えぴそーど・わん:お遍路さんとタヌキ娘。
「マオさん、お店前のお掃除お願い致します」
「はい、ハジュンさん!」
早朝の四国某所。
お遍路道沿いにある大師堂横の喫茶店「六波羅探題」。
その店先で一見大学生くらいに見えるボブカットの若い女性、倉橋 真央が掃き掃除をしている。
今は晩秋から初冬、比較的南国な四国では今頃紅葉から落ち葉に変わりつつあり、店先には茶色や黄色の落ち葉がちらほらと散らばる。
「昨晩は『やまじ風』が強かったから、いっぱい落ち葉落ちてるのね」
「六波羅探題」が開店をしている地域に吹く、日本三大悪風のひとつ『やまじ』。
その強さは台風並みに吹き荒れ、日本海側に低気圧がある場合雨が降る前まで吹き荒れる。
その為に、落ち葉の時期には掃除をしないと店先は落ち葉で埋まってしまう。
ここで働き出して約ひと月、マオは仕事にだいぶ慣れてきだしていた。
「ハジュンさん。店先の掃除終わりました!」
「では、マオさんはチヨちゃんを手伝って店内掃除をお願いします」
「マオお姉さん、こっちですぅ」
絶世の美男子ハジュンは長い髪を白い帽子内に纏め、厨房で配達する昼弁当の準備をしながら、次の作業をマオに指示する。
そして身長は低めだが胸回りが豊かな童顔少女チヨが、マオに新たな仕事を指ししめした。
「チヨちゃん、このテーブルを拭き掃除すれば良いんだよね」
「うん! お姉さんが来てから掃除も楽になったのぉ! それに苦手な事務仕事もしてもらえて助かるの」
この一見普通に見えるアンティークな雰囲気の喫茶店「六波羅探題」。
しかし、ここには沢山の秘密がある。
まず、この店は喫茶店だけを商売としていない。
副業として、興信所、いわゆる探偵業も行っている。
「そういえば、ハジュンさんに聞きたかったのですけど、探偵業って警察とかに届け出が必要と聞きました。皆さん『妖』なのですから、そんなのは出来ないですよね」
更に重大な秘密、この店、純粋な人類はマオ一人だけ。
オーナーの佐伯 波旬は、弘法大師の護法鬼神、店員の村上 千代は化けタヌキ娘である。
「あのね、マオさん。今時のアヤカシはちゃんと法律守りますよ。私は確かに人外ですけど、偽造とは言え戸籍も持っていて、探偵業の届け出もしてますし、運転免許も調理師免許も持ってますよ。もちろん確定申告も真面目にやってます」
「えー! ハジュンさん調理師免許まで持っているんですかぁ!」
「マスターって何でも凝り性のオタク気質で、料理で『うまいぞー!』って言わせたいんですって。こういうアタシもちゃんと高卒で運転免許持っているの」
「ちょ! 化けタヌキが高校通ったのぉ!」
「マオお姉さん、失礼だよぉ。アタシ達化けタヌキも今や現代社会に人間と共に生きる存在なの。アタシ達の寿命って人より少し長いくらいだから、一緒にいて不自然じゃないよ。アタシは生まれたころからちゃんと日本国籍だし、中学からは地元の人間の学校に通ったもん!」
文明が進み、情報化されている現在、アヤカシもその流れから逃れらえない。
寿命が無いような半分霊体である鬼神は別にして、化け狐やタヌキなど元々生物として身体を持つ存在は、人間社会に潜むにしても戸籍が無いと不便。
更に人間に化けて暮らす上で、幼いころから社会経験を積む方がトラブルも少ない。
「狐さん達も同じと聞いているけど、四国では化けタヌキは何か所も郷を持っていて小学校まではそこの学校で、人間に化けて暮らす練習をしているの。アタシは高松が地元、屋島の太三郎狸様がご先祖なの」
四国各地に存在する化けタヌキ伝説は数々あるが、屋島太三郎狸は日本三大狸のひとつ。
某映画でも登場したくらいの化けタヌキの銘家。
「アタシのご先祖は、矢で傷を受けた時に平重盛様に助けてもらって、それ以降人間に恩返ししているの。今じゃ四国八十八か所の84番札所屋島寺の守護神になっているわ」
「えっとぉ、確か平重盛様って平家物語に出てくる人?」
「マオお姉さん、日本史苦手? アタシはいっぱい勉強したよ。だって、ご先祖様が出てくるんだもん」
平重盛公、平家の総大将平清盛公の嫡男にして武将。
保元の乱、平治の乱で活躍し、安元の強訴で失脚、四十二歳の若さで平家の滅亡前に病没をした。
「お二人とも手が止まっていますよ。確かに化けタヌキさんたちは日本史でも沢山活躍していますね。日清・日露戦争でも愛媛の狸さんが参戦なさっていたとも聞きますし」
「へぇ。じゃあチヨちゃんは化けタヌキ界のお姫様じゃないの?」
「アタシ、そこまで偉く無いですぅ。人間に化ける以外には少しの妖術しか使えないですからぁ」
「さあ、マオさん。チヨちゃん。そろそろ開店ですよ。今日も張り切っていきましょう!」
「はい!」
今日も喫茶店「六波羅探題」は開店をした。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ。お二人とも配達お疲れ様でした」
