も他人も大事に出来る人になりなさい」


 消え去りながらもカズヤの父はカズヤに言葉を残す。


「そちらの皆様。私達を呪いから救って頂き、ありがとうございます。カズヤの事を宜しくお願い致します」


「ええ、これからもカズヤ君の事は私が守ります。お大師様の名に懸けて……」


「ありがとう……ございます……カズヤ……」


 最後に息子の名を呼びながら消えていくカズヤの父親。

 マオは抱きしめたカズヤと一緒になって大声で泣いた。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「今回は大変だったね。わたし、怖かったよぉ」

「マオ姉はん、よう頑張ったなぁ。姉はんが知らせてくれたから、ウチ達も間におうたから」

「そうなの! アタシも間に合って良かったの!」

「今はゆっくり休むのじゃ!」


 事件翌日の保養所にある大型浴室。

 地下より汲み上げた冷泉を加熱した浴槽に4人娘達が居た。

 7人ミサキを倒した直後、結界も解除され停電が復旧、水没したはずの階層も一切水にぬれた形跡が無かった。


「でも、神野ってヒトは何をしたかったんだろうね」

「多分、この海運会社をつぶしたい人がいて、呪いを頼まれたのかもなのぉ。悲しいねぇ」

「ウチも同意見やな。でも、わざわざハジュンはんにアピールしたってことは何かあったのかもしれへんな」

「悪もんの考えは此方には分からんのじゃ!」


 広い浴槽の中で身体を伸ばしながら、考え事をするマオ。


 ……人間が一番怖いのかもしれないのね。アヤカシは人次第で変わるっていうし。


 マオは悪意で作られたアヤカシでも触れ合う人次第で善良になった例を知っている。

 またここにいる3人の仲間達もアヤカシでありながら、とても優しい子達ばかり。


「わたし、これからもハジュンさんと一緒に人間の事、アヤカシの事勉強しなきゃって思うの……きゃ! 誰! わたしの胸を掴むのぉ!」


「マオ姉はん、形が良いお胸をお持ちやな。ウチ、このくらい胸が欲しいんや!」

「ユズハちゃん、何羨ましい、いやエッチな事しているのぉ!」

「此方、マオ殿のお胸の谷間に入りたいんじゃ!」


 結局、姦しい4人娘達であった。

「今回は凄い長編だったのじゃ。これを一日で書き上げるとはお疲れ様じゃったのじゃ!」


 チエちゃん、声援ありがとうね。

 今回は元ネタは以前から温めていましたので、後半は筆が暴走気味でした。

 さて、次はクーリャちゃんのお話でお会いしましょう!


「作者殿の作品へ、ブックマーク頼むのじゃ!」

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