えぴそーど・ふぁいぶ:犬神とおばあちゃん子
今日の大師堂横にある喫茶店「六波羅探題」は静かだ。
よく見ると店の扉に臨時休業と書いてある。
「カズコお祖母ちゃん、まるで寝ているようだったね。でも、寂しいよぉ」
「チヨちゃんは、よくカズコさんとはお話されていましたからね。98歳で、殆ど苦しまられずに亡くなられたのですから、大往生ですよ」
「わたし、亡くなるなら、ああやって沢山の子や孫に囲まれて眠るように逝きたいですね」
店の前に自動車が止まり、そこからハジュンとマオ、チヨが降りてきた。
「カズコさんとは、彼女がご主人とこちらに来てからですから、70年以上のお付き合いでした。多分、ご主人は虹のたもとで遅かった、10年も待ったぞと、今頃文句言っている事でしょうね」
3人は、弁当配達を行っていた老婆、山崎 和子の通夜に行っていたのだ。
「遅かったのじゃ! 此方、お腹がすいたのじゃぁ!」
「カガリちゃん、少し待っててくださいね。作っておいたのを温め直しますから」
留守番をしていた付喪神カガリは、空腹で文句を言う。
その様子が可愛くて、ハジュンの手伝いを始めたマオとチヨも笑った。
「そういえば、ハジュンさん。どうして刀を貸してご遺体の胸元へ置いたのですか?」
「あれは守り刀っていうんです。浄土真宗では阿弥陀如来様のお力ですぐに成仏なさるということで置かないのですが、四国で多い真言宗や仏教では無いのですが神道でも、ご遺体の上に置きますね。成仏される49日目まで亡くなられた方を守るとか、ご遺体を狙う妖怪の火車や犬神から守るとも言われています。おそらくご遺体を食べる事があったネズミ、猫、犬対策なのだったのかもですね。火車は猫の妖怪という説もありますし」
少し遅めの夕食を皆で食べながら、守り刀について話すハジュン。
「でも、あの刀は鍔とか鞘があってで少し短めでしたよね。先日見せてもらったのと少し違うような……」
「マスター、刀を大小二本と槍まで持っているんですぅ。夜な夜な刀を見ては危ない顔していますぅ」
「チヨちゃん! 私、間違っても妖刀に呪われませんし、ウチの刀は大丈夫ですって。多分、殆ど人は切っていないはずです。槍は正直怪しいですけれど……。あれ、越前の古刀、多分安土桃山時代、500年超えのだから……。今日、貸した脇差、小刀は戦国期くらいの物ので、元は打ち刀、大刀だったのを、江戸時代初期に磨上げ、刀の長さを短くしたものです。刀を時代に合わせてチューニングした訳ですね」
ハジュンは、自らの刀を思い出しながら、マオ達に説明する。
「へぇ、日本刀の世界も奥深いんですね。でも、数百年前の刀が目の前にあるって思ったら、何かファンタジー感じちゃいます」
「マオお姉さん、ここにはファンタジーな存在しか居ないんだけど……」
「あ! そうだった。わたし以外は皆アヤカシだったよね」
「マオさん、順応性高いですね」
「此方、ファンタジーなのじゃぁ!」
3人娘の姦しい話を聞きながら、ハジュンは故人を思った。
……カズコさん、お疲れさまでした。ごゆっくりお休みください。貴方のご子息達は、私が見守りますから。
◆ ◇ ◆ ◇
「また、ハジュンおじさんに負けたよぉ!」
「いえいえ、ショウタ君。今日は、あと一歩でしたよ。では、残りを片づけますか。こちらは、銀をこちらに。それで、あちらは石をここへ!」
「ま、参りましたぁ」
「え? え? ……投了です」
夕方五時前、休憩時間と称してTCG、将棋、囲碁の3面打ちで勝利するハジュン。
手加減になっていない手加減で、圧倒的な勝利だ。
「さて。では、そろそろ終わりのお時間ですよ」