「いえいえですぅ。皆さん、今日もお元気でしたぁ」
「ハジュンさん。独居老人への昼食配達って凄いことしているんですね」
六波羅探題では、通常の喫茶店経営以外にも弁当配達もしている。
近隣のイベント用弁当、他には毎日の昼食を契約している独居老人家庭へと配達をしている。
おまけで交通手段が無い老人の買い出しやら安否確認もしている。
「四国でも独居老人は増えていますし、公共交通機関が少なくて自家用車が必要なのですけど、老人の運転ミスによる事故も多くて免許返納も多い昨今。動ける私達がお助けするのは当たり前ですよ」
「アクセル踏み間違え事故って多いですよね。わたしも他人事じゃないです。うっかりさんですもん。あ! これとっても美味しいです、ハジュンさん」
「アタシ、お爺ちゃんたちと話すの大好き! マスター、旨いぞ聞けましたね」
昼過ぎの休憩時間、ハジュンが作った賄いを食べるマオ。
その旨さに感動をしている。
カタン。
そんな折、窓の外。
大師堂付近で大きな音がした。
「わたし、見てきます!」
食事が殆ど終わっていたマオは、テーブルから飛び出していく。
「あ! 大丈夫ですか? ハジュンさん、女性のお遍路さんが倒れてます!」
「それは大変! チヨちゃん、手当の準備、それと消防へ電話準備を」
「はいなの!」
◆ ◇ ◆ ◇
「大丈夫ですか? 御気分が悪いのなら、救急車をお呼びしますよ」
「いえ。少し立ちくらみをしたくらいなので、大丈夫です。すいません、ご迷惑をおかけした様で」
「いえいえ、ここは遍路道にあるお店。お大師様とご縁のある方をお助けしますのも仕事ですから。では、お茶をサービスしますので、少しここでお休みくださいね」
お遍路にしては若い女性、青い顔をしているが、意識ははっきりしている様で、ハジュンとはちゃんと会話を出来ている。
「え! それは……」
「お姉さん、これは御接待なの。お遍路さんは大事にするのがアタシ達の仕事だもん」
「ええ、今はごゆっくりお休みくださいね。実は、わたしもちょっと前にここで助けてもらいましたから」
御接待に慣れない女性は驚くも、チヨとマオから暖かい笑顔で迎えられて、少し安堵した様だ。
「では、お言葉に甘えます。ワタシ、安藤保奈美と言います」
「はい、安藤さん。こちらをどうぞ」
ハジュンは、琥珀色のお茶を女性、ホナミに差し出した。
「では、頂きます。……ものすごくおいしいです。これは?」
「ほうじ茶の一種ですね。お疲れの様でしたから、やさしめのお茶にしました。市内の茶畑で取れたリラックス効果の高い一級品ですね」
「はぁ。何か今までの嫌な事が消えるような感じですぅ」
ホナミは、それまでの硬い表情を崩し、年齢相応の柔らかい顔になった。
「もし宜しければ、お話聞きますよ。お若い女性がお一人でお遍路とは普通ではないでしょうから」
「安藤さん、この人探偵さんもしていて絶対に信用できます。わたしも困ったことを助けてもらいました。無理にとは言いませんが、お困り事があったらお話頂けませんか?」
「そうなの。マスターは外見と違って度胸無いから女性には手出ししないの!」
「チヨちゃん、さりげなく私を下げないでもらえませんか? 無理にとは申しません。ですが、安藤さんには何か良からぬ『影』が見えます。何か不思議な事があったのでは無いですか?」
ホナミに影を感じた3人、このまま放置できないと事情を聴きたいと促す。
「じ、実はわたしストーカーに追われているんです……」
ホナミは堰を切ったように話し出す。
ホナミは短大卒後、大阪で大手代理店勤務をしていた。
そして仕事が順調に進みだした今年春、彼女に危機が襲った。
仕事上付き合いのあった地元町工場の御曹司、三十路後半の男がホナミに眼をつけた。
彼は何かと理由を付けてホナミを呼び出した。
最初は仕事だからと、男の呼び出しに付き合っていたが、どんどん男の要求はエスカレート。
最後にはホテルに呼出しまでしてきた。
事態を見た大手代理店は、コンプライアンス案件と地元町工場に訴え、対応次第では取引中止をすると宣言。
町工場の社長は、御曹司に自宅待機を命じ、一応の解決を見た。
「しかし、それで終わらなかったのです。わたしの家があるアパートの郵便受けに手紙とか、あ……あんな物まで入れてきたんです」
郵便受けに体液が入ったものまで入れられて恐怖したホナミは、大手代理店経由で警察に通報した。
そして犯人として、例の御曹司がストーカー規制法で逮捕された。
「さ、さいてー。いくら好意あってもダメじゃないですか」
「変態ですぅ!」
「そんなので、男性と一緒に働くのが怖くなったわたしは、会社を辞めてゆっくり心を癒したくなって、四国へ来たんです」
