光明が姫
俺は早速行動に移す事にした。まずはこの城に常駐する必要がある。そのためにはこの城で働かないといけない。
となると、さっきの従士さんが一番手っ取り早いか。俺は部屋を出て馬鹿広いこの城の中を歩いて俺を介抱してくれた従士さんを探した。そして廊下を歩いている彼女に俺は話しかけた。
「あの」
「はい? あら、あなたは」
従士さんはおそらく20代後半くらいの女性だ。俺みたいな得体の知れない奴に対しても献身的に介抱してくれたところを見るとかなり良い人なのだろう。まぁ俺の“無警戒”スキルのお陰もあるかもしれないが。
「先程はありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすみません」
「良いんですよ。けど大丈夫ですか? 今は少しましになったけどさっき、あなた死にそうな顔をしてましたよ?」
「ええ、実は――」
俺は今までの経緯を掻い摘んで話した。どうしてここまであっさり話したかというと、このタイプの人間は悲壮感溢れる話をした方がこちらに同情し親しみを持ってくれると思ったからだ。
案の定従士さん(ハミラさんというらしい)は俺の話にうんうんと頷くと少し涙ぐんで同情してくれた。
「そう、そうなのね。そんなに悲しい事が……」
「俺、俺寂しくて……」
「寂しかったわね……よしよし」
ハミラさんは俺の頭を撫でた。
俺はその隙に彼女に向かって抱きつく。
「あ、こらこら。ローシュくん?」
「ハミラさん、良い匂いする……」
「もうっこんなおばさんに、若い子が何やってるの」
「ハミラさんはおばさんなんかじゃないですよ。とても、綺麗です」
俺がそう言うと、ハミラさんは顔を赤らめて目をそらした。
これは手応えありだな。騙すようでハミラさんには悪いけど、復讐のためだ。
「あ、あんまりからかっちゃ駄目よ」
「ごめんなさい」
そう言って俺は離れる。
「あの、それで俺今お金が無くてここで働けたらなって思ってるんですけど。何か仕事ありますか?」
「仕事、そうね……あるにはあるわ。本当は色々と手順を踏んでから応募するのだけど……」
ハミラさんはちらりとこっちを見た。
「可哀想だし、私がなんとかしてあげるわ。城内の清掃とかになるけどいいの?」
「本当ですかっ? ありがとうございます! 嬉しいです」
よし、これで第一目標はクリアだ。
ハミラさんがここまで良い人だとは。なんか心が少し痛いけれど我慢だ。
その後ハミラさんに少し待っているように言われると、どうやら城の責任者に話を通してくれたらしく、無事俺は職を手に入れる事が出来た。
その日は契約の内容についてなどをハミラさんから直接聞き、城の案内をされて1日が終わった。
次の日になって、俺は仕事を始めた。
仕事内容は至って簡単だ。城の清掃、これだけ。まぁ掃除の仕方など細かい決まりはあるものの要は丁寧かつ迅速に掃除しろというわけだ。
さて、勇者達が魔王を討伐するまで後どれほどの猶予があるのかわからないが……焦らず機を待とう。
そして俺が働き始めて1ヶ月が経った頃、遂に俺にチャンスが来た。
それはいつものように廊下に飾ってあった壺を掃除していた時の話だ。俺が丁寧に拭いていると、お姫様が廊下の奥からこちらに歩いてくるのが見えた。
よく見ると付き従っている従者はハミラさんだった。
お姫様は名をリトナと言い、年齢は俺と変わらぬ15らしい。金色でウェーブがかった髪をゆさゆさと揺らしながら彼女はゆっくりと歩いている。
俺は従者がハミラさんである今が最大の好機だと考え、1ヶ月考えていた作戦を実行する事にした。
「うわっ」
「きゃあっ」
リトナ姫が近くまできた。俺は壺を拭くために用意していたバケツの水を、“姫が来た事で焦って跪こうとして溢した”かのように振舞った。
更にわざとこぼした水で、滑ったフリをしてリトナ姫の前に豪快に転がった。
「す、すすすすみません」
俺はすぐさま跪いて謝る。
さて、物凄く間抜けな方法の上に予想外に鼻をぶつけて鼻血を出してしまったけれど、反応はどうだろうか。