ハジュンが対戦場になっているお座敷部分から立ち上がると、ドアから長い包みを持った少女が喫茶店に入ってきた。
「こんにちは。先日は曾祖母の葬儀でお世話になりました」
「ミツキちゃん! そんなに早く刀を返しに来なくてもよかったのにぃ。どうせ、マスターは眺めるくらいしかしないんだから」
「チヨちゃん、そうはいかないよ。これ、とても高価でハジュンさんの大事なものでしょ?」
数日前、通夜と葬儀を行った山崎 和子の曾孫、高橋 三月が、ハジュンが貸した脇差を返しに来たのだった。
「アタシとミツキちゃんの仲だもん。カリパクも許可するよ」
「チヨちゃん、あれ私の物なんですけど……。三月さん、お忙しいのに、脇差をお持ち頂きありがとうございます」
「ハジュンさん。曾祖母が生前はお世話になりました。亡くなる数日前まで、ハジュンさんのお弁当を美味しいって食べていたと母から聞いています。ひいお祖母ちゃん、よく話していましたよ、旦那と一緒になる前に会ってたら、絶対に男前のハジュンさんと結婚していたって」
ミツキは、現在大学一年生。
県都にある国立大学に通っていて、曾祖母ちゃん子だった。
今回、カズコの容態が芳しくないと聞き、急遽帰郷し死に目に会えたのだった。
「ひい御爺様、征三郎さんとは、とても仲の良いご夫婦でしたし、あの時代珍しい恋愛結婚と聞いてますから、それは無いでしょう。第一、私はアヤカシ。所詮、人とはすれ違う存在ですからね」
「ハジュンさんが人では無いって、ひいお祖母ちゃんから何回も聞きましたが、信じられませんでした。証拠だって、ひいお祖母ちゃんと赤ちゃんのお祖母ちゃんを抱いた写真見せられて、今と同じ姿のハジュンさんが映っているので、納得はしましたけど……」
「あのぉ、ハジュンさん。今、他のお客様が居ますのに、そんな事お話してて良いんですか?」
自然にハジュンがアヤカシであるのをハジュンとミツキが話しているのを聞き、マオは慌てて小声でハジュンに聞いた。
「だいじょーぶだよ、マオお姉さん。ここの常連はアタシの正体含めて、全部知っているから。だーって20年以上姿が変わらない美男子居たら、ふつー変でしょ? ね、ミツキちゃん?」
「チヨちゃんとは同い年だけど、タヌキさんだったのは最近知ったけどね」
「だから、今日は此方も店に出ているのじゃ!」
「カガリちゃんも強いねー」
「あー、カガリちゃんまでお店に出ているのぉ!」
マオは、ショウタとカガリがTCGで遊んでいるのを見て、驚いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ショウタ君ってハジュンさんの事も知ってたの?」
「うん。だって、お母さんが子供の頃から今の姿だったって聞いてるしね。チヨお姉ちゃんのお母さんにも抱っこして貰ったことあるよ、ボク」
今日は両親の帰宅が遅いので、夕食も「六波羅探題」で食べているショウタ。
その足元では、こっそりと来店していた猫ミィも猫用フードを食べている。
「そうだったんだ。ミィ君の事も含めて納得」
マオは、食後に猫を抱かせてもらおうとショウタに頼むつもりだ。
「おかーちゃんの話はこれまでですぅ。アタシ、はずかしいもん!」
自分が知らない母の姿を言われて恥ずかしがるチヨ。
ただでさえ子供っぽい顔を、更に子供らしく拗ねる。
「此方、沢山の人とご飯食べるのは、ここで知ったのじゃ。楽しいのじゃぁ!」
「カガリちゃん、たまにウチに遊びに来る? ゲーム機とかで一緒に遊ばない?」
「うふふ。此方、ハジュン殿と対戦して鍛えておるのじゃ! ショウタ殿にも負けぬのじゃぞ!」
口いっぱいにご飯を入れて、ショウタと楽しそうに話すカガリ。