行先も誰にも知らせずに四国入りしたホナミ。
最初は四国の自然豊かな景色に心を癒されるも、徳島県から高知県へと歩き遍路で移動する内、以前も感じていた嫌な視線が自分へ向かうのを感じた。
高知県から愛媛県へと進む内に視線は強くなり、とうとう宿に無言電話や宛名無記名のハガキまで送られてきた。
「もう、わたし怖くてたまらなくて、夜もあまり眠れていないんです。あの犯人、確認したら精神療養施設に隔離させられていて、今は外部情報には一切触れられない筈なのに……」
「マスター! アタシ、絶対許せないの! 安藤さん助けてあげようよ!」
「分かりました、チヨちゃん。これはお大師様の恩し召し。私が事件解決にご協力いたします。そうですね、もし良かったらご夕食を当店でどうぞ。それが探偵の契約金ということで。ホテルも無料で斡旋いたします。今からお寺は暗い山道が危ないですし、敵も動くでしょうね」
「はい?? 一食分で事件解決??」
「ええ、既に敵を発見してますからお安くしておきますね。そうそうホテルはツインで予約しますから、その御宿代は全額ご負担お願いします」
ホナミは、ニコニコしているハジュンやマオ、チヨの顔を見て、困惑した。
◆ ◇ ◆ ◇
「さて、そこなる生霊。これ以上悪事を重ねれば、本体も無事では済みませんよ。早く本体に帰り、己の行いを悔いなさい」
深夜、ホナミが休んでいるホテルの前、ハジュンとチヨが仁王立ちで待ち構える。
ハジュンの前には、ぼんやりとした人影があり、そこから悪意のオーラが立ち上がっている。
〝オ、オマエはナニモノだ! ほなみハおれノモノダァ! オマエなんかにはワタサナイ!〟
「あら、マスター。これって殆ど悪霊化してませんか? このまま返すより一度浄化した方が良いかもですぅ」
「そうですねぇ。全くこちらの話を聞くつもりも無いようですし」
襲い掛かってきた生霊を、いとも簡単に魔力の網で抑え込むハジュン。
生霊の顔をじっと見る。
「なるほど、雑多な悪霊を集めてここまで凶悪化しちゃったのですか。これは生霊化以前から悪霊に侵されて執着心を強化されてしまったのかもです。では、解きほぐしてから浄化しちゃいましょう」
ハジュンは、懐から入るはずも無い長剣を引き出す。
そして、えい! とおもむろに網の中の生霊に突き刺した。
〝ギャァァァ!〟
「宝剣ヴァジュラよ。悪しき心を浄化せん!」
宝剣がぴかりと光り、生霊に絡みついていた黒い何かが剝がれていく。
しばらくした後、網の中にはボンヤリとした男性が残った。
〝お、俺は?!〟
正気を取り戻した生霊に、ハジュンは本来の鬼神の姿になり、説教を始めた。
「貴方は悪霊と一体化して、今まで安藤保奈美さんを害していました。覚えていますよね。悪霊にそそのかされたとはいえ、貴方は女性を酷く苦しめました。その罪を償い、ご心配をかけたご両親に御恩を返しなさい。それが貴方がすべきことですよ。次はありません。今度何かしたら、私が貴方を必ず滅ぼします!」
〝ひぃぃぃぃ! も、申し訳ありませんでしたぁ。ホナミさんにも謝ってくださいぃ〟
そう言い残した生霊は、慌てながらに消えた。
「これで一件落着ですね。少しサービスしちゃいましたが、楽な案件だったので良いですよね、チヨちゃん」
「マスター、商売っ気無いですよぉ。今回は女性の敵だったから、あれで良いと思いますけどね」
「では、確認を。マオさん、そちら異常無いですか?」
ハジュンは懐に宝剣を戻して、今度は代わりに携帯電話を取り出した。
「はい、大丈夫です。ホナミさんは安心して眠ってますよ」
ハジュンは念の為にホテルをツインで確保し、悪霊も見えるマオにホナミと一緒に宿泊してもらっていた。
マオは、ハジュンに聞いたとおり、部屋にお札を張って結界を作り、ホナミに害が無い様に準備していた。
「それは良かったです。では、今晩はそのままでお願いします。明朝に事件解決したとホナミさんにお伝えくださいね。そうそう、明日も朝7時から仕事ですからお忘れなく」
「えー! もう深夜2時なのに、困りますぅ」
3人は、寝ているホナミを起こさないように静かに笑いあった。
なお、件の犯人。
それまでの投薬の影響もあり意識がもうろうとしていたのが、深夜急に覚醒し頭を壁にぶつけながら恐怖に顔を歪めて
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
と何回も叫んだそうな。
さて、第二話は如何でしょうか?
今後も時々更新していきますので、応援よろしくお願いしますね。
「ワシ、もっと続き読みたいのじゃぁ! 皆の衆、ブックマークや応援よろしくなのじゃ! アルファポリス殿のキャラ文芸大賞にもノミネートしておるから、そっちも宜しくなのじゃ!」
はいはい、チエちゃん。
応援ありがとね。
では、また!