「だ、大丈夫ですか?」
リトナ姫は心底俺を心配してくれたようで、立ち止まって俺の事を気にかけてくれていた。
これは普通あまりない事だ。普通なら姫が無視するか、仮に心配しても従者が俺を叱りつけて終了だ。
だが今従者はハミラさんだ。彼女も俺の顔を見て少し心配そうな顔をしている。
そしておそらく俺の“無警戒”スキルも活きている。
「だ、大丈夫です。本当、大丈夫なので気にしないでください」
俺が血が止まらない鼻を抑えて大丈夫じゃなさそうにそう言うと、
「畏れながらリトナ姫、この者の手当てをしてもよろしいですか?」
「え、ええ。してあげて」
流石に見かねたハミラさんがハンカチを持って前に出てきた。
「もうっ、何をしてるの君は。従者が私じゃなかったらどうなってたか……」
「す、すみません」
彼女は少し小さめの声で俺にそう言った。ごめんハミラさん。全部計画なんだ。
そのままハミラさんはハンカチを俺の鼻に当ててくれた。ハミラさんが回復魔法を唱えてくれて少しすると俺の鼻血も止まった。
「これで大丈夫ね」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました」
「ねぇハミラ。その方は貴女の知り合いなのですか?」
俺とハミラさんの関係が気になったのかリトナ姫がそう話してきた。
やった、成功だ! まずは姫様に興味を持ってもらう事。こんなにうまくいくとは。
「は、はい。実はこの者は勇者ユート様の婚約者でいらっしゃるミナ様の幼馴染だそうで」
ハミラさんはこれ以上ないほど完璧な紹介をしてくれた。
これで姫が俺の事が気にならないわけがない。
「まぁ、ユート様の! そうですか。でもそんな方が何故ここでお働きに? 見たところお若いようですが」
「歳は今年で15になります。実は僕、王都に幼馴染の帰還を祝福したくて来たのは良いのですが帰るお金が無くて……ここで働かせて貰っています」
「そうなのですか。歳は私と同じですね。幼馴染の為にここまで来るなんて、お優しい方ですのね」
リトナ姫はそう言って暖かな笑みを浮かべた。
俺は、その瞬間復讐とか計画とかそんなものどうでもよくなる程心が暖まるのを感じた。
ハミラさんもリトナ姫も、とても良い人だ。こんな事に巻き込んで良いのか? 俺の身勝手な復讐なんかに。こんなに純粋な人達なのに。
「えっ、ローシュ君?」
ハミラさんとリトナ姫が驚いた顔をしていた。
それもそのはず、俺が泣いていたからだ。
「な、なんで泣いてるの?」
「す、すみません。自分でも、よくわからなくて。ただ、こんなに人に優しくされるの久しぶりな気がして……嬉しくて」
そう、ハミラさんに看病されていた時は俺の中にあった感情はどす黒いものだけだった。だけど今は違う。彼女達の暖かさに触れて、本当に久しぶりに人の優しさというものを改めて感じたのだ。
「ローシュさん、と仰るのですか? その方は?」
リトナ姫がハミラさんにそう聞いた。
「はい。そうですが……」
「ローシュさん。明日もここで会えますか?」
涙も止み、少し赤くなった目を俺は手でこすった。
リトナ姫がそんな事を聞いてきた。いったいどういう意味だ?
「い、いえ。明日はここではなく二階の掃除になります」
「なら、そこで明日またお話ししましょう」
「え、ええっ? 良いんですかっ?」
「ひ、姫っ!?」
ハミラさんも驚いている。
な、何が起きてるんだ?
「ええ。では、また明日ね。ハミラ、行きましょう」
「ちょ、ちょ姫? 姫ーっ」
スタスタとそのまま歩いて行ってしまうリトナ姫をハミラさんは追いかけていった。
その場に取り残された俺は、溢した水を雑巾で拭きながらさっきの事を整理する。
いったいリトナ姫の中でどんな心境の変化があったのかわからないけど……何故か俺ともう一度話してくれるみたいだ。
計画通りどころかそれを遥かに超える躍進っぷりだが、意味がわからなすぎて混乱するよ。
考えてもわからないし、明日姫に直接訊いてみよう。
リトナ姫、不思議な方だ。