サイボーグ技師
1、2年前に小説にやる気を! と友人からお題を出してもらった短編というか、ショートショートです。
テーマは「サイボーグ」
ずっと仕舞ってて友人は忘れているかも知れませんが。
「自分が人間であると……そう思っていたのかい?」
ひいお爺さんが言った。一切の顔の筋肉を動かさず、じっとこちらを見つめている。
ひいお爺さんは昔から苦手だった。いつも笑わず、動かず……老いた顔が不気味であった。
不意に、ひいお爺さんの口元が動く。僕はつい逃げ出したくなった。
――笑っている。
……笑っているのだ。目はギラギラと見開き、口は半開きであったが、口の端は上に上がっていた。あのひいお爺さんが明らかに笑っている。
逃げ出したくなる気持ちを抑え、僕も笑った。
「どういうことですか? 母が? 父が? 兄が? それとも、僕が…… 人間ではないということですか?」
そんなことはない。人間であるに決まっている。大体、ここに人間でない人なんかいないのだ。宇宙人や超能力者が存在するわけがないし、このお爺さんだって。黒タイツにきらびやかなアクセサリー付けているおばだって、ぼうっとしている知らない親戚の人だって、滅多に会わない父方の祖母だって、皆人間だ。幽霊が本当にいるのなら、この場にいてもおかしくはないと思うが……。
「皆だよ。ここに居る皆、全員、人間じゃない」
言一言、区切るように言って、僕を見つめる。戯言だボケたお爺さんの戯言に付き合うほど、僕はお人好しではない。
「いいか、よっく聞けよ。お前の母親はアンドロイドだ、父親はサイボーグ、 兄とお前もサイボーグだ。今の時代、人間なんざ滅多にいやしない」
遠くで声がする。
ざわざわ、ざわざわ。
夢の中にいるようだ。悪夢である。夢ならば早く覚めて欲しい。
「なんまんだーぶーなんまーだーぶー……」
祖母が据わった目をしてぶつぶつ言っている。
子供が泣き出す。
ぐわん。
ぐわん、ぐわん。
畳をこする音。
すすり泣く声。
咀嚼音。
あぁ、くらくらする。
「お爺ちゃん、もう、いい、ですか? 僕、気分が悪くなってしまって……」
「そうよ、お爺さん! この子はね、家族を亡くして悲しんでいるの! 今から大変なんだから、そっとしておきましょう!」
話の内容なんか聞こえていないおばが、耳がきんきんするくらい大きな声で言う。
悲しんではいない。突然すぎるのだ。
警察が言うには、横からトラックが突っ込んできて家族三人とも即死だったそうだ。母も、父も、兄も……もういない。
僕がアルバイトに行っていたから。その日は、兄の誕生日で。バイトを断りきれない僕抜きで、三人で焼肉へ行った帰りのことだった。
おばには感謝している。お通夜を取り持ってくれ、葬式も小さいながら行ってくれるそうだ。その上、大学に行っている僕を家に置いてくれると言っている。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。でも…… おばは苦手だ。派手で自分のことしか見えていなくて、なんというか……合わない。今も、お酒を飲んで大声で話し、お通夜の雰囲気もなにもない。
「僕も、焼肉、食べたかったな……」
聞こえたのか、聞こえてないのか、ひいお爺さんは僕をじっと見つめた。
用を足していると、トイレのすりガラスに人影が写る。すぅーっと近づいてくると、ばんっと音がして、ぼやけた顔が見えた。
「うちーにくるー?」
水を流して、一息ついてからドアを開ける。……と、顔が目の前にあり、予想していなかった僕は腰を反らして、ギックリ腰になりそうだった。
「お爺ちゃん、なんて?」
「うちに住まんかね!」
僕より背が低いお爺ちゃんは、仁王立ちで僕を見上げ、はっきりとした口調でそういった。
「うん、行こうかな」
この時僕は、相当疲れていたのだと思う。お通夜の雰囲気と眠気に呑まれ、脳が動いていなかったように感じる。ただ、おばの家にお世話になるよりましな気がした。
おばにこのことを言うと、興味がなさそうに、そう良かったねと承諾してくれた。おばとしても、厄介者がいなくなって良かったのかも知れない。
葬式が終わると、おばに挨拶をしてひいお爺さんの家へ向かった。
