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美しき過去に花を添えて


 俺と勇者の話が終わると、王が話し始めた。


「では、勇者ユートよ。貴様はザレノ城の軍団長に命ずる」

「ザ、ザレノ城!?  あ、あそこは1番激戦だったところじゃないか!」


 ザレノ城は国境付近にある城で魔物達からの防衛ラインであると同時に他国からも攻撃を受ける可能性のある激戦区だ。

 そこに城主ならまだしも軍団長として今の勇者が行くとなると……どうなるかは明らかだ。


「これが最大限の譲歩だ。貴様は今の段階では他国に力が無くなった事が知られていない。つまり貴様が軍団長ならば他国も侵攻には慎重にならざるを得まい」


 勇者は悔しそうな顔をしながらも何も言えないでいた。おそらくこれ以上の状況の悪化を防ぐためだろう。


 これで勇者は実質ザレノ城から身動きできない。仮に他国に寝返ろうとしても今の彼の実力ではどうにもならないことは明白だからだ。

 つまり“勇者”という名を最大限に活かすならこの国に居続けるほかないのだ。


「そして、勇者の仲間の弓姫と杖姫。貴様らもあの日現場にいたことからリトナの殺害未遂に加担した可能性が高い。故に貴様らにもザレノ城で勇者の下で働いてもらう」

「そっ、そんな! ……わ、私はあの事件に関わっていません!」

「わ、私もです! そんなの知りません!」


 王の言葉に、弓姫と杖姫はそう反論した。

 すると勇者もそれに向かって叫ぶ。


「ふっざけんな! てめえら自分達だけ逃れようとすんじゃねえ! 一緒に計画練っただろうが!」

「な、何よ! あんなの私達は無理矢理やらされたようなものじゃない!」

「そ、そうです! 私はやめた方がいいと言いました!」

「てめえら、いい加減にしろ! そんな事一言も――」


 勇者と仲間達はそのまま口論に入った。その醜い有様は本当に世界を救った英雄達なのか疑問視するほどだった。

 それを終わらしたのは王の、


「それ以上争うなら更なる罰を与えなければならないが?」


 その一言だった。

 結局、勇者達は渋々それを承諾した。


「勇者よ。異論はあるか?」

「ぐ……ぐぅ。あ、ありません」

「宜しい。では今日はもう貴様に話す事はない。下がれ。腕は城のものに治療させる」

「は、はい」


 そう言って勇者達はその場から退出させられた。最後、勇者はふらつきながら俺と目が合う。

 彼に今までの自信に満ち溢れた顔の片鱗など残っていなかった。俺を見るその目はまるで闇の底を覗いているかのようだ。

 恨んで恨まれて、また恨んで。これは終わる事がないのかもしれない。



 勇者達も去り残ったのはミナだけだ。


「剣姫よ。貴様は特に言うべき事はない。勇者の婚約者としてザレノ城に向かうのもいいだろう。それか報奨金で隠居する事も可能だ。勿論ここで働く事もな」


 ミナはその言葉を聞いて、俺の方を見た。

 あいつは分かっている。ここで働く事などできない。俺がリトナと親しい仲だとわかった今、俺があいつをここにいさせるわけがないと思うはずだ。


「私は……隠居します……」


 消え入りそうな声でミナはそう言った。


「……そうか。ならばこれで貴様への話も終わりだ。下がれ」

「はい。ただその前に、ローシュと少しだけ話させてください」

「……いいだろう」


 するとミナは俺の前に来た。

 彼女の俺を見る表情はまるで狙われる小動物のように怯えている。


「ローシュ……私。私ね今、後悔してる」

「後悔? なんの後悔だ?」

「全部。旅に出た事。ユートと婚約した事。それに……あなたを裏切った事」


 その言葉を聞いて俺は鼻で笑った。

 ふざけるな。ふざけるなよ。後悔だと?


「今更そんな後悔か? 同情を引くにしては遅すぎやしないか?」

「そうだよね……そう、私何も見えてなかった。さっき、ユートがヒナとレナと口論してるのを見てようやくわかったの。まるで夢から醒めたように。ああ、私間違えたんだなって。魔王討伐なんかしないで、ローシュと何気なく過ごしてた方が――」

「都合のいい事ばかり言いやがって……! ふざけんなっ! 勝手に俺を捨てて! 今度は勝手に俺に救いを求めるのか!? ふざけるな!」


 俺は息切れしながらそう叫ぶ。

 ミナは、そんな俺にも動じず、ただ涙を流していた。

 やめろ、なんでお前が泣くんだ。お前が泣くと、あの時の記憶を思い出してしまう。小さい頃の記憶を。


「ごめんね……ローシュ。あなたがどれだけ辛い思いをしたのか……私にはわからない。今更許してもらえるとも思ってないわ」

「当たり前だ……!」

「そうね……私はそんな当たり前の事もわかってなかった。だけど、最期には謝っておかないといけないと思ったの。ローシュ……ごめんね」


 ミナは止まることのない涙を流しながら俺にそう言った。


『ローシュ、ごめんね?』

『いいよ。俺も悪かった、ごめん』

『よかったぁ。じゃあまた明日も遊ぼうね』

『うん、またね!』


 小さい頃から何度も繰り返して来た俺とミナの喧嘩。いつも意固地な俺が謝らないからミナが謝ってその後俺も謝って仲直りしていた。そして、すぐに次の日は仲良く遊ぶ。

 なんで今、そんな時の記憶が蘇る……。


「……ミナ。お前には言ったよな。『傷ついた心は治らない』って

「うん……」


 泣いている彼女が、昔の姿と重なる。今はもうあの頃と違うのだと、理性で分かっていても記憶が邪魔をする。

 だが、感情に流されては駄目だ。俺にはその責任がある。


「傷ついた心は治らない。けれど癒す事は出来る。俺の傷ついた心を癒してくれたのは、リトナとハミラさんだった」

「うん……」

「だけど、お前がいると俺の心に亀裂が入る。お前がいると、あの頃の思い出が、楽しかったお前との思い出が、心を棘で突き刺すんだ。だから……だからミナ――」


 その先の言葉を言ってしまえば、全てが終わる。わかってる。

 復讐すると決めたのに、心はそれになりきれていなかった。


 目の前のミナが泣いているのを見ると、慰めなきゃと思ってしまう。結局俺はそうだった。本人を目の前にすると、憎しみが少し薄くなってしまう。今も、ミナの姿が、かつてのミナの姿に重なって見える。


 まばゆい光は俺の心の目を閉ざした。だから、そうだ。俺が言うべきだ。俺が言わなくちゃいけないんだ。


 出来るだけ無表情に、出来るだけ無感情に。だけども閉ざした筈の心の目からは涙が溢れていた。

 だけど、今なら言える。そう……だからミナ――


さよなら(・・・・)


 俺のその言葉をミナは受け止めると、ゆっくりと目を閉じた。

 そして彼女も震えた声でこう返す。


「……うん、さよなら(・・・・)


 少しだけ笑顔で彼女はそう言うと、俺に背を向けて歩き始めた。

 思わず手を伸ばしてしまいそうになる。だがそれは俺の心に残った最後の『負けた自分』だ。俺はそれを捨て去り、前を向く。


 これで、終わったのだ。

 復讐が成功したか、と言われればしたのだろう。だが、復讐を完遂した事による嬉しさは何もない。

 今、心の中にあるのは、『弱かった自分』を乗り越えた事への嬉しさだ。


 前を向こう。未来を見るんだ。過ぎ去った過去は美しい思い出となって心に残る。

 けれど、これからは、未来を見つめて生きていこう。

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