その微笑ましい様子に、マオは笑みを浮かべた。
「ホント、ミィ君って賢いよね。わたし、猫の顔ゆっくり見るの初めてだけど、眼がちがうもん」
「ボクのお兄ちゃんだもんね、ミィは。ボクが赤ちゃんの頃から子守してくれてて、幼稚園に行くときも先導してくれたし」
ショウタの膝の上で食後、満腹で幸せそうに眼を細めるミィ。
そのつやつやとした毛並みの頭を撫でて、ほんわかさせてもらっているマオだった。
「この間、ボクを守るために居なくなった時はびっくりしたんだ。ミィ、いくら元気だからって言っても15歳は、猫ならお爺ちゃんだもの。もう会えないかなって何回も思ったよ。でも、帰ってきてくれて本当にうれしかったんだ。多分、ボクが大人になるまでは一緒に居られないと思うけど、それでも少しでも長く一緒に居たいんだ」
「みゃー」
少し涙ぐむショウタを見上げて鳴くミィ。
その様子は、まるで兄が心配そうに弟を見守るようだった。
「ハジュンさん、息子2人を預かって頂き、ありがとうございました」
「お姉ちゃん達、また明日ね!」
「うん、おやすみー!」
両親に連れられて店を去るショウタとミィ。
マオとチヨ、カガリに手を振る様子に、3人娘はホッコリとした。
「ミィ君も息子か。良い家族ですね」
「ええ、マオさん。あの家族だから、ミィ君も守りたいって思ったのでしょうね。おそらくあの子は20歳は超えそうです。まだまだ、幸せは続くでしょうね」
ハジュンも、その様子に笑みを浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇
「わたし、そろそろ大学に帰ろうと思います。この度は色々とお世話になりました」
「いえいえ。寂しくなりましたが、カズコさんはミツキちゃんが活躍するのを楽しみになさっていました。曾孫が国立大学に受かったって、去年は大喜びしていましたから」
数日後、ミツキが再び「六波羅探題」を訪れた。
大学に帰る挨拶をするためだ。
「ミツキちゃん、また一緒に遊ぼうね。SNSでも連絡するよ!」
「うん。チヨちゃんも松山に来るときは言ってね。お泊りも良いよ!」
仲良さげに話す2人見ていたハジュン、何かを感じて顔をゆがめた。
「ミツキさん。つかぬ事をお聞きしますが、お葬式以降に何か不思議な事が無かったでしょうか? 犬の遠吠えが聞こえたとか、周囲で変な影を見たとか?」
「え? そういえば、刀をお返しに上がった次の日から、家の床下でカタカタって音がしたって母が言ってましたし、近所では何処も飼っていないはずなのに犬の声が聞こえました」
「そうですか。では、今晩にでもお宅に一度お伺いしますね」
「え! 何かあったのですか?」
「はい。おそらく、ひい祖母様の形見が残っている様です」
「ハジュンさん、何かあったのですか?」
「ええ、マオさん。多分、ミツキさんには何か憑いています。感じからすれば、おそらく……」
ミツキが帰った後、マオはハジュンの様子が気になりハジュンに問う。
そしてハジュンは、心当たりがあるように話した。
◆ ◇ ◆ ◇
「急にお伺いしてすいません。本当なら通夜や葬式で気が付くべきだった、もっと言うならカズコさんが生前に気が付くべきでしたのに、申し訳ありません」
「いえいえ、母からは困った時はハジュンさんに頼れって言われていますので」
ハジュン達は早めに店を閉め、城山近く漁港付近にある高橋家を訪れていた。
「ハジュンさん、婿の私には詳しい事情が分かりません。一体、孫のミツキに何があったのでしょうか?」