ひいお爺さんの家は僕の家から新幹線で三時間の田舎だった。築百年はあると思われる、青い瓦屋根の一軒家だ。
ひいお爺さんはあまり話さなかったがいい人だった。公務員だったそうで、お金はある、とおばに払ってもらうつもりだった大学の費用は、お爺さんが払うことになった。
不思議なことがある。ある日、早く寝すぎてトイレに起きた時のことだった。テーブル用のライトがぽつりと付いていて、お爺さんが起きているかななどと思っていたが物音ひとつしない。
覗いてみると、お爺さんが胸部をはずしていた……。目を疑うが、それはかちっと軽い音を立てて外れた。胸部――鎖骨から、たぶん鳩尾までの部分を取ってテーブルに置いていた。
それは布のようにぺらぺらしていた。今はお爺さんの胸部は銀色に輝いている。
僕はそれを見たことがある。ドラマや映画に出てくる、主人公を襲うロボットだ。銀色の体はそれに良く似ていた。
何をしていたかはよく見えなかった。驚いたが、僕はお爺さんの体から目を離せなくなってしまっていた。
翌朝、お爺さんは何事もなかったように朝ごはんを食べていた。
その間も僕の目はお爺さんの胸から目がそらせない。
「元気がないな。どうした?」
昨日あれから、考えこんでしまい。よく眠れなかったしかし、瞼は閉じそうでも、頭は良く冴えている。
「どうもしてないよ」と言ってみたものの、頭の中は昨夜のことでいっぱいだった。
……あれは、何だったのだろう?
その日もひいお爺さんは朝早くに起きたようで、裏山からびわを取ってきていた。
水洗いをしてざるに上げられたびわがテーブルに置いてあり、食べていいよと言われて何気なく手に取ると、蟻が――。
蟻が――付いていた。
嫌だなと思ってティッシュで取ると、中からぶわっと沸くように出てきた。
「うわっ」
台所からやって来たお爺さんは僕が中から蟻が出てきたといってもおかまいなしに、蟻を手で取りながら食べ始める。
「取れば大丈夫」
そう言うが、びわからはどんどん蟻が出てきて、とても食べる気になれなかった。
「僕はいらないよ」
そう言った途端、お爺さんがうめき声をあげた。そしてそのまま後ろに倒れこむ。
「え?お爺ちゃん!しっかりして!」お爺さんは白目を剥いている。
「油……忘れた……」
「えっ?なんて?油?なんて言ったの、ねえ!」もう動かない。
もしやと思い、心臓に耳を当てると、動いていない。僕は咄嗟に心臓マッサージをするが、やり方も分からず、意味がないように感じた。救急車を呼ぶが、田舎の為一時間はかかると言われた。
なんだか、すっと無表情になって急に心が冷えていく気がした。
救急車がきて、病院に着いたが、死亡確認をして終わりだった。時間が経ちすぎたのだ。
おばに連絡して、僕の口から最初に出てきたのは、ごめんという言葉だった。僕が謝ることではないと思ったが、自分の周りの人が亡くなっていき、自分が死神か何かのように感じたからだ。
死んじゃったと言うと、おばは、謝らなくていいが葬式は開けないと困ったように言った。「ごめんねぇ、家族のこともあったのにねぇ」と。
家に帰って、お爺さんの部屋をふと覗くと、机の上に紙が置いてあった。筆ペンで読みにくい字が並べられている。
――僕への手紙のようだった。
――ひいお爺さんからの手紙――
この手紙を書いたのは、私がいつ死ぬか分からないし、たぶん誰も教えてくれないから。前、人間じゃないと言いましたね? あれは本当のことだよ。二十年くらい前だったか。人間の寿命が延びてきて、ついに機械を体の一部に使って生き延びるようになった。
前に言ったかも知れんが、お前はサイボーグだ。子供のころは寝ている間にサイボーグ技師の所に連れて行かれていたはずだし、これからも行かねばならない。
ただ、世間は人間とサイボーグとアンドロイドという違いを恐れ、差別がないように個人情報という形で守られている。だから、二十歳でまだ自分がサイボーグだということを知らんやつも少なくない。少子化だから、最近の子はほとんどアンドロイドなんだがね。私は年だから、若者のように全身機械というわけじゃない。心臓だけが機械のポンプで出来ていて、毎朝油を注している。部品は変えているが、いつ死ぬか分からん。
