事件の裏
リトナと城下町に出かけてから1ヶ月が経った。あれから俺とリトナは更に仲良くなった気がする。いやまぁ俺が勝手にそう思ってるだけだけど。
そんなある日、ハミラさんが良い情報を持って来てくれた。
「カロの居場所がわかったわ」
「本当ですかっ」
「ええ。ここから西の国の方にいるわ。どうする? 結構遠いけど、行く?」
「勿論! 行かせてください」
「よし、なら早速行くわよ」
というわけで俺達はカロさんがいるという西の国にある町に来た。
そんなに大きな町ではないが、カロさんが住むという家は他の家よりひと回り大きかった。
「はぁい、カロ」
「ハミラ、今さらいったい何のようなの?」
カロさんは言われた通り左目付近に切り傷があった。年齢はハミラさんと同じくらいだろうか。短髪で綺麗な顔をしている。
「実はね、この子が少し訊きたい事があるらしくて」
「何、その子は?」
「初めまして、ローシュと言います」
「まぁいいわ。とりあえず上がって」
カロさんにそう言われて俺達は家に上がり、案内されると椅子に座った。
「それで?」
カロさんは訝しげに俺をみる。
「えっとですね、訊きたい事は2年前にリトナ姫を勇者が魔物から救った事件の事なんですけど」
俺のその発言に対してカロさんは明らかに動揺していた。
だが彼女は少しの間を開けた後、
「知らないわ。何のことかしら。用がそれだけなら帰ってもらえる?」
そう言って俺達を帰そうとする。どうやらこの話は相当したくないらしい。
どうしようかと思っているとハミラさんが口を開いた。
「まぁそう言わないでよカロ。この子も興味本意で訊いてるわけじゃないの。ローシュ君、君の過去を話してあげて」
人にものを聞く時はまず自分から、というわけか。
「実はですね――」
そういうわけで俺はここに至るまでの経緯をカロさんに話した。
カロさんは時々驚きながらも素直に聞いてくれた。
「――というわけです」
「なるほど。婚約者の幼馴染が勇者にね……辛いわね。勇者もムカつくけどなによりその幼馴染がムカつくわね。私だったら完膚なきまで嫌がらせをするわ」
勇者じゃなくてミナの方にヘイトが溜まったというのは男女の考えの違いだろうか。
まぁ俺は両方とも憎いわけだが。
「いいわ、気分が変わった。教えてあげる、2年前の真実を」
カロさんはそう言いつつ話し始めた。
「まず結論から言うと、2年前のあの事件は勇者による自作自演で間違いないわよ」
「やっぱり!」
いきなりそれから言われるとは思ってなかったけど。
「2年前、リトナ姫の国外遠征は私達一部の従士には前もって伝えられていたわ。警護する関係で通るルートもね。勇者はそこを狙ったの」
「って事は、勇者がリトナ姫の通るルートを知ってたのは……」
「ええ、私が教えたからよ」
「何故そんな事を?」
俺のその質問をカロさんは「子供ね」と少し小馬鹿にしたような事を言った後に答えた。
「お金よ。あの勇者、私が従士として一生働いても貰えないお金をくれたの。この家だってそれで建てたんだから」
「お金、ですか」
「お金は大事よ? 歳をとればわかるわ。それで私は勇者にルートの詳細を教えた。けれど魔物の出現については私は関わってないわ」
魔物の出現。あれもどこから現れたのか一切不明の謎だったな。
「じゃあいったいどこから?」
「あれは貴族よ。王都に強力なコネを持つ魔物好きのダミーっていう貴族から勇者が買い取ったものね」
「え? でもハミラさんが貴族への調査もしたって……」
「ええ。けど貴族は王都に多大な献金を払っているわ。調査隊も捜査とは名ばかりで門前払いが殆どなのよ。案の定貴族は捕まらなかったみたいね」
という事はやはり予想通りだったというわけだ。勇者はカロさんからリトナの国外遠征の情報を手に入れ、そして前もって買収していた魔物をそのルートに配置。
それにリトナ達を襲わせ、自らの手で助けるって魂胆だ。見事に成功したわけだな。
「想像通りの男でいてくれて良かったよ……! 勇者……!」
俺は嬉しさと怒りの二つが混じり合った気持ちになっていた。
奴がクソでゴミ野郎でいてくれればいてくれるほど俺の復讐の炎は消える事はない。
「……ローシュ君、だったかしら? いろいろ大変だと思うけど頑張りなさいよ」
「ありがとうございます……何も訊かないんですね」
「ええ。私には関係ないもの」
「じゃあ何で俺に無償で情報を?」
「そうねー。まぁこの国にいれば私は捕まる心配はないし……強いて言うなら、私もあの勇者気にくわないから、かしらね。人を舐めきってる目だわ、あれは。私舐められるの嫌いなのよ」
そう言ってカロさんは「あんな奴、ぶっ飛ばしちゃいなさいよ」なんて言いながら笑った。
