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儚き過去

 

「ローシュさん」


 本当に来たよ。リトナ姫。それに後ろにはハミラさんもいる。

 まさか一国の王女がこんな雑用係の俺に会いにくるとは。


「リトナ姫。まさか本当に来てくださるとは……」

「あら、昨日私行くって言ったじゃないですか。それとも私が嘘をつくとでも思ったのですか?」

「い、いえ滅相も無い」


 リトナ姫はぷくっと頬を膨らませて俺にそう言った後、俺が謝っている姿が面白かったのか無邪気にケラケラ笑った。

 正直、可愛い。


「実はですね、私あまり同年代の方とお話し事がないんです」

「それで、俺と?」

「ええ。同い年ですし、貴方の幼馴染がユート様の婚約者なのでしょう? 気になっちゃいまして。あと、貴方は雰囲気が優しいというかなんというか、つい気を許してしまう気を纏ってますね」


 リトナ姫はそう言って俺の目を見つめた。宝石のように純粋な目だ。

 彼女の言い方からしてどうやら俺の“無警戒”のスキルは発動しているみたいだな。


「それは光栄です。実は俺も姫にお伺いしたい事がありまして」

「あら、何かしら?」

「姫は勇者ユート……様の事をどう思っていらっしゃるのかと」


 思わず様をつけるのを躊躇ってしまった。

 だが俺が聞きたいのはこれである。リトナ姫はいったい勇者の事をどう思っているのか。

 好きなら好きで、勇者から奪った時の快感が大きいだろうし、あまり好きじゃないならそれはそれで計画を進めやすくていい。


「ユート様ですか? ……とてもお慕いしていますよ」


 頬を赤らめながらそう言ったリトナ姫。

『好きなら好きで別にいい』そんな事を思っていたはずなのに、俺はリトナ姫の純粋なその心を独り占めしている勇者に嫉妬していた。


 何故だ? なんでなんだ? なんで勇者あいつばかり――


 醜くて浅ましい負の感情が、俺の心を塗り潰す。真っ黒に、底なしに。


「……ん? ……ローシュさん?」

「えっ、あっ、はい?」

「もう、何ですか急に。人に恥ずかし事言わせる割に黙っちゃって」


 眉を八の字のして俺を見るリトナ姫。

 どうやら俺は嫉妬するあまり周りが見えていなかったらしい。


「す、すみません。けどリトナ姫は勇者様の事が本当に好きなんですね。どこがいいんですか?」


 あんな奴のどこが? 

 思わずそう言ってしまいそうになった。それを必死で抑えたが少し語尾が強くなってしまったかもしれない。


「そうですね、どこと言われると困りますが。ユート様は私を命の危機から救って下さったんですよ」

「命の危機から?」

「ええ――」


 そこからリトナ姫が話した事はこうだった。

 2年前、リトナ姫が諸外国との外交の為に馬車に乗り移動していた時、魔物に襲われたらしい。


 その魔物は強く、かなり精鋭揃いだった護衛達もやられてしまった。リトナ姫が絶体絶命のピンチだったその時、勇者ユートが現れその魔物を倒したらしい。


 その功績もあり前々から姫に求婚していた勇者ユートは遂に国王の許しも得て婚約者になる事に成功したらしい。


 確かに2年前に婚約が発表されたのは知っていたけど、まさかこんな裏事情があったなんてな。


 だがこの話には疑問が残る。まず、リトナ姫が通っていた道はそんな強力な魔物が出る筈の無いルートであり、その魔物の出現経緯が一切不明の事。

 安全だった筈の場所が危険。国王は国民からの不信感を持たれる事を防ぐ為にその情報を伏せたようだ。


 そして次に疑問なのが勇者が何故そんな場所にいたのか、というものだ。当たり前だが当時勇者達は魔王討伐の途中。

 国王への後の説明では態勢を整える為の一時的な帰還だと言っていたらしいが、どうも怪しい。

 仮にそうだとしても姫が通っていた道は普通通る事のない道だ。何故わざわざ勇者達はそこを通ったのか。


「私はその時、運命を感じました。ああ、この方が私の王子様なんだと。まぁ私も王女なんですけど」


 これが王族ジョークか。あんな糞野郎(勇者)を王子だと言わなければ満点なんだけどな。


 しかし勇者が自作自演を行なった可能性は高い。だが証拠もないのに喚き散らかしても仕方がない。暇な時に調べておこう。


「ローシュさんは、ミナさんと幼馴染なのでしょう?」

「え、ええ」


 今ミナという名前が出ただけで俺の心臓のあたりがちくりと痛んだ。くそ、俺はなんて弱いんだ。


「ミナさんはどんな方なんですか? 私、お話しした事無くて」

「ミナは、そうですね。悪い女ですよ。裏切るんです。どれだけこちらが思っていたのかも知らずに、それを嘲笑うかのように裏切るんですっ……! まるでっ、今までの事なんて何も無かったかのように……っ!」

「ロ、ローシュさん?」


 俺は歯を噛み締めて眉をしかめ、身体が震えるのを感じた。


『私、ユートと結婚する事にしたからもう気安く話しかけたりしてこないでね』


 憎い、憎い憎い憎い憎い! 全てが憎い!


「ミナさんはそんなに酷いお方なのですか?」

「そうですよ、あいつには良いところなんてひとつも――」



『ローシュ、見てこの花。綺麗じゃない?』


 脳裏に思い浮かぶのはかつてのミナの姿。美しく可憐で優しい。そんな彼女。


 ――やめろ。


『そしたら私、ローシュに養って貰おうかなぁ』


 ――やめろやめてくれ。


『私も好き! 好き好き好き!』


 ――もう、たくさんだ……こんな地獄。


 俺は自分の中が押しつぶされていきそうな中、声を振り絞って答えた。



「――あいつには、ミナには良いところなんてひとつもありませんよ……」

「……では何故、泣いてるのですか?」

「え……?」


 俺は頬を拭う。手には水が湿っていた。

 俺は泣いていたらしい。なんで、俺は涙なんかを……。


「慕っているんですね……貴方もその方を」


 俺はリトナ姫のその言葉に何も言い返す事が出来なかった。

 その後少し沈黙が続いた後リトナ姫はおもむろに立つと、


「今日はここまでにしましょう。またお話ししましょうね」


 そう言ってリトナ姫はハミラさんと共に去っていった。

 あんなに暗い感じに終わったのに“また”か。変わったお姫様だな。


 しかしまさか泣いちゃうなんて。俺も決意を固めた筈なのにまだまだ甘いなぁ。次からはそういう感情を捨てて、ちゃんと姫様と仲良くならないと。


 けどリトナ姫、あなたは1つ間違ってるよ。俺はミナの事を慕ってるんじゃない。慕ってたんだ。


 俺が泣いたのは、もう戻る事のできない過去を見てしまったから。黄金に光る過去が眩しすぎて、俺は心の目を閉じたんだ。


 もうあの頃には帰れない。わかってるんだ。だから俺は今のミナに容赦する気は無い。たとえこの身がどうなろうと、俺は復讐をやめるつもりはない。


 それこそが、絶望した己自身に打ち勝つ唯一の方法。唯一の救い。

 わかってる。これは俺のわがままだ。


「だけど……止まる気は無い」


 俺のその呟きは誰に聞かれるわけでもなく、虚空に消えた。

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