私がもし死んだら、遺産はお前にやる。お前はまだ若いし、金がかかる。
二十歳になったら、ここへ行きなさい。サイボーグ技師のいる病院だ。
サイボーグ技師がいる病院の住所が記されていた。この手紙を読んでも信じられなかった。しかし、お爺さんが油といっていたこと、夜中に見たお爺さんの胸を思い出し、これは現実なのかと疑心暗鬼ながら手紙を信じた。死ぬ間際までこんな嘘はつくまい。もしかして僕が知らなかっただけで家族も友達も皆、人間じゃなかったのかもしれないと。
大学を中退し、地元の企業に就職した。毎日が失敗ばかりで、役に立つどころか迷惑しかかけていない。家族もいないのに、働く意味が見出せない。生きている意味が見出せない。毎日毎日、死ぬことだけを考えていた。
二十歳の誕生日を迎えた僕は、お爺さんの手紙にあったサイボーグ技師の住所を訪ねた。イシイ医院。それがここの名だ。
受付で渡された用紙には、今回の用件について、修理、点検、相談などと書かれており、本当だったのだと緊張した。点検、相談に丸をして受付に出す。
名前を呼ばれて診察室に入ると、干からびて今にも倒れそうなお爺さんがいた。この人が医師なのだろう。
「あの……僕、初めて一人できたのですが……」
白目がにごっている。二つの目がぎょろりと僕を見つめた。でも何も言わない。
「あの……僕、もう生きていたくないんです。死にたいんです」… …医者の目は左右が違う方向を見ていた。
僕は何を言っているのだろう? 今日は二十歳になったから来たというのに。
「医者だから、殺してはくれないですよね。毎日、機械のように生きることはできませんか? 何も感じず、何も考えず生きることはできませんか?」
医者は目を細めて満面の笑みを作った。
「できるよ」
「本当ですか?ぜひ、お願いします!お金はどれくらいいりますか?」
「これはトクベツだから、金はいらん。トクベツは失敗してもこちらは一切責任を負わない。いいか? でも金の代わりに――が欲しい」
空気が漏れるように話すので、聞き取りづらい。
「臓器が欲しい。……臓器提供に承諾をもらえるなら、それでいい」
医師は笑った。僕も笑った。先程とまるで違い、いい笑顔だ。
「本当ですか?お願いします」
あぁ、僕は幸せだ。仕事で失敗することは少なくなるだろう。何を言われても傷つかないだろう。生きることも苦しくないだろう。
僕はわくわくした。
僕のおばは、葬式で馬鹿にしたような笑みを浮かべて電話をしていた。
「なんだかね、あの子、一ヶ月前くらいから自分は機械になったんだって言い始めたらしいの。味も分からないし、機械はご飯なんか食べないって全く食べなくなったそうよー。え? うん。上司の方から聞いたのよ。……あのひいお爺さんと一緒に暮らして頭がおかしくなったのかな。あ、でも、以前に比べて仕事が出来るようになってたらしいの。なんか人が変わったっていうかねー。家族が亡くなっちゃって、心配してたけど、就職して安心してたとこだったのに」
おおげさにため息をつく。
「うん、そうそう。地元の工場ね。あの子がどう暮らしていたかは、私、離れていたもんで分からないんだけど。最近死人ばっかで嫌になっちゃう。嫌ねえ、私は大丈夫よ。今、幸せだもの。え? 関係ないって? んふふ。結婚するんだもん。サラリーマンなんだけど、優しいし、頼りになるし、仕事も出来るみたいで、来年は昇進間違いなしだって上司の方に言われたのよー。私には勿体無いくらい。ああ、でも最近疲れているみたいで、病院に通ってるの。え? どこって? なんでそんなこと聞くの? ……どこだっけなあー確かイシイ医院?なんでも、子供の頃からかかりつけの病院みたいで。え? 知ってるの? いい病院で有名? へえ、知らなかったわあ。まぁ、体調が悪いだけで心配ないっていうけど。それだけが心配ね」
おばはころころと笑った。
「あっ、もう切るね。一応葬式中だから。もう、本当よね。嫌ね。私の葬式にはちゃんと来てよね。――なんちゃって。ん。じゃあ切るね。ばいばい」
相変わらず、おばは笑顔でミニスカートを履いていた。