王の義
リトナと話してから数日、王と話す機会というのもなかなか難しいようで俺達はただ待っていたが、遂に明日会う事が出来るらしい。
その前にリトナは俺と再び城下町に行っておきたいとの事で、その日は一日中城下町で楽しんだ。
「ローシュ、今度はあっちに行きますよ」
「はいはい」
なんでこのお姫様はこんなに体力があるんだろうか。
「今日のわたあめはレッドドラゴン味にしましょうか」
「うーん、それはやめといたほうが……」
「あっ、辛っ。辛いですこれ!」
「だからいったのに」
一日中そうやって遊んでいると、日も沈み始め、辺りが茜色に染まってきた。
その時、リトナが行きたい場所があると言って俺を連れてってくれた。
「おぉ、これは……」
「どうです? 綺麗でしょう」
城の裏にある高台から眺めた景色は夕焼けも相まって絶景となっていた。
「今日も一日、ありがとうございましたローシュ」
「いえいえ、俺も楽しんでたし」
そして俺の目を見たかと思うと、何かを決心したかのような顔で話し始めた。
「今思えば私は……ある意味絵本の中から抜け出せなかったのだと思います」
「どういうこと?」
「私はずっと絵本の中のお姫様に憧れていました。ある日自分の運命の相手と出会い、結ばれる。私は一国の姫ですから、普通の方のような恋はできません。だから、絵本のような出会いをずっと待っていました」
リトナは自らを戒めるようにして続ける。
「そんな時、現れたのがユート様でした。私は運命だと思いました。けれどその運命は作られたものだった。現実は絵本のようにはいかないのです。先日私は、この時ユート様に“恋慕”を抱いたと言いましたが、今となってはそれも違うような気がします」
「勇者への想いは恋じゃなかったと?」
「あれは……そう“憧れ”だったのだと思います。絵本を夢見た幼き頃からの私の“憧れ”。恋を知らぬ私は、それを恋だと『思いたかった』のです」
リトナのその言葉はまるで消え入るように儚くて。俺は不安になった。
そう思っていたら、リトナがふと俺の目を見つめた。
「でも、本当の恋とはただ相手に憧れているものではないのですね。相手を想い、哀しみ、慈しみ、そしてどうしようもなく、切なくなる」
リトナは自身の胸に手を当てて、目を瞑りながらそう言った。
「それが“恋”なのだと、今ならそう言えます」
目を開けて俺の方を見つめてそう言ったそリトナはまるで女神のように美しかった。
これは、もしかして俺は何か言った方がいいんじゃないだろうか。
俺は今、リトナに惹かれている。それは確かだ。けどここで俺が彼女にそう告白しても大丈夫なんだろうか。
また、ミナのように最後に裏切られるならいっそそんなことをしない方が……。
俺のその迷いを見抜いたのか、リトナは少し頬を膨らませると、俺にぼそりと呟いた。
「意気地なし……」
リトナがいじけた子供のようにそう言ったのを俺は聞き逃さなかった。
『覚悟を決めなさい』
ハミラさんの言った一言が、俺の脳裏によぎる。そうだ、ここが俺の覚悟を決める時!
俺は想いを伝える!
「リトナ!」
「はい……?」
去っていこうとするリトナを俺は腕を掴んで引き留めた。
気のせいか、リトナの腕が震えている気がする。いや、震えているのは俺の腕か?
「好きだ!」
「へっ……?」
なんて言おうか迷っていたはずなのに、俺が口から放った第一声はそれだった。リトナは思わず素っ頓狂な声を出す。
や、やばい。そのまま言ってしまった。もういいや、どうにでもなれ!
「好きだ、リトナ! お、俺と、結婚してくれ!」
俺は全力でそう言う。
すると、リトナはあろうことかクスクスと笑い始めた。
瞬間、俺の中でミナとのトラウマが蘇る。まさか、また俺は捨てられるんじゃ……。
「いきなり一国の姫に結婚を申し込むなんて。ローシュは大胆ですね、面白いお方」
「ご、ごめ――え?」
一瞬のことだった。リトナは両手を使って俺の頬を抑えると、顔を近づけてきた。そして、そのまま口づけを交わしてきた。
その口づけは、一瞬の事だったけど俺には時が止まったかのように感じた。
リトナは口を離し、「口づけとはこんな感触なのですね」と頬を赤らめた。そして俺を見つめながらこう言った。
「私もお慕いしています。ローシュ、私をユート様から……奪って」
耳元で囁くようにそう言われた俺は、つい我慢がきかなくなってその場にリトナを押し倒した。
あたりは既に夕暮れではなく、夜になっていた。
「リトナ……」
「ローシュ、来て」
見つめあった俺達はもう抑える事が出来なかった。
辺りのどこかにハミラさんが監視しているはずだけど、そんなものも気にしなかった。
俺達はその日、結ばれた。
そして、次の日。
今俺は王の御前である。玉座に座りこちらをじろりと見下ろしているのが現国王だ。
威風堂々とした風貌で表情は固く、怖いとしか言いようがない。こんな人相手に俺はちゃんと言えるのだろうか。
「それで、今回は何の用だ?」
王が口を開く。低くて重い声だ。
「実はお父様、ここにいるローシュが申したい事があるのだそうです」
リトナが俺の事を紹介してくれた。俺は跪いたまま頭を下げ続ける。
「なるほど、こいつが……ローシュか。おい、そこのローシュとやら。いいだろう、面を上げろ」
「は、はい」
「ほう……」
王は俺の顔をじろじろとゆっくり見ると何事か感心したように唸った。
「良い目をしているな。その奥にあるのは野心か? 貴様、何を隠している?」
「は、はい。今回私が王に申したい事はひとつでございます! 勇者ユートの危険性についてです!」