「勝さん。今回の事は、お義母様、カズコさんの出身に理由があります。節子さん、お母様の事をご存じの範囲で良いので教えてください。カズコさんは、マササブロウさんとこちらに来られましたが、それ以前は何処にお住まいでしたか?」
「た、確か高知県から来たと聞いています。親戚については2人とも話すことは無かったです」
「やはりですか。おそらくですが、カズコさんとマササブロウさんは高知県香美市物部町、旧物部村のご出身だと思われます。御親戚の事をお話しされなかったとの事ですが、私が聞いても詳しくはお話しませんでした。駆け落ちだったと、マササブロウさんが言われた事はありましたが……」
ハジュンはカズコの娘でミツキの祖母、セツコと彼女の夫、マサルに話を聞く。
2人とも70代半ばで、既に家業の漁業から引退をしている。
「そうだったのですか。そういえば、少し言葉が違っていたような気がします」
「土佐弁は、こちらの方言とはイントネーションも違いますからね。さて、2人はこちらではマササブロウさんは製紙工場で、カズコさんは漁港近くの鮮魚店、マサルさんのご実家で働かれました。その後の事は、セツコさん達の方が詳しいですね。問題は、カズコさんのご実家です」
「母さん、父さんとの馴れ初めってそういう事だったんだね」
「健一。恥ずかしいから、その話は後でね。今、大事なのはミツキの事だから」
「ええ、お義母さま。大事なのはミツキの事なのよ、貴方」
今、近隣の海でイリコ、カタクチイワシ漁をしているミツキの父、ケンイチは、母を揶揄うも、母や妻の直美から窘められる。
「カズコさんとマササブロウさん、恋愛結婚と聞いていますが、駆け落ちしないと結婚できなかったらしいです。その理由がカズコさんのご実家です。皆様、物部村での地域民間信仰、いざなぎ流をご存じですか?」
「いえ」
「アタシ、知ってますよぉ! 陰陽道と真言密教、その他の自然信仰が混ざったものですよね、マスター」
「チヨちゃんは、知ってて当たり前ですよ。その通り、いなざぎ流とは、陰陽道の流れを組むもので、本家、土御門家からも認められている物、舞神楽が今では重要無形文化財になっています」
ハジュンは、集まった人々に詳しい説明をする。
「いざなぎ流には『不動生霊返し』などの呪詛返しがあり、攻撃や守りに『使い魔』を使っていました。それが『犬神』、憑き物といって持ち主を守護したり、攻撃を行ったりします。作り方は、非常に残酷なものですので、今回は割愛します。お大師様も、ひと柱持たれていて、私とも良く喧嘩などしたものです。彼、今では物部の郷で、犬神のまとめ役をやっています」
「もしかして……」
「はい、カズコさんは犬神憑きだったのです。それ自体には何の危険も無く、おそらくカズコさんをずっと隠れて守護していたのでしょう。なので、私も存在に気が付きませんでした。犬神筋、犬神を所有する家系は、過去周囲から忌み嫌われました。自分たちだけ富栄えるというのを逆恨みされたのでしょうね。なので、カズコさんとの結婚を親族から反対されたマササブロウさんは、地元を離れて当地に来たのでしょう。ここは、土佐街道の端、あの坂本竜馬様や『よさこい音頭』の坊様、純真様などの高知からの人々も往来し住んだ街ですので」
「え! よさこいのお坊さんは、ここに居たの?」
「はい、マオさん。純真様は、こちらに寺子屋の先生として来られてしばらくは住まれていました。最後は旧三川村で亡くなられたと聞いています」
ハジュンは、更に説明を続ける。
「いざなみ流は、マオさんとも関係が無いわけではありませんが、その話は今度にしましょう。さて、その犬神ですが、お憑きになられていたカズコさんが亡くなられて、今後の憑き先を探していました。そして血縁者で同じような霊的波長を持つミツキさんを見つけたのでしょう。それが、ここ数日の事です」
