覚悟の分かれ道
リトナと話した次の日、俺が城の清掃を終え城下町をぶらぶらと散策していると、露店の椅子でまんじゅうを食べているハミラさんの姿があった。
俺は声をかけることにした。
「ハミラさん」
「あら、ローシュ君。仕事は終わったの?」
「ええ、今日の分は。それにしても、早く王に謁見したいものです」
「まぁ王様にも都合があるからね。ほいほい会えるものじゃないわ。それにしても、驚いたわ」
ハミラさんはまんじゅうを食べながら、俺に椅子に座るよう指示するとそう言った。
俺も店主にまんじゅうを1つ頼み、椅子に着く。
「何がです?」
「本当に姫を味方につけちゃったところよ。ちょっと前の私なら、まさか成功すると思わなかったでしょうね」
「ええ? そうだったんですか」
「だって姫は本当にあの勇者にぞっこんだったのよ? 早くユート様は魔王を討伐して帰ってこられないからしら? なんていつも言ってたわ」
なんかあまりそういう話は聞きたくないな。あの勇者が持て囃されてるのを聞かされてもこれっぽっちも嬉しくない。
俺はまんじゅうを少し強めにかじる。
「まぁ勇者が白馬の騎士的な扱いでしたからね。あ、このまんじゅう美味い」
「でしょ、ここの美味しいのよ。でね、そんなお姫様を変えたのが、君よ。ローシュ君」
ビシッと人差し指を俺に突き刺してそう宣言するハミラさん。
「俺、ですか」
「そうよ。確かに君が現れた時は、まさかこんな事まで出来るようになるとは思いもしなかったわ。けどね、君が姫と初めて会ったあの日。姫は君と別れた後、私に珍しく訊いてきたのよ。『あの方はいったい?』『どこの方』って感じで」
「それは姫にとって珍しい事なんですか?」
「そりゃそうよ。たかが城の清掃人の1人の事でそんな訊くなんて珍しいわ。だから私は逆に姫に訊ねたのよ。『姫はあの者にご興味がおありで?』って」
「そ、そしたら?」
俺は思わず生唾をゴクリと飲み込み、次の言葉を待った。
するとハミラさんは少し笑った。
「『初対面で鼻血を出した挙句に泣き始める殿方なんて初めてですわ』と、笑って仰ってたわ」
俺は思わず椅子から転げそうになった。
いや、まぁそこまで気にしてもらってたら全然いい働きだったって事か。過去の俺、頑張ったな。
「ま、まぁ面白いと思って頂いただけでも光栄です」
「それでその後もローシュ君は姫様と定期的に話してたでしょ? なんか庶民的な話をよく話してたみたいだけど」
「ええ、農耕や歌など」
そう、俺はリトナに対してミナや勇者以外の何を話してたかというと、至って単純。今まで田舎で暮らしてきた俺の知識なんて、農耕の事や詩人、行商人から聞いた話くらいしかない。
だからそれをリトナに話してみたのだ。今思えば一国の姫に農耕の話するて、不敬だと言われても仕方ない話だな。
「それがね、姫様にとっては斬新だったみたいで凄く気に入ってたのよね」
「キラキラした目で俺の話聞いてましたからね。俺も調子乗ってペラペラ話しちゃいましたよ」
「姫もよく言ってたわ。『ローシュさんの話は面白い。凄く勉強になる』ってうきうきしてた。実は、私思ってたのよ。ローシュ君が現れる前、姫様は本当に勇者の事をそんなに待ってたのかな? って」
「どういう事です?」
いまいちハミラさんの言いたいことがわからなかった俺は訊き返す。
「私が思うに、姫は城にずっと閉じこめられてたから何も楽しみがなかったでしょ? それこそ物語の本くらいかしら。だから、そんな退屈な日常から離れたいから“勇者と結婚すれば何か変わる”って思いたかっただけなんじゃないかなって思うのよね」
「それは……流石に考えすぎじゃ? 根拠はあるんですか?」
まぁ最初からリトナは勇者の良いところはどこかって訊いても特にあげられなかったし、好きになったのが助けられたからだけってのは気になってたけど。
「女の勘ってやつ?」
「急にふざけましたね」
「まぁまぁ。実際、君とお話しし始めてから姫は勇者の事をあまり話さなくなったわ。そして代わりに君についての話が増えた」
そう言ってハミラさんは笑う。
「だから姫は急に城下町に行きたいなんて言い始めたんでしょ。あれは確実にローシュ君の影響よ」
「う……それは俺も思いましたけど」
俺がいろいろと食べ物の話とかもしたからなぁ。リトナが興味津々なのは俺もわかってた。
「姫はね、ああ見えて年頃の女の子よ。そりゃあ恋だってしたくなるわ。だから、運命って言葉には弱いし、“自分が恋している”って思いたい気持ちもわかるわ、私も女だからね」
「……何が言いたいんです?」
「姫は勇者で恋をしてみたかっただけなのよ、きっと。だけど君と出会って彼女はやっと本当の恋って奴に気づいたんだと思うわ。自分がしたくてした恋じゃなくて、いつのまにか好きになってしまった恋」
ハミラさんが言いたいことはだんだんわかってきた。
だがそんな事が本当にあり得るのか?
こんな俺みたいなただの平民に、姫が?
「……あ、あまり信じられる話じゃないですね」
「君があげたあの髪飾り。姫はまるで宝物のように大切にしてるわよ。寝る前にいつも見てるし」
「それは、嬉しいですね……」
「ま、“どうするにせよ”、覚悟を決めなさい、ローシュ君。男でしょ」
どん、と俺の背中を叩いてハミラさんは笑った。そして立ち上がると、
「んじゃまたねー。頑張れ、少年」
そう言って、お金を店主に払って歩いてどこかにいってしまった。
覚悟を決めろ、か。
よく考えれば俺の覚悟ってぶれぶれなんだよな。最初は勇者達に復讐するためにはなりふり構わず誰でも利用しようって思ってたのに、やっぱりそこまで強気にはなれないし。
リトナと話してるのも途中からは復讐とか関係なしに普通にそれが楽しくて話してたし。
ハミラさんは良い人だし。てかたぶん俺の考えなんて全部見抜かれてるし。
けど、俺の心の中にある復讐の炎が消えたわけじゃない。それは今でも俺を焼き続けてる。
ハミラさんが言った『どうするにせよ』って言うのは、たぶんここなら引き返せるからだ。
仮に復讐に成功したとして下手に王国を引っ掻き回しただけで終わったら、俺は恐らく悲惨な末路を遂げる。それも復讐者にはふさわしいかもしれないけど。
ハミラさんが言いたかったのは、リトナを勇者から奪う覚悟はあるのか?って事だ。
一国の姫。ただの平民の俺にはまるで蟻が眺める象の如く高い存在。国王や他の者達の圧力を受けながらもリトナを奪う覚悟はあるのか?と。
復讐は何がなんでも成功させる。だが、その先のこと。
その事について考える時が来たのだ。
俺の未来。考えて良いのだろうか、そんな事を。復讐を思ってここまでやってきた俺が復讐を終えた後の事など……。
まだ、俺の答えは出なかった。