「勇者の? ふむ、興味深いな。言ってみろ」
王は勇者という部分に食いついたみたいだ。よし、このまま全部言い切ってやる。
そのあと俺はリトナに話したように勇者の殺害未遂について事細かく話した。そして俺が勇者を恨んでいる理由もだ。後者は話すか迷ったが、この王に隠し事をしても逆効果だと思い話した。
「――という事です」
俺が全てを話し終えると、王はしばし目を瞑り考えているような素振りをみせた。
そして、目を開けると盛大に笑った。
「くくく、そうか! ようやく尻尾を出しおったかあの狐め!」
「き、狐、ですか」
「そうよ。よくやったなローシュとやら。儂はこの数年奴の存在に悩まされておった。巨額の資金の散財、所構わず女に手を出す女癖の悪さ、そして儂の地位さえ狙っている野心、これは一端に過ぎん。だが奴の好き勝手な行動も勇者故に見逃す他なかった」
王は心から嬉しそうに続ける。
「2年前の事件もそうだ。儂も異変には感づいていたが王が勇者になど公に捜査はできん。結局尻尾は掴めなんだ。まぁ何より娘の恩人を疑うというのも儂の“義”に反する。それで、儂の可愛い娘をあんな輩の婚約者にする羽目になったのだ」
王は悔しそうに娘のリトナを見た。
「だが! もはや奴には何の借りもない。リトナ、あいつとの婚約は破棄でよいな」
「はい。私も決意しました」
「それでこそ我が娘。勇者ユート、元々気に食わなかったが、娘を危険な目に遭わせた上にその心を弄んだとあってはもはや我慢ならん。成敗してくれるわ」
王は立ち上がって拳を握りしめるとそう言い放った。
なんていう迫力だ。これが王様ってやつか。
「おい、ローシュとやら。貴様は勇者にどのような制裁を与えるかは考えていないのか?」
急に俺に質問が来た。
「は、はい。それが案外難しい問題だと私は考えています」
「それは、勇者という特性によるものの事か?」
「その通りでございます。このまま勇者は魔王を倒すでしょう。その時彼は世界の英雄です。仮に自作自演の為に我が国の姫を危険な目に遭わせた者であると世間に流布したとしても、恐らくそれは世界を救ったという大業の名の下に消えてしまいます。すると我が国はそんな英雄に罰を与えようとしているけしからん国として非難を浴びる事となるでしょう。更に勇者が他国に逃げてしまった場合、我が国にとって脅威となってしまいます」
魔王がいる今だからこそ国同士の戦争は休戦しているが、魔王がなくなった後は領土の争いになる事は必至だ。
そんな時に勇者を罰したら他国がうちに攻め入る大義名分をもたらせてしまう。
「なるほど、わかった。つまり重要なのは、いかに“勇者を英雄のまま残酷に陥れるか”という事だな?」
王は口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
この王様は、とても頭が良い。すぐに俺の言いたい事を理解し、要点をまとめて返してくれる。
そして何より、娘好きでかなり執念深いお方だ。
「はい。出来るだけ世間的に納得のできる方法で勇者を苦しめるというのが現実的でございます。何か良い方法があれば良いのですが……」
「ふん、それならば儂に良い考えがある。儂が勇者を召喚したというのは知っているか?」
「はい。リトナ姫からお伺いしました」
「ならば話は早い。実は勇者の力には秘密がある――」
そこから王が話したことは俺にとって驚きのものだった。
勇者は異世界より召喚される。しかし召喚された時点ではその者は何の力も持っていないのだという。そこに術者が、異世界人にのみ適用できる勇者の加護を付与して初めて勇者は勇者足り得る力を手にするのだそうだ。
確かに勇者は剣姫や弓姫、杖姫がいないとあまり力が発揮できないとはいうが、それが付与された加護によるものだとは思いもしなかった。
更に勇者がいなくなると、剣姫達の能力も失われるのだという。
「儂が何を言いたいのかわかるか?」
「国王ならば、勇者にかけられた“加護”を再び取り除く事が、できる……?」
「正解だ。取り除くだけなら簡単にできる。そしてそれを使えば奴を陥れる事ができるだろう」
俺と国王は、同時にニヤリと笑った。
そこから先は早かった。王は着々と勇者の加護を取り除く準備を始めた。
「奴に復讐するならそれなりの地位にいた方が都合が良かろう」
俺は王のその一言で猛勉強をして半年で、見習いではあるがこの城の宰相様の弟子にしてもらう事ができた。これは異例のことらしい。復讐の力って凄い。
そして勇者が旅に出てから6年と7ヶ月。ミナが俺と別れ旅に出てから1年と7ヶ月。遂に魔王は討ち取られた。
この歴史的偉業は世界にすぐさま広がり、世界中は歓喜の渦に包まれた。
そして彼らは9ヶ月ぶりにこの王都に帰還してくる事となった。彼らは国中から感謝され、もてなしの限りを尽くされた。
そしてそれが、彼らが感じた最後の幸福だったのだろう。
俺は今か今かとこの時を待ち続けていたのだ。凱旋も終わり、一息ついた勇者達は王に正式に報告をする事となった。
王の間に勇者たち一行が現れた。皆、自信に満ち溢れた顔をしている。
俺は宰相の後ろに立っているが、彼らは俺の存在に気づいていないようだ。
「この度の旅は、誠に“ご苦労”であった」
王が笑みを浮かべてそう言った。『ご苦労』という今の言葉。この時既に王により勇者の加護除外はなされていた。
勇者にとっては地獄が始まる。
次の話からいよいよクライマックスです。
最後まで物語を見届けていただけたら幸いにございます。