「では、今も近くに……」
「はい、お母さま。確か、犬神は床下や納戸の奥にある水瓶や壺の中で飼われていると聞きます。ご存じありませんですか?」
「いえ、わたしは……」
「あ! 母さんが言ってたのを忘れてたわ。床下に隠した小さな壺をお棺に一緒に入れてって言われてたのに……」
「おばあ様、その壺の場所は分かりますか?」
「いえ。それを聞く前に、母は亡くなって……」
ハジュンが説明する間、ミツキは顔を真っ青にしており、その横にチヨとマオは、しっかり両側から彼女をガードしていた。
「ミツキちゃん、絶対だいじょーぶ。マスターやアタシが、何があってもミツキちゃんを守るからね」
「そうよ。頼りないけど、わたしも居るからね」
そんな中、ハジュンは驚く作戦を実行する。
「では、床下を探しますか。では、カガリちゃん、出番ですよ!」
「はいなのじゃ! カガリちゃんに、おーまかせなのじゃ!」
ハジュンの懐から、ぴょんと出てくる身長10センチ程の翠髪でエルフ耳巫女姿の幼女カガリ。
その姿に周囲は驚く。
「かわいー!」
「え! これは一体?」
「此方はカンテラ、様は手持ち照明の付喪神カガリなのじゃ! 暗くて狭い場所の探索はお手のものなのじゃ!」
そしてカガリは、台所の床下収納から床下に潜り込んだ。
「ハジュンさんは、ヒトでは無いと母からお聞きしていましたが、本当だったんですね」
「まだまだ私の力はこんなものじゃないですよ。あ、カガリちゃんが見つけた様ですね。では、アポートしますか。えい!」
ハジュンは、いきなり宙に手を突っ込み、そこからカガリがしがみついた小さな細い壺を取り出した。
「此方、見つけたのじゃ!」
「偉かったですね、カガリちゃん。では、チヨちゃんのところに行っててくださいね」
「りょーかいなのじゃ!」
ぴょこぴょこと歩くカガリの姿は可愛く、誰もが怖がるどころか、嬉しそうに見ていた。
「さて、封印ですが……。半分壊れていますね。ミツキさん、どうなさりますか? 犬神の所有者は、今はミツキさんの様です。この子をどうするかは、ミツキさんが決めて下さい」
「は、ハジュンさん。その子とは、お話できますか? ひいお祖母ちゃんを助けてもらったお礼を言いたいんです」
「ええ、良いですよ。契約するにしろ、天に返すにしろ、一度はお話した方が良いですしね」
ハジュンは、ふーっと埃まみれの壺に息を吹きかける。
すると、中から黒い靄が出てきて形を成してきた。
「あ、皆様。この子が暴れても大丈夫なように、皆様の周囲には結界を張ってますので、御安心下さい」
ハジュンが対応済みと話しているうちに、黒い靄は黒い犬の形を成し、更には黒い犬の毛皮を被った黒髪、十三歳くらいの男の子の形になった。
彼は、不機嫌そうな顔をしている。
「あ、可愛い。ハジュンさん、この子には名前あるんですか?」
「ええ、真なる名前として呪を縛る名前もありますが、普通に呼ぶ名前もあるはずです。キミ、ふてくされていないで、ご主人様になる方に名前を告げなさい」
「も、もうどーでもいいじゃん。俺の主、カズコはもういねぇんだから……」
悲しそうに眼を伏せる犬神。
その様子に、ミツキはハジュンの結界を離れて、犬神へと近づく。
「ミツキちゃん、危ないの!」
「チヨちゃん、大丈夫だよ。この子、ひいお祖母ちゃんが居なくなって、寂しくて悲しいみたいなの」
そう言って、ミツキは犬神の子の横に座り、そっと彼の頭を撫でた。
「君、ずっとひいお祖母ちゃんを守ってくれてありがとう。これから、君はどうしたいの? ひいお祖母ちゃんの処へ行くの? それとも、わたしと一緒に来る?」
「ミツキ! 危ないわ。いくら今は大人しくても所詮は呪詛なのよ、その子は!」
ミツキは優しく犬神の子へ話しかけるも、ミツキの母は危ないと叫ぶ。
「お母さま。今は、ミツキさんに任せましょう。逆に刺激してしまう方が危ないです。なに、大丈夫だと思います。この子は生まれはどうあれ、ちゃんとカズコさんが接してあげていたので、良い子ですよ」
「あ! 思い出した。わたしが小さい頃、お母ちゃんと男の子が一緒にいて、わたしも子守してもらった事があります」
「お前、セツコか? そうか、セツコがお祖母ちゃんになったんだよな……」
セツコが幼い頃の記憶を思い出すと、犬神の子も懐かしそうに、しかし切なそうにセツコの顔を見た。
「ねえ、君。そんな寂しそうな顔は辞めようよ。私と一緒に世界を見て見ない? ぜーったい、楽しいよ?」
「ほ、本当に良いのか? 俺がいたら、呪い憑きって言われるぞ。結婚も難しいぞ」
「そんなの気にしないもん。だって、ひいお爺ちゃんもキミの事知ってても、ひいお祖母ちゃんの事を愛してくれたんでしょ。お祖母ちゃんの子守りまでしてくれたんだからね。それに、そんな事気にする人となんて結婚なんてしないよ。まあ、まだまだ未来の話だけどね」
「ほ、本当か? 本当に良いんだな」
「もー。泣きながら言うんじゃないよ。こっちまで悲しくなるんだからね」
泣きながら、お互いに話し合うミツキと犬神の子。
「皆様。このような事ですので、大丈夫です。御安心ください。これでミツキさんを襲う悪い虫なんて絶対に憑きませんから」
「お兄ちゃん。子供の時、面倒を見てくれてありがとう。ミツキを頼めるかい?」
「ああ、セツコ。任せておけ。セツコの子も安心しな。俺が一生、ミツキを存在を掛けて守ってやる。カズコに貰った恩義は、そのくらいじゃ足らないからな」
「では、君は呼び名を我々に、真名をミツキさんに教えてあげて下さいね」
◆ ◇ ◆ ◇
「あの子、小太郎君だったっけ。今頃は、松山でミツキちゃんと仲良くしているかな?」
「それは大丈夫です。私が憑依先のペンダントを作っておきましたから、ミツキさんには一切負担無しに一緒に居られますので」
「世の中には不思議な事がいっぱいなんですね。本来は呪詛から生まれた子が、今は女の子のボディガードなんですもの」
「アヤカシは、良くも悪くも人と関係するのじゃ! 此方ら付喪神も同じ。元が邪悪な生まれでも、人とは良き関係を持つことも出来るのじゃ!」
早朝の喫茶店「六波羅探題」。
3人の姦しい娘達が開店準備をしているのを、キッチンからニコヤカに眺めるハジュン。
「マオさん。それを言うなら我々の出会いも不思議なご縁、お大師様のご縁です。人とアヤカシ、共に世界にあるものとして、仲良くしておきたいものです」
冬の朝日が低く窓から入る。
北風が舞う中、登校中の子供たちが窓越しに手を振る。
「さあ、今日も頑張りますよ!」
「はいなの!」
四国のど真ん中、大師堂横の喫茶店「六波羅探題」。
今日も開店だ。
「ふむ、今回は四国の秘境、物部村のいさなぎ流の話じゃな。あとは、土佐街道の話とな」
ええ、チエちゃん。
当地は土佐街道の終点、ここから船便で大阪へ土佐藩の参勤交代などが旅立ちました。
作中にも書きましたが、お城の少し東側、国道沿いに純真さんのお堂がありますし、脱藩前に一度江戸に向かった坂本龍馬さんは、当地から船に乗ったはずです。
「竜馬殿が脱藩時は南予、今の八幡浜辺りから長州、今の山口県経由で逃げたのじゃったな」
ということで、第六話お送りいたしました。
また、気が向いたら書きますので、応援宜しくね!