俺はカロさんに深くお礼を言ってその場から去った。
そして俺は馬車の中でハミラさんにお願いをする事にした。
「あの、ハミラさん。本当申し訳ないんですけど俺」
「ダミーっていう貴族の元に行きたいって言いたいんでしょ?」
「うっ、そ、そうです」
凄い、この人は本当になんでもお見通しだ。
そのあと俺はハミラさんと共に魔物を飼っているという噂のダミーという貴族の元へと向かった。
彼は最初俺達を家に入れる気もなかったが、魔物と2年前の事をちらつかせると焦ったらしく家に入れてくれた。
「い、いったいなんなんだ君達は」
「ダミー公爵。あなた、違法と知りながら魔物を飼っていますね」
俺のその問いにダミー公爵はしらばっくれるように扇子で顔を仰ぎながらそっぽを向いた。
「しらばっくれても無駄ですよ。2年前のリトナ姫襲撃の際に貴方が魔物を勇者に売ったというのはわかっているんだ」
「ぐ、ぬぬ……だが証拠はあるまい。私は公爵だ。調査隊などはここに入ってこれんよ?」
「けど中立組織の“神星会”にピンポイントで貴方を告発したらどうなると思いますか?」
神星会は世界に散らばる宗教組織のようなもので、世界全体の治安維持も手掛けている巨体組織だ。どこの国にも属する事なく中立の立場のため、王族や貴族の権力は届かない。その代わり安易に動いてはくれないが。
「ちぃ……何が望みなんだ?」
「勇者と取引した時の誓約書がまだある筈だ。それを渡してもらう」
「そんな物を渡したら私は捕まってしまうではないか!」
「今だったら“魔物所持”の罪だけですが俺の言い方によっては“王族殺人未遂”の罪に変わるんですよ。賢い貴方ならわかるでしょう」
「う、うぬぅ……」
魔物所持の罪はそれほど重くない。おそらく公爵ほどの実力者ならすぐに解放されるだろう。だが王族殺人未遂となっては話は別だ。どう足掻いても極刑は免れない。
ダミー公爵はひとしきり唸ったあと、観念して誓約書を俺に渡してきた。確かにそこには勇者がダミー公爵から魔物を買い取ったという文面が書かれていた。
「おい小僧。そいつを使うって事は、あの勇者を痛い目に遭わそうって魂胆だろう?」
ダミー公爵は誓約書を見る俺にそう言った。
「ええ……。俺はあいつに恨みがあります。あいつを許す事は俺には出来ない」
「ふん、良い目だ。地の底を知る良い目。少なくともあの勇者よりは信頼できそうだな小僧は」
「ダミー公爵、あなたは……」
「私が何故その誓約書を燃やさずに置いていたかわかるかね。それはあの勇者を信じていないからだ。いつ寝首をかくか分からんあいつにはこちらも手を打つ必要があった。今回君が勇者に一撃を与えてくれるというなら願っても無い。是非やってくれ」
そう言ってダミー公爵は笑う。
な、なんというか図太い神経の持ち主だ。これくらいじゃないと公爵はやっていけないのかな。
そして俺達はダミー公爵の家を後にした。
「言うの? この事をリトナ姫に」
城に戻る最中の馬車の中でハミラさんは俺にそう訊いてきた。
「ええ。伝えます。たとえどんな結果になるとしても俺は伝えます」
「……わかったわ。次に姫と会えるのは3日後よ」
「はい。わかりました」
そして城に着くと俺とハミラさんは別れた。
3日後か。これは大きなターニングポイントになるだろう。
城に来て3ヶ月経った。長いような気もするが、ミナの帰りを待っていた時に比べれば短いものだ。
勇者達が帰ってくるのはいつになるのだろうか。あまり悠長にはしていられない。
とにかく3日後に失敗はできない。
そして時間はあれよあれよと過ぎ去り、3日後になった。
「こんにちは、ローシュ」
「やぁリトナ」
俺達は名前で呼ぶようになっていた。
最初は俺が目立つから嫌だと断っていたのだが、2人の時ならいいでしょうとリトナに押し切られてそうなった。
「今日は何のお話をしましょう」
「それなんだけどリトナ。俺がひとつ言いたいことがあって……」
俺の神妙な面持ちにリトナも何かを感じ取ったのか、少し真剣な表情になった。
「なんです?」
「リトナが前に語ってくれた勇者の話あるよね? 助けられたってやつ」
「ええ。忘れるはずありませんわ」
「俺、どうしてもその話に納得が出来ないことがあったから調べたんだ。その事件について。そしたらあるひとつの真実がわかった」
「ひとつの……真実?」
リトナは不安そうな表情になる。
それはそうだ、今更になって2年前の事件について語ってるんだからな。
だけど俺は言わなきゃいけない。
「あの時の事件の全ては、勇者ユートによる自作自演なんだ」
「え……? ちょ、ちょっとまってください。自作、自演……それってどういう。意味